最高裁による生活保護基準引き下げの「違法」判決を受け、国の方針を審議するために厚生労働省が独自に設置した有識者による専門委員会。原告ら“不在”との指摘もあるなか、同委員会の最終回会合となる第9回専門委員会が11月17日、都内で開催された。

同委員会がまとめた報告書の内容は、原告と原告を支援する弁護士らが求めていた「全受給世帯への全額補償」には遠い、遡及支給額の減額を伴うものだった。今後は、政府・厚生労働大臣に最終判断が委ねられる。
原告らは、今後の国の対応によっては、再びの訴訟も辞さない構えだ。(ライター・榎園哲哉)

最高裁で判断されるも厚労省独自に専門委設置

10年以上続いた生活保護基準引き下げ(保護変更決定処分)の違法性を問う「いのちのとりで裁判」。しかし、司法の判断が出た後も解決に至っていない。
2012年末の衆院選で自民党が掲げた「生活保護費10%削減」の公約に“忖度”したとされる厚労省は2013~15年、3度にわたって、生活保護費のうちの食費などに該当する「生活扶助費」を平均6.5%引き下げた。
これに対し、引き下げは「生存権」を定めた憲法25条に基づく生活保護法3条、同8条2項に違反するなどとして、受給者約1000人が原告となり、支援する弁護士らとともに2014年2月以降、全国29地裁で31の訴訟を提起した。
そして、43の下級審判決(地裁31、高裁12)のうち上告されていた愛知と大阪の二つの訴訟について、最高裁第三小法廷(宇賀克也裁判長=当時=)は6月27日、原告勝訴となる保護変更決定処分の取り消しを命じた。
原告らは判決の効力は全受給者(約200万人、2025年2月現在)に及ぶと主張し、生活保護基準を引き下げた2013年にまでさかのぼる「差額の全額の遡及支給」を求めている。
原告らの求めに応じれば、支給額の総額は4000億円を超えるとも試算されている。国としては、原告とそれ以外の受給者とで支給額に差を設けるなど、支給総額を減らしたい考えだ。
厚労省は方針を審議するためとして今年8月13日、同省の下に行政法などの有識者でつくる「専門委員会」(委員長・岩村正彦東大名誉教授以下9人)を独自に設置した。

「最高裁判決を矮小化し、被害回復額を値切るためか」

第9回専門委員会の開催を前に、原告を支援する弁護士らは同委員会に意見書を提出。
「専門委員会は、最高裁判決の意義を矮小化し、被害回復額を値切るために設置されたものではないはず」と、改めて公平・公正な判断を求めた。

しかし第9回専門委員会の会合終了後、専門委が国に出した「報告書」に対し、原告と支援する弁護士らでつくる「いのちのとりで裁判全国アクション」は「緊急声明」を発表。オンラインで会見を開いた。
「緊急声明」によると、専門委の報告書には遡及支給額の減額を伴う以下4案が示されたという。
①原告については改定前基準との差額保護費を全額支給するが、原告以外については再処分を行う
②原告についても原告以外についても、最高裁判決で違法とされなかった「ゆがみ調整(2分の1処理を含む)(※)」に加えて「デフレ調整」に代わる理由(低所得世帯の消費水準との比較)による再減額改定を行う
③原告についても原告以外についても、ゆがみ調整のみを行う
④原告についてはゆがみ調整のみを行い、原告以外については加えて再減額改定を行う
※生活保護世帯と一般の低所得者世帯の生活費を比べて見直す調整のこと
これについて、同声明は「すべての生活保護利用世帯について、改定前基準による差額保護費の全額補償を行うのがもっとも簡明で被害救済にも資することは明らかである」と改めて主張。
特に、最高裁判決で5人の裁判官がそろって違法とした「デフレ調整(※)」に代わる理屈を持ち出し、保護費を引き下げるという案については、「裁判で主張し、または主張しえた理由に基づく再減額改定は、判決で取り消された処分と同じ内容の再処分を行うことを禁じる『反復禁止効』や、紛争をなるべく1回の訴訟手続きで解決しようとする『紛争の一回的解決の要請』等に反し許されない」と訴えた。
※物価の下落を理由にした調整。国が改定の指標とした物価変動率は、それだけでは消費実態を把握するには限界があるとして違法が認められた
また、原告と原告以外を分けて支給するという案に対しては、「本件訴訟の代表訴訟的性格や平等原則からすれば、原告とそれ以外の生活保護利用世帯を分ける対応も許されない」と主張した。
さらに、上記4案のいずれかによる対応策が国によって選択された場合、「紛争の再燃が必至であり、早期全面解決が遠のく」とも訴える。

最終判断は政府・厚労大臣に委ねられるか

一方、前回第8回専門委員会の開催日(11月7日)の同日、衆院予算委員会で高市早苗首相が、野党議員の質問に答えるかたちで生活保護基準引き下げについて「深く反省し、おわびを申し上げたい」と政府・首相による初めての謝罪を行った。しかし、原告らはこれを全面的には評価していない。
「いのちのとりで裁判全国アクション」事務局長の小久保哲郎弁護士は、「原告への直接の謝罪はない。改めて謝罪の機会が持たれるべきだ」と求めたうえで、「真摯なおわびは、被害者が納得する被害回復策を伴うものでなければならない」と述べた。

専門委員会による報告書を受け、生活保護受給者・受給世帯の被害回復に向けた“最終判断”は、政府・厚生労働大臣に委ねられる見通しだ。
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。


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