この記事をまとめると
マツダがシトロエンやランチアなどのイタフラ車を販売していた



スズキのGM車の取り扱いは有名だが、じつはプジョーも販売していた



■近鉄モータースがリンカーン&マーキュリーを売り、ジェイアール東日本はサターンを販売



かつての輸入車は提携する国産ディーラー網を利用して車両を販売

いまや輸入車販売というのは、本社の資本が入った日本法人が整備したディーラー網によって行なわれるというのがスタンダードになっているが、かつてはそうしたケースは少数派だった。実際、ヤナセやコーンズが輸入代理店として実質的な日本法人の役割を果たしていたこともある。また、提携している国産メーカーが自社ディーラー網にて輸入車の販売をしていたこともある。



その中でも記憶に残るのは、マツダがバブル期に販売チャネルを拡大したときのことだ。資本関係にあったフォードを販売するオートラマ店の存在は自然な流れといえるが、ロードスターやコスモを扱っていたユーノス店では、ラインアップを充実させるために、なぜかシトロエンBXやエグザンティアが売られていた。



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さらにオートザム店ではランチアを扱っていた。それも、テーマ、デルタインテグラーレ、デドラ、プリズマなどフルラインアップ状態で、さらに小型ハッチのアウトビアンキY10もオートザムの取り扱い車種だったのだ。



鉄道のJRがボルボ! マツダがシトロエン! スズキがプジョー! ちょっと前までカオス状態だった日本の輸入車販売網



個人的な思い出でいえば、並行輸入で入手したY10にリコールが出た際に、オートザム店で扱っていた関係から、マツダ・ディーラーでリコール対策の作業をしていただいことがある。そのときに、本当にマツダがイタフラを売っているんだなあと実感したものだ。



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同じく1990年代にはスズキ・ディーラーでプジョー(205や405)を販売していたことがある。こちらも資本関係にあったGM車を扱っていることは自然だったが、なぜフランス車? と不思議に思ったものだ。



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とはいえ、バブル期のビジネス拡大の狙いから輸入車を購入するようなユーザー層を取り込むことは重要というのが当時のマーケティング感覚だったのだろう。そして、こちらでも面白いエピソードをいえば、非常に短い期間だったと記憶しているが、スズキのワークスチューナーだったスズキスポーツが、プジョースポールのパーツを扱っていたことがあった。



そんな縁もあってか、ダートコースでのタイムを競う、全日本ダートトライアルのトップコンテンダーとして参戦していたプジョー205T16(ミッドシップのグループBマシン)のエンジンが、いつしかスズキ・カルタスベースのターボ仕様に変わったりもしていたのだ。



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まさかの電鉄系会社も輸入車販売に乗り出した

さて、国産メーカーがライバルである輸入車を扱う以上に、マイカービジネスとは対極と感じる電鉄企業が輸入車販売を手掛けていたこともある。



有名なのが近畿日本鉄道の100%子会社だった近鉄モータースだろう。2005年に消滅してしまった同社が生まれたのは1952年だから、じつに50年以上も輸入車を販売し続けていたのだ。とくにリンカーンやマーキュリーといった高級なフォード車の取り扱いには定評があった。



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なお、現在でも近鉄ホールディングス傘下には、メルセデスベンツ販売を行なうシュテルン近鉄や、三重いすゞ自動車といった販売会社が残っている。



さらに1990年代に、自動車業界の注目を集めた異業種参入がジェイアール東日本自動車販売であった。民営化したばかりのジェイアールとして新規事業を開拓するために自動車販売に進出したのだ。



当初、都内でのボルボ販売店を展開しているうちはさほど目立っていなかったジェイアール東日本自動車販売が、注目を集めたのは1997年。GMが日本車キラーとして生み出した「サターン」の販売に進出。新宿駅前にサターン新宿というディーラーをオープンしたことで大いに話題となった。



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もっともサターン新宿は3年ほどでクローズとなり、その後は同社も解散してしまっている。

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