コメ、3週連続で「5キロ4000円超」だが…「3000円台」求める農家と「2000円台後半」なら許せる消費者 “溝”なぜ埋まらない?
農林水産省の発表によると、9月15日から21日までの1週間に販売されたコメの平均価格は、前週より26円安くなり、5kg当たり税込み4246円。4週ぶりの値下がりとなったが、下げ幅は小さい。
4000円超えは3週連続であり、依然として高騰したままの状況だ。
現状は「高すぎる」と多くの消費者は考えるだろう。一方で、仮に5kg当たり税込みで2000円を下回るような状況になると、農家は利益を出せず生活が立ち行かなくなり、米が作られること自体がなくなりかねない。
本記事では、農業経済学を専門とする西川邦夫教授(茨城大学)が9月に刊行した新著『コメ危機の深層』(日経BP)から、農業者と国内の消費者、そして海外の消費者という三者それぞれの視点における米の「適正価格」について論じた内容を紹介する。(本文:西川邦夫)

費用の積み上げによる適正価格

現在、日本国内には2つの適正価格が存在する。1つは農業者にとっての適正価格であり、少なくとも生産費が補償される価格である。農業関係者の間では「再生産が可能な価格」と呼ばれている。この点は明確である。
それでは、コメについて、適正価格とはどれくらいの水準なのか。費用の積み上げをもとに考えてみよう。検討の出発点になるのが、農林水産省が行った生産・流通費調査である。
適正価格に関する協議会・第2回米ワーキンググループ(2025年2月開催)に、全国7産地で生産・集荷され、卸を経由し東京都内のスーパーで販売された、2022年産米のサンプル調査結果が提出された。
同調査によると、生産・流通費を積み上げると玄米1kg当たり361.2円、精米5kg当たり2006円となった。
この調査では、適正価格は5kg当たり2006円ということになる。現在のところ、コメの費用構造を生産から流通にわたって明らかにした、唯一の調査結果である。
ただし、2022年以降に物価上昇が進んだために、コメの生産・流通費も上昇したことが予想される。その点を加味して朝日新聞社が再計算した結果、適正価格は費用のみで2118円、利益も加えると2265円となった。利益率を計算すると6.9%になる。
さらに、農林水産省と朝日新聞の計算には補正の余地がある。2つの推計では、生産費に含まれる利子と地代は、実際に支払われているもののみを計上していた。しかしながら、安定的な営農の継続を担保するためには、資源を農業に留保しておく必要がある。
自分の所有している資本や土地に支払うべき費用、自己資本利子・自作地地代と呼ばれる、実際に支払われないが擬制的に計算される費用も計上することができる。経済学では「機会費用」と呼ばれるものである。
また、生産費に含まれる家族労働費は、建設業や製造業の小規模事業所の賃金データに準拠していた。小規模事業所は、平均的な規模の事業所と比べて賃金の水準が低くなる。
農業に人材を引き寄せるためには、準拠する事業所規模を、例えば平均規模へ引き上げることもできよう。
以上の補正を示したものが、下記の図表である。適正価格は2568円まで上昇することが分かる。
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適正価格の推計(『コメ危機の深層』から転載)

ここで使用されている生産費は、企業会計上ではおおむね生産原価に該当する。農業でも法人経営が増加していることを考慮すると、販売および一般管理費を加えることもできるだろう。そうすると、適正価格は2000円台後半まで上昇することになる。

適正価格と直接支払の2段構え

5kg当たり2000円台後半という価格は、日本農業新聞社等のアンケート結果をみると、消費者は受け入れることが可能かもしれない(「適正価格は消費者2千円台、生産者3千円台」『日本農業新聞』2025年6月8日付)。ここでもう1つの適正価格である、消費者にとっての適正価格が登場することになる。
ただし、アンケートを詳しく見ると、消費者の適正価格の回答は2000~2499円が27%で最も多かった。その次に多い回答が2500~2999円、そして1500~1999円と続き、全体的に下方に分布が広がっている。2000円台後半の水準は、低米価を求める、特に低所得層の需要を取りこぼす可能性があることには注意したい。
以上のような様々な留保がついた2000円台後半という消費者が受け入れ可能な価格も、農業者が求める3000円台にはまだ到達しない。実は、農業者は適正価格に、かかった費用以上の何かを求めていることが分かる。

これまでの検討を総合すると、農業者と消費者の間には500円程度の溝が存在する。この溝は、現時点では、どうしても埋められないと考えたほうがよい。そこで、この溝を埋めるのが財政による補塡(ほてん)、つまりは直接支払の役割ということになる。
ここでポイントになる点が2つある。
第1に、費用の積み上げによる適正価格は、生産調整が前提とされていることである。先に述べたように、費用を反映した価格が成立するためには、需給が均衡する必要がある。需要が継続的に減少していく中では、その分だけ生産を減らしていく必要がある。生産調整という直接的な作付制限をとらなくても、何らかの需給調整の措置は必要ということになってくる。
基本法改正の議論においても、適正価格は「需要に応じた生産」とセットであることが、繰り返し強調されていた。「需要に応じた生産」とは、2018年に政府による生産数量目標の配分が廃止された後に、生産調整に代わる用語として用いられてきたものである。
第2に、直接支払には名目が必要ということである。直接支払は農業者の所得を税金によって直接補償するので、納税者に対する説明責任がより問われることになる。
「プラス500円」は何のためのものなのか。費用を上回る何が必要なのか、農業者や農業団体は考える必要がある。
例えば、食料安全保障を将来的に確保するためには、短期的な費用の回収を超えた、長期的な投資が必要になってくるかもしれない。また、農業を魅力ある産業にするためには、その家族が文化的な生活を送れるような(例えば、子弟を大学まで通わせることができるような)収入が必要かもしれない。そのような名目が国民を納得させられるかは分からないが、説得力が求められる。
適正価格+直接支払という政策の形は、1つの妥協である。先進国の農政改革では、生産調整の廃止と、生産から切り離された「デカップリング型」と呼ばれる直接支払がセットになっていた。生産調整の廃止による価格下落の損失を、直接支払で補っていたのである。そちらのほうが、考え方としては分かりやすい。
それに対して、日本の現状は、生産調整によって価格を維持しつつ、それでも足りないものを直接支払で補うという議論になりつつある。需要が継続的に減少していくことを前提とすると、妥協的な手法をとらざるを得なくなる。

海外の消費者にとっての適正価格

しかしながら、ここでもう1つの適正価格を加えると、議論はずいぶんと変わってくる。
海外の消費者にとっての適正価格である。日本のコメの将来を展望するうえで、海外の需要を取り込むことは避けて通れないことは、本書を通じて述べてきた。需要の無い部門に投資をする者はいないので、結果的に生産性も上昇しない。
海外の需要を取り込むためには、日本のコメが国際競争力を持つ必要がある。国際競争力を規定するのは生産費の水準である。海外の消費者の適正価格とは、ひとまず国際競争力のある生産費としておこう。
日本の平均生産費は60kg当たり1万6000円程度なのに対して、アメリカ・カリフォルニア州は5500円程度に過ぎない。これをそのまま適正価格の計算式に入れ込むと、5kg当たり1400円程度となり、先に示した2000円台後半という価格水準の半分程度になる。
国内の消費者にとっても、価格の低下はもちろん歓迎すべきことになる。それに対して、現在の生産性の水準を前提とすると、農業者にとっては再生産が不可能になってしまう。
そこで考えられる1つの手法は、5kg当たり2000円台後半(国内消費者適正価格)と1407円(カリフォルニア州消費者適正価格)の差額である、1500円程度まで直接支払の支払額を引き上げることである。
このタイプの政策は、ヨーロッパ連合(EU、当時はヨーロッパ共同体〈EC〉)が、1992年の共通農業政策(CAP)改革でとったものに近い。
改革が行われた当時の農業担当欧州委員(閣僚に相当)であるレイ・マクシャリーの名前をとって「マクシャリー改革」と呼ばれている。
当時EUは、価格支持政策や輸入(可変)課徴金制度によって、域内農業を手厚く保護していた。しかしながら、ウルグアイ・ラウンド交渉(※)において、アメリカから農業保護の大幅な削減を求められていた。そこで、農産物価格を国際価格の水準まで引き下げる一方で、改革前の価格との差額を直接支払で補塡したのであった。
※1986年から1994年にかけて行われた多国間通商交渉。この交渉によって、世界貿易機関(WTO)を設立することが決定された。
このタイプの政策の難点は、財政負担が大きくなるために、長期間継続することに国民の理解が得られないということである。よって、生産性の上昇を合わせて進めていくことで、支払額を圧縮していく必要がある。EUにおいては、直接支払の支給額を一定期間に限定するとともに、受給権の売買を通じて大規模化を促していく、ボンド・スキーム(証券化)と呼ばれる手法も提案されている。
■西川邦夫(にしかわ・くにお)
茨城大学学術研究院応用生物学分野教授。1982年島根県生まれ。東京大学農学部卒、同大学院博士後期課程修了(博士[農学])。日本学術振興会特別研究員を経て2014年茨城大学准教授、2025年より現職。安倍フェローシップ等受賞。著書に『「政策転換」と水田農業の担い手』(2015年、農林統計出版)、『水田利用と農業政策』(2024年、編著、筑波書房)など多数。


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