しかし、原告が求めている引き下げ前の基準額での遡及(そきゅう)支給など、被害回復への見通しはいまだ立っていない。
一方、9月17日には最高裁判決後初めてとなる、一連の裁判の控訴審判決が名古屋高裁金沢支部で言い渡され、最高裁と同様、引き下げの違法性を認め、処分を取り消した。(ライター・榎園哲哉)
最高裁判決までの道のり
厚労省は2013年8月から2015年4月にかけ、3度にわたって生活保護のうちの食費など生活費に該当する「生活扶助費」を平均6.5%引き下げた。全国の受給者約1000人と支援する弁護士らは、引き下げの無効を訴え「いのちのとりで裁判全国アクション」を起こし、全国29地裁で提訴。これまでに原告側が29勝16敗(地裁20勝11敗、高裁9勝5敗)と大きく勝ち越している。
そして6月27日には、最高裁第三小法廷(宇賀克也裁判長)が、上告されていた二つの訴訟(愛知・大阪訴訟)について、保護変更決定処分の取り消しを命じる原告側勝訴の判決を言い渡した。
特に、国が引き下げの根拠とした「デフレ調整(※)」については、「物価の変動率だけを直接の指標にした厚生労働大臣の判断は、統計等の客観的な数値等と合理的な専門的知見との整合性を欠くところがあり、判断の過程および手続きに過誤、欠落があった」と、第三小法廷の5人の裁判官が一致して違法と判示した。
※国は2008~11年に物価が下落し、その分可処分所得が増えたとして引き下げの根拠とした。しかし、通常とは異なる計算方式が用いられるなど、下落率が大きくなるよう算出されていた。
名古屋高裁金沢支部も最高裁判決を“踏襲”
9月17日、最高裁判決後初めてとなる一連の裁判の控訴審判決が、名古屋高裁金沢支部で言い渡された(石川・富山訴訟)。判決の内容は、最高裁判決をほぼ“踏襲”する形となった。両訴訟の原告・弁護団らが出した「声明」によると、引き下げの根拠を「(デフレ調整による)物価変動率のみを直接の指標とした」点について、名古屋高裁金沢支部も「専門的知見との整合性を欠く」とし、「(厚労大臣の)裁量に逸脱・濫用がある」と断じた。
その上で、保護費の引き下げ処分は、「生存権」を定めた憲法25条1項※を受けた生活保護法の3条※および8条2項※に反し、「違法であり取り消されるべき」とした。
※ 憲法25条1項「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」
※ 生活保護法3条「この法律により保証される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない」
※ 生活保護法8条2項「前項の基準は、要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて、且つ、これをこえないものでなければならない」
上告せず「解決に向け進むべきだ」
9月18日に行われた、原告側と厚労省との第5回交渉には、石川・富山両訴訟の原告代理人弁護士らも参加。富山弁護団の西山貞義弁護士は、名古屋高裁金沢支部の判決を上告(※)しないよう国に求めた。
※上告する場合、控訴審判決の日の翌日から14日以内に「上告申立書」を提出する。
石川弁護団の北島正悟弁護士も、「上告するということは、(厚労省が)最高裁の結論に従わないと言っているようなものだ」と指摘。さらに、「無駄に裁判を続け、原告の皆さんを解決されない状態に置き続けるのではなく、どう補償していくのか、解決に向け進むべきだ」と訴えた。
原告を支援する「石川支援する会」事務局長の吉原和代さんは、「長い長い戦いの末に(最高裁で)勝訴という結論が出されたが、まだこの先どうなるのか分からない、という不安を持っている」と、原告の思いを代弁した。
違法とされた「デフレ調整」が蒸し返されるのではないか
原告らは、国に対し、引き下げによって経済的な被害を受けた生活保護受給者への謝罪と、引き下げがなければ本来支払われていた差額の遡及支給など、速やかな被害回復措置を求めている。遡及支給が、生活保護の全受給者(約200万人、2025年2月現在)を対象として実施されれば、国の負担は総額4000億円以上に上ると推計されている。
一方の国は、専門委員会(有識者9人で構成)を設置し、今後の対応を検討している。
同委員会の第2回会合では原告・代理人らも意見陳述を行った。しかし、陳述後、原告らが傍聴の継続を求めたところ、退場させられる事態が発生。原告らは委員会に対し不信感を募らせている。
9月22日に予定される第4回会合には経済学者が招かれるとされ、原告らは国が引き下げの根拠とした「デフレ調整」等の主張が再び“蒸し返される”ことも危惧している。
「命あるうちに全面解決を」。
受給者に高齢者や傷病者が多いこともあり、一時1000人を超えていた原告のうち約2割にあたる233人がこれまでに亡くなっている。
富山訴訟原告の村山和弘さんも、共に戦ってきた妻を裁判の間に亡くした。村山さんは、厚労省との交渉にオンラインで参加し、解決への見通しが立たないことについて、同省幹部らにこう問いかけた。
「私も闘病中だが、生きて(最高裁)判決を聞くことができた。しかし、その後の国の対応には残念ながら不信感がある。人間のため、社会のために国があるのではないか」
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。