精神・神経疾患等の高度医療を担う国の中核的医療機関「国立精神・神経医療研究センター」(NCNP、東京都小平市)で働く看護師ら7人が、一方的に廃止された「特殊業務手当」の支払いを求め、東京高裁で逆転勝訴した裁判。
同センターで働く81人が新たに、総額およそ7663万円の未払い分の手当の支給を求め、12月16日、東京地裁へ提訴した。

提訴後、弁護士と原告が都内で会見を開き、「第2陣」提訴に至った理由などを語った。(ライター・榎園哲哉)

難病患者らへ対応する「手当」が一方的に廃止

全身の筋力が低下していく筋ジストロフィーや重度心身障害の患者、統合失調症をはじめとする心神喪失によって他害行為などを犯した患者らへの対応等は、看護師らにとっても心身への負担が大きく、時には暴力被害などの危険も伴う。
NCNPでは、こうした患者の看護等を行う職員へ「特殊業務手当」を支給してきた。しかし、この手当が2018年に一方的に廃止されたことで訴訟へ発展した。
2018年1月、NCNPは勤務する職員らが加入する組合「全日本国立医療労働組合(全医労)武蔵支部」に対し、就業規則を改定し、手当を廃止すると通知した。
実際に、同年4月から毎年20%ずつ減額され、2022年3月までに全廃。1人あたり毎月おおむね2万円(病棟・職種等によって異なる)の手当が廃止された。
これに対し、看護師ら7人が原告となり、就業規則の一方的な不利益変更は労働契約法10条が求める「合理的」な変更理由を欠き無効だと主張。廃止の見直しと、支給されるべき手当全額の支払いを求め、2019年4月、東京地裁立川支部に提訴した。
2023年2月に請求が棄却されたが、今年3月、控訴審で東京高裁は、原告側の主張・立証をほぼ全面的に肯定。請求を認容する「逆転勝訴」の判決を言い渡した。
控訴審判決を受け、12月16日、NCNPで働く81人が新たに原告となった「第2陣」提訴が行われた。
なお、NCNPは控訴審判決を受け4月8日、最高裁へ上告しており、「第1陣」の争訟も係属されている。

「原告以外の職員全員にも手当の支給を」

第2陣提訴の後に行われた会見には、訴訟代理人の青龍(せいりゅう)美和子弁護士と川口智也弁護士、81人の原告のうちの7人が臨み、提訴に至った経緯などを伝えた。
それによると、就業規則の不利益変更が無効とされた先行(第1陣)訴訟の控訴審判決を受け、NCNPは先行訴訟の原告7人に対して手当の一部を支払ったが、同様の業務に就く他の職員らへは支払いが行われていないという。
「手当の対象となる職員全員に支給するよう団体交渉、代理人による請求を行ったが、(NCNP側は)先行訴訟の原告以外には一向に支払わない。最高裁に上告しているので応じられないという不誠実な対応を取っている。やむなく第2陣の提訴に至った」(青龍弁護士)
団体交渉は、7月18日と10月7日の二度行ったが、いずれも形式的な対応で、中身のある実質的な交渉は持てなかったという。

手当の支払いは「特定病棟で勤務するすべての人に適応されるべきだ」

訴状によると、そもそも「特殊業務手当」とは、「一般病棟」を除く特定病棟で働く職員全員に対して支給されていた。
「一般病棟」以外の特定病棟は、大きく精神病棟と障害病棟に分けられ、「(入院患者が)24時間、生活全般のあらゆる面で介助が必要であったりするなど、(職員にとって)肉体的、精神的な負担が大きく、職務に相当の困難を伴う」という理由から手当が付けられてきた。
先行訴訟で東京高裁は「就業規則の変更自体の無効」を言い渡した。川口弁護士は、「判決は原告だけではなく、特定病棟で働いているすべての人に一律に適応されるべきだ」と主張。
そのうえで、「就業規則を再改定し元に戻してほしい」と終局的解決(特殊業務手当の復活)を求めた。
NCNPは、先行訴訟で就業規則の変更について「経営上の必要性」を主張していたが、この主張についても原告らは、訴状で改めて経営状況を示し、「安定的な運営を継続していくことは極めて厳しい見通しにあった、とは到底いうことができない」と否定した。

「協調して病院、社会を良くしていきたい」

会見には、特定病棟で難病患者の対応にあたる看護師らも出席した。
入職22年目となる男性Aさんは、「高度なミッションを携えて、難病の患者さんと一緒に戦っている。そのミッションに対して頂いていた手当が廃止されたことは、業務の特殊性がなくなった、手当は必要ない、と言われたようで、誇りややりがいを奪われた気持ちだ」と語った。

神経内科で働く女性Bさんは、筋肉が徐々にやせ力が無くなっていく難病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者への対応について触れ、「指の伸ばし方や足の置き方、呼吸の補助など、一つ一つのケアを1時間位かけてじっくりと行っている」と、看護の特殊性と難しさを伝えた。
先行訴訟ではサポートにあたり、今回初めて原告となった男性Cさんは「労使が争うのは健全ではないと思っている。協調して病院、社会を良くしていきたいという思いがある。病院にも応じてほしい」と語った。
なお、NCNPは第2陣提訴について、筆者の問い合わせに対し、「訴状が届いていないため、コメントは控えさせていただきます」との回答を寄せた。
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。


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