この記事をまとめると
■デビュー当時と今で評価が違うクルマを紹介



■映画やアニメの影響で中古車相場が一気に高騰する現象も起きた



■市場ではイマイチだったクルマがモータースポーツシーンで大活躍した例もある



当時といまではまったく評価が違っていたクルマたち

AE86という型式で知られるトヨタのカローラレビン/スプリンタートレノ。同名モデルにおける最後のFRレイアウトということが、その比類なき価値を生んでいるというイメージもあるかもしれないが、1983年のデビュー当初はいまほど憧れの存在ではなかった。



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たしかに標準系カローラ/スプリンターがFF化された中で、FRプラットフォームを守ったことはスポーツドライビングには後輪駆動でなければならないという原理主義者にとっては福音となったし、DOHC16バルブヘッドの4A-G型エンジンを新搭載したことも魅力ではあった。

だが、当時のヤングドライバーにとって憧れだったかといえば疑問もある。



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1980年代前半において、若者が欲したのはもっとパワフルなFRスポーツカーだった。たとえば、日産スカイラインRS(DR30型)や、マツダRX-7(SA22C/FC3S)といったターボエンジンを搭載したFR車が憧れで、そこに手が届かないからAE86で我慢するといった意識もどこかにあった。特筆されるほど目立っていたわけではないのだ。



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そもそも1980年代前半にはドリフトを楽しむという文化はけっして主流ではなかった。後輪がリジッドサスペンションで限界性能の低いAE86で速く走ろうとすると、ドリフトせざるを得ないこともあって、あくまでもスポーツドライビングのテクニックとして認識されていた。ドリフトブームが盛り上がったのは1990年代であり、新車で販売されていた時代のAE86は、いまほど神格化されていなかったのだ。



そんなAE86が伝説的マシンとなったのは、峠の走り屋を描いたコミック『頭文字D』の影響が大きい。ドリフトブームの初期において、AE86がメインマシンとして愛用されたというのもAE86=速いクルマといったイメージを作ったが、じつは1990年代においてAE86は、驚くほど安価に流通していたクルマであり、もっとも手頃なFR車だったからこそドリフトシーンで使われたというのも事実だ。



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映画に出たことにより世界的に評価されるほどにまで株が上昇

さて、AE86が『頭文字D』によって再評価されたとすれば、アメリカの映画『ワイルドスピード』によって神格化されたのがトヨタ・スープラ(A80)だろう。とくにスープラの搭載していた3リッター 直列6気筒ターボ「2JZ-GTE」は、映画のなかでも特別なパワーユニットとして扱われ、伝説的マシンとして確立されることになったという印象が強い。



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とはいえ、A80スープラもデビュー当初はそれほど華のあるモデルだったわけではない。

それはデビューのタイミングが悪かったからだ。同モデルが誕生したのは1993年だが、同時の国産最強スポーツカーといえば、日産スカイラインGT-Rをおいてほかにないという状況だった。また、FRスポーツカーとしては、マツダ・アンフィニRX-7(FD3S)もあった。



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スープラのほうが排気量も大きく、エンジンをチューニングしたときの伸び代は圧倒的に大きかったが、1990年代前半の評価としてはスカイラインGT-Rには及ばず、RX-7(FD3S)のほうがコーナリングを加味した総合性能では上まわるという評価だったと記憶している。



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スープラは、三菱GTOと並んで直線番長のツアラーというイメージだったのだ。



その後、2JZエンジンはドラッグレースで使われるようになると、その潜在能力の高さが評価されるようになり、前述した『ワイルドスピード』の中で扱われたようなイメージへと昇華していく。ドリフトマシンが、ベース車両が何であるかにかかわらず、こぞってチューニングした2JZを載せるようになっていったのも21世紀になってからの話であり、デビュー当初のスープラは、ちょっと鈍重なイケていないスポーツカーというイメージもあったのだ。



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最後に紹介するのは、ホンダ・シティ。それも1986年にフルモデルチェンジした2代目シティだ。初代モデルのトールボーイスタイルから一転、スタンスの効いたクラウチングフォルムへと変身したシティは、コンパクトカーとは思えない高いコーナリング性能を実現していたことが特徴的なモデル。



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初代シティがスポーティなイメージの反面、ロールオーバー(横転)しやすいプアなシャシー性能と批判されたことへの対応だったのかもしれないが、いずれにしてもイメージを大きく変えたことは販売面ではマイナスとなった。後継モデルが「ロゴ」と名前をあらためたのは販売面での失敗作というイメージを覆すためだったろう。



そんな風に、一般ユーザーにはネガティブな印象もある2代目シティは、じつはモータースポーツの世界ではレジェンドマシンとなっている。とくに活躍したのはジムカーナだ。



マイナーチェンジで投入された1.3リッターSOHCエンジンと、低重心パッケージの相性はジムカーナのような低速での旋回性能を競うモータースポーツでは最強といえるものだった。結果として10年以上にわたり、ジムカーナシーンでは最強マシンとして君臨することになったのだ。



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改造を前提とすれば、いまでも高い戦闘力を持つパッケージは、まさに伝説的というに相応しい。

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