生活保護受給者の中には、障害を抱え、働くことが困難な人が大勢います。それらの人々にとって、月額1万5000円前後の「障害者加算」は命綱です。

障害ゆえに生じる追加の出費(たとえば、体調管理に不可欠な冷暖房費など)を補うためのお金であり、最低限度の生活を維持するために不可欠なものです。受給したからといって暮らしに「余裕」が生じるわけではありません。
しかし、関西地方に住むタケシさん(仮名・40代男性)は、医師に勧められて取得した「精神障害者保健福祉手帳2級」を所持しているにもかかわらず、この加算を拒否されました。理由は障害の重さではなく、ただ「手帳を取得した時期が早すぎたから」という、にわかには信じがたいものでした。
しかも、タケシさんは事前にケースワーカーへ加算の申請方法について質問していました。しかし、長らく放置された末に告げられたのは、奇怪な運用ルールでした。
本記事では、この障害者加算の複雑な運用と、その背後にある国の「通知」の文言を丁寧に読み解きつつ、制度の盲点に翻弄される生活保護受給者の現実に焦点を当てます。(行政書士・三木ひとみ)

なぜ「早すぎた」ことが問題になるのか? 謎の「1年半ルール」

タケシさんが福祉事務所から受けた説明は、こうです。
「タケシさんは、初診日(障害の原因となった病気で初めて医師の診察を受けた日)から1年半が経つ前に手帳を取得したので、次回の手帳更新まで加算は付けられません」
裏を返せば、初診日から1年半が経過した直後に手帳を取得していれば、その時点から加算が認められていたというのです。
この不可解な運用の根拠となっているのが、国の通知(平成7年(1995年)社援保第218号)に定められた、通称「1年半ルール」です。
この通知には、手帳によって障害の程度を判定するための条件として、以下の趣旨の記載があります。
『手帳の交付年月日または更新年月日が当該障害の原因となる傷病について初めて医師の診療を受けた後1年6月を経過している場合に限り、(中略)手帳に記載する障害の程度により障害者加算に係る障害の程度を判定できる』
このルールの趣旨は、初診日から1年6か月が経過した時点での障害の「症状固定(※)」を確認することにあります。障害年金と同じ考え方です。

※治療を続けてもそれ以上症状の改善が見込めなくなった状態にあること。症状固定の日が障害認定日となる。
しかし、問題は、この趣旨を無視した硬直的な解釈と運用です。
タケシさんは、初診日から1年6か月が経過し、症状が固定(あるいは悪化)している状態であるにもかかわらず、自治体側は「1年6か月より前に発行された手帳は、次の更新まで認定の根拠として使えない」と判断しました。
障害の状態が固定しているにもかかわらず、その事実を考慮せず、「書類の発行日」という形式のみを理由に支援をしない。この運用は本末転倒と言わざるを得ません。また、そのような運用が法令上義務付けられているわけでもありません。
そもそも「通知」は行政内部の運用基準にすぎず、法規範性が認められません。法の趣旨に反して硬直的に運用することは「法律による行政の原理」(憲法41条等参照)に反することにもなり得ます。
現に、私の行政書士事務所がある大阪府大阪市では、タケシさんの自治体のような硬直的な運用は行われていません。
同市では、同様のケース(手帳のみ2級保持、年金不該当の受給者が初診日より1年半経過前に手帳取得)があったとき、初診日から1年半の時点で主治医に病状照会をかけています。1年半の時点で手帳2級相当の病状であることの確認が取れれば、初診日から1年半の時点から障害者加算がつきます。

このように、柔軟な運用は可能です。また、社会保障制度という性質上、柔軟な運用が想定されていると考えるべきです。

医師に勧められて「手帳」を取得したのに…

もともと、タケシさんは病院に行くことさえ困難な、完全な引きこもり状態でした。
タケシさんは小学生の頃に受けた集団いじめが原因で、不登校になりました。その後も社会に出ることへの恐怖心を抱え続け、長く続いた強い精神的ストレスから、原因不明の身体の不調にも見舞われるようになります。
外に出ると突然発作が起きて動けなくなり、人への恐怖心から助けを求めることもできないため、一人でコンビニへ行くことさえできません。
それでも、ケースワーカーに促され、なんとか月に一度の通院を続ける中で、主治医から勧められて精神障害者保健福祉手帳(2級)を取得しました。
厚生労働省の通知では、この手帳の「2級」は国民年金の障害等級2級に相当すると明確に定められており、通常であれば障害者加算の対象となるはずです。
良かれと思ってその勧めに従ったにもかかわらず、結果として手帳取得が「早すぎた」と判断され、障害者加算の対象外とされるという理不尽な事態に陥ってしまったのです。

「2級手帳」でも加算はゼロ

タケシさんを担当する福祉事務所は「1年6か月経過後に手帳を取得した場合のみ対象」という独自の厳格な解釈をとり、本来、障害の「実態」で判断されるべき支援を、「書類の取得時期」という形式的な理由だけで1年以上も先送りにしているのです。
これには、タケシさん本人だけでなく支援者も絶句しました。なぜなら、国の通知には「初診日から1年6か月」という条件こそあれ、「もし早く取得した場合は、次の更新まで加算を認めない」といった罰則的な規定はどこにも書かれていないからです。
その結果、タケシさんと全く同じ障害の程度であっても、初診日から1年6か月を待って手帳を取得した人であればすぐに加算が認められる、という理不尽な格差が生まれています。
状態がまったく同じであるにもかかわらず、「初診日から1年6か月」を境に、手帳を早く取得したというだけで不利益を被るのは、不可解極まりない話です。

放置された質問、知らされなかった制度の「落とし穴」

この事態は、適切な情報提供さえあれば防げたはずでした。タケシさんは手帳を取得する1年以上も前から、ケースワーカーに「障害者加算を付けるにはどうすればよいか」と繰り返し質問していました。しかし、「調べて折り返す」と言われたきり、何の連絡もなかったのです。
もしこの時、「初診日から1年6か月経ってから申請すれば、すぐに加算が付きますよ」という、制度の根幹に関わる情報が伝えられていれば、彼は医師に勧められても、適切な時期まで待つという選択ができたはずです。
しかし、説明がないまま時間は過ぎ、担当ケースワーカーは病気で長期不在になってしまいました。後任のケースワーカーに改めて相談した時には、すでに初診日から2年近くが経過しており、手遅れとなっていたのです。
福祉事務所側は「次回の更新時には加算が付く」と繰り返すばかりです。しかし、それは初診日から3年近くが経過した時点を意味します。
行政側の情報提供の不備が招いた不利益であるにもかかわらず、その間の生活の困窮を当事者に強いる。その対応は、制度の趣旨からかけ離れているといわざるを得ません。

障害者加算の本質。加算があって初めて「最低限度」の生活に

花園大学の吉永純(あつし)教授(公的扶助論)は『賃金と社会保障 2025年3月上旬号』において、次のように指摘しています。
「障害者加算が必要であるにもかかわらず加算を計上しない状態は、最低生活費を下回った生活水準を強いることを意味する」
障害者加算は、生活に「ゆとり」を持たせるものではありません。
障害ゆえに発生する追加コストを補う性質のものです。
加算が認められない状態は、憲法が保障するべき最低ラインを下回る生活を強いることに他なりません。
この重要な加算の認定において、精神障害は身体障害と比べて著しく不安定な立場に置かれています。身体障害は手帳の等級(1~3級)で全国統一的に認定されるのに対し、精神障害は自治体の裁量に委ねられる部分が大きいのです。そして、この「裁量」が、今回のような不合理な運用の温床となっています。
タケシさんのケースが示すのは、自治体が独自の運用ルールを設けているにもかかわらず、それが市民に全く周知されていないという深刻な問題です。事態が発覚した後でさえ、曖昧な回答に終始し、「手帳を再取得すれば加算がつくのか」という問いにも明確に答えず、文書での説明も拒否しています。
症状は何も変わらないのに、診断書料を再度負担して手帳を「取り直す」だけで、月1.5万円の支給が始まるかもしれない。このような理屈がまかり通るのであれば、あまりに不誠実です。「早期に手帳を取得すると不利益が生じる」というような重要な情報こそ、行政が率先して提供すべきものです。
事前説明もなく、不可解なルールを盾に支援を打ち切る制度は、法の趣旨そのものに反していると言わざるを得ません。

全国で繰り返される誤りと、届かぬ改善の声

タケシさんのような問題は、決して特殊な事例ではありません。精神障害者加算の制度は、その複雑さから全国の自治体で誤りが頻発しています。

会計検査院の報告によれば、加算の算定ミスは2021年度に22件、2022年度にも15件指摘されており、同様の問題が各地で繰り返されているのです。
この背景には、身体障害とは異なり、精神障害の認定が自治体の裁量に大きく委ねられているという構造的な問題があります。そのため、障害者年金は受給していないものの手帳2級を所持している人が加算から漏れてしまうなど、支援を必要とする人が制度の網の目からこぼれ落ちやすい状況が生まれています。
こうした現場の混乱を受け、秋田県などの自治体からは「精神障害についても、身体障害と同様に手帳の等級だけで加算を認定できるよう制度を簡素化してほしい」と、国に対して具体的な改善要求が上がっています。
しかし、国の回答は「見直しは適当ではない」というものでした。問題が可視化され、現場から改善の声が上がっているにもかかわらず、制度は変わらないままなのです。

声を上げなければ変わらない、この理不尽を放置しない

この件について、タケシさんから相談を受けた私が自治体に問い合わせた際、「制度の趣旨からして不自然ではありますね」と、問題の異質さを認める職員もいました。
ところが、タケシさんを担当する福祉事務所からの最終的な回答は、「ルールはルールです。次回更新時まで加算はつきません」の一点張りでした。
個々の職員が理不尽さを感じていたとしても、組織の壁は厚く、硬直的な運用は変わりません。
そもそも精神疾患を抱える人の多くは、自ら声を上げ、行政と交渉するエネルギーを保つこと自体が困難です。タケシさんは、そうした人々の思いを代弁するように語ります。

「同じ状況の人が、全国に大勢いるはずです。この不可解な運用が、私だけでなく、他の生活保護受給者にも起こっていると知ってほしい」
制度を定めた法令の条文と現場の運用とが乖離するとき、こぼれ落ちるのは常に、助けを必要とする人々です。この不合理を「仕方のないもの」として放置すれば、声なき人々はさらに追い詰められてしまいます。
一人の当事者が上げた勇気ある声が、この硬直化した制度を見直し、誰もが公平で透明性の高い支援を受けられる社会への一歩となることが、強く望まれます。


■三木ひとみ
行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)。官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に『わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)』(ペンコム)がある。


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