生活保護基準引き下げの違法性を問う裁判で、最高裁が国の保護変更決定処分を「違法」と認め、処分を取り消す判決を言い渡してから3か月がたつが、国・厚労省は原告が求める引き下げ前の基準額での遡及(そきゅう)支給を行うか否かなど、解決への見通しを明らかにしていない。
遡及支給が生活保護の全受給者(約200万人)を対象として実施されれば、国の負担総額は4000億円を超えると推計され、財務省との折衝も“ハードル”になっていると見られる。
かぎを握るのは行政府の長、首相の政治判断とリーダーシップだろう。
次期首相を決める自民党総裁選の5人の立候補者は一連の裁判の判決および原告が求める解決への道筋をどう考えているのか。党機関紙や、裁判の原告を支援する「いのちのとりで裁判全国アクション」が独自に行ったアンケートを基に、意向を探った。(ライター・榎園哲哉)

衆院選の自民党公約が引き下げのきっかけに

三重・津地裁で2024年2月、生活保護の基準引き下げをめぐる裁判に一つの判決が言い渡された。
竹内浩史裁判長(当時)は、引き下げは自民党の「選挙公約に忖度(そんたく)した」と明言した。
自民党は2012年12月の衆院選にあたり、当時、あるお笑い芸人の母親が生活保護を受給していたことが明らかになったのを機に巻き起こっていた“バッシング”を受け(※受給に問題はなく適法だった)、「生活保護費10%削減」を公約に掲げていた。
厚労省は、衆院選の翌年2013年8月から2015年4月にかけ3度にわたり、生活保護のうちの食費などに該当する「生活扶助費」を平均6.5%引き下げた。
これを受け、受給者約1000人と、支援する弁護士らは、引き下げが「生存権」を定めた憲法25条1項(※)に反するなどとし、新たな生活保護基準に基づく減額処分の取り消しを求め、全国29地裁で提訴した。
※「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」
裁判はこれまでに、前述した津地裁の判決を含め原告側が29勝16敗(地裁20勝11敗、高裁9勝5敗)と大きく勝ち越している。
今年6月27日には、上告されていた愛知と大阪での訴訟について最高裁第三小法廷(宇賀克也裁判長)が、保護変更決定処分の取り消しを命じる原告側勝訴の判決を言い渡した。
厚労省は対応を図るため8月13日、同省社会保障審議会生活保護基準部会の下に行政法などの学識経験者でつくる専門委員会(委員長・岩村正彦東大名誉教授以下9人)を設置。
これまでに4回の会合を重ねているが、解決の見通しは立っていない。

新首相の“リーダーシップ”で解決進むか

次期首相に就くことがほぼ確実な与党第1党、自民党の総裁。退陣表明した石破茂首相の後継に名乗りを挙げたのは、小林鷹之元経済安全保障担当相(50)、茂木敏充前幹事長(69)、林芳正官房長官(64)、高市早苗前経済安全保障担当相(64)、小泉進次郎農林水産相(44)の5氏だ(届け出順)。

5氏は9月22日に自民党本部で行われた所見発表演説会を皮切りに、地方演説会(東京・秋葉原、名古屋市、大阪市)などで施政方針などを語った。10月4日、党本部で投開票が行われる。

「生活困窮者への支援」を訴える候補も

各候補者は、生活保護をはじめとする社会保障について、どのような見解を持っているのだろうか。
党機関紙「自由民主」の総裁選特集号(9月30日付、第3140号)は、各候補の社会保障に関する方針も載せている。
小林氏は、政策目標5項目のうちの「力強く成長するニッポン」の中で、「国民皆保険・社会保障制度の持続など国民の安心を守りながら包括的改革」の方針を示す。
茂木氏は、同6項目のうちの「国家・国民を守り抜く」の中で、「負担能力に応じた誰もが安心・納得の社会保障制度の確立」を訴える。
林氏は、6つの政策目標「林プラン」のうちの「社会保障・福祉」の中で、「生活困窮者自立支援、自殺総合対策・ひきこもり支援の充実」を記し、生活保護世帯を含む困窮者への対策も掲げた。
高市氏も、政策目標5項目のうちの「大胆な『危機管理投資』と『成長投資』で、『暮らしの安全・安心』の確保と『強い経済』を実現」の中で、「就職氷河期対策、生活困窮世帯への支援などを充実します」と訴えている。
小泉氏は、同7項目のうちの「社会保障・教育」の中で、「子供から子育て世代、お年寄りまで、全ての世代が安心できる、全世代型社会保障を実現する。そのために、与野党協議を真摯に進める」と示す。

「いのちのとりで」独自アンケートへは高市氏のみ回答

一方、生活保護をめぐる裁判の原告を支援する「いのちのとりで裁判全国アクション」では各候補者に対し、最高裁判決後の状況について独自にアンケートを行い、意見を求めた。
質問は、以下の2点。
①判決から3か月近くが経過する現在もなお違法状態が継続し、その解消のめどさえ立っていないことについて、どのようにお考えですか
②貴殿が自由民主党総裁(次期内閣総理大臣)に就任された際、上記の問題についてどのように対応されますか
このアンケートに対しては、高市氏のみが回答を寄せ、他の候補からは回答が得られなかった。
高市氏は、質問①に「6月27日の最高裁判決の趣旨及び内容を踏まえた今後の対応については、厚生労働省の専門委員会において、現在、法律・経済・福祉の学識経験者による審議が行われているところと承知しています」と回答。

質問②には「今後の対応については、最高裁判決の趣旨及び内容を踏まえ、専門委員会の審議の結果に基づき、適切に判断すべきものと考えます」と答えた。

原告らが抱える専門委への“不信感”

厚労省幹部は専門委員会が意見を年内に取りまとめることを視野に入れ、「できるだけ速やかに結論を出せるよう、最大限努力していきたい」(社会・援護局保護課長)と語っている。
なお、「いのちのとりで裁判全国アクション」は、厚労省が専門委員会を設置した際に、「全面解決に向けた協議を求めている私たちの頭越しに設置が強行された」と強く批判。
同委員会の第2回会合では裁判の原告・代理人らが出席し、意見陳述を行ったが、陳述後に原告らが傍聴の継続を求めたところ、退場させられる事態が発生。原告らは委員会に対し不信感を募らせている。
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。


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