この記事をまとめると
■世界最小のクルマであるピールP50をスポーツカーに仕立てたのがトライデントだ■約1mの全幅でふたり乗りを実現し、跳ね上げ式の透明なバブルキャノピーを備える
■のちにリプロダクトもされ、EVバージョンも製作された
ピールP50をまさかのスポーツカーに再生
イギリス人のジョーク好きはつとに知られていますが、我々クルマ好きから見ても冗談のようなクルマが少なくありません。たとえば、ソープボックスやボックスカートと呼ばれる無動力4輪車で坂道を下るレース。ウケ狙いのおもしろソープボックスや、それに合わせたコスプレなどお祭りなんかで目にするアレ。
ここにロータスや英フォードが空力の専門家や材料力学の専門家、すなわちF1のテクノロジーを注入するという冗談なのか本気なのかわからない謎エントリー。理論上300km/hオーバーとか言ってるのがますますウケます。
そんなジョーク好きな彼らでさえ、目を疑った、センスに驚いたクルマ。それこそ、ピール・トライデントにほかなりません。

ピール社は、イギリス領マン島発祥のFRPパーツベンダーでしたが、1962年にひとり乗り3輪マイクロカー「P50」を発売。全長1.3mという数値は「世界最小のクルマ」としてギネスブックに登録され、近年ではリプロダクションされるなど話題に事欠かないようです。
が、1964年に生産終了するまでに販売されたのはわずかに47台。いくらイギリス人といっても、毎日のアシにするにはジョークがキツすぎたのかもしれません。と、思っていたところ、ピールはさらにキツい一発をブチかましていました。しかも、こちらは生産台数80台と、余裕でP50を差し置いたスマッシュヒットとなったのです。
ピール・トライデントはP50をベースに、というより3輪マイクロカーというコンセプトだけを引き継ぎ、彼らが言うところの「スポーツカー」として生まれたのだそうです。とはいえ、ボディはふたり乗りを実現したために大型化し、P50の56kgから90kgへと重量も大幅に増えてしまいました。

それでも、透明なバブルキャノピーや2席が並列された室内など、P50にはなかった華やかさ、彼らが言うところの「スポーツカーらしさ」が凝縮された仕上がりとなりました。

また、当初はP50と同じく49ccの2サイクルエンジンを搭載していたため、「スポーツカー」のわりにパフォーマンスはおとなしめ。すると、これまたイギリス人らしいカスタム魂が火を噴いてトライアンフ製99ccエンジン搭載モデルも数台がリリースされています。

希少性によってプレミア化して価格は数千倍に跳ね上がった
マイクロカー全般に言えることですが、一般的なクルマとは隔世しているため、インプレッションは注意深く読み解くべきでしょう。たとえば、トライデントはアメリカの雑誌「Times」によって「史上最悪のクルマ50選」にランクイン。理由としては、直射日光を遮ることのないキャノピーによって室内は過酷な環境になるとのこと。キャノピーには開閉できる窓はなく、かろうじて車体ベンチレーション用小窓がありますが、どちらかといえばドライバーの手信号むけに装備されたもの。なにしろ、P50もトライデントも方向指示器(ウインカー)はおろか、ブレーキランプさえ備えていませんからね。

そこにふたりが肩を並べて乗車していれば、厳しい環境は容易に想像がつくというもの。ですが、まさかトライデントで大陸横断を試みる猛者もおりますまい。適度にクルマを止めて、キャノピーをガバ開けすればいいだけのこと。もっとも、タイムズ誌のセレクトも多分にジョークを含んだものなので、笑いながら読めばいいのでしょう。

一方でジョークとして笑えないのが、トライデントの流通価格。おそらく当時は数万円(P50は約3万円)だったものが、希少性の高さからか8万ドルから10万ドルで取引されているのです。マイクロカー愛好家は少なくないとはいえ、驚かずにはいられませんよね。
それでも手に入れたいというジョーク好きな方、あるいはマイクロカーに乗ってみたいという奇特な方のために、P50もこちらのトライデントもリプロダクションされています。エンジンやミッションがアップデートされているものの、スタイルや乗り味に変わるところはないでしょう。また、EV化されたタイプもラインアップされているので、それはそれで味わいある仕上がりとなっているはず。

こうしたクルマをリプロダクションする方だけでなく、それを手に入れようとする方々はジョーク好きというより、ユーモアを解する余裕、品格がおありだと羨ましい限りです。世界中がこんなジョークじみたクルマでいっぱいになったら、それこそ自動運転とかSDGとかいらなくなりそうなんですがね(もちろん、これもジョークです)。