群馬県前橋市市長の小川晶氏が、自身が辞職したことに伴う同市長選(2026年1月5日告示、同12日投開票)への出馬を17日、正式表明した。
辞職の発端は、職員との十数回のラブホテルでのミーティングだったが、「政治家である以上、責任を果たすには、どんなに逆風でも人生をかけて、前橋市政にチャレンジしたい」と力を込め、出直しを誓った。

決意表明にあたり、SNSでも動画配信した小川氏は、深々と頭を下げた後、「市長が変わって給食費が無償になった」「言葉だけでなく本当に政策が実現できる」「市長が変わると政治が変わるんだ」と辞職後の市民との触れ合いの中で、迷う背中を押されたことを強調。
そのうえで、「みなさんとともに前橋をさらに前へ進めていきたいと思います」と力強く出馬を宣言した。

出馬表明もネット上は逆風が

11月27日に市長を辞任後、小川氏は市長選へ対応を保留してきた。出直し選挙で信を問うとみられていただけに、初めての正式な出馬表明もネット上の反応は冷ややかだった。
「志や実現した政策、前橋への思いは感じられた。ただ、市長としての資質があったのか。この3か月が物語っていると思います」
「さすがに当選はないと思う。同じ選挙に出るなら3~5年は立候補できない決まりにした方がいい」
「立候補でなく、前橋から出ていくことだけを考えればいい」
前橋市民だという人のコメントでは「この人が壊したのは前橋市のイメージであり、多くの市民の信頼・市民感情。今回の立候補で矛盾する言動、人間性はより一層明らかになった」と手厳しい指摘もあった。

小川氏の勝機は?

投稿者には前橋市民でない人も多いとみられるが、それでもすさまじい「逆風」が吹き荒れる中での出馬となる。こうした状況下で、小川氏に勝算はあるのか。
市長選には、現在(18日時点)までに新人で弁護士の丸山彬氏(39)と共産党系の元市議・店橋世津子氏(64)、小川氏(42)の3人が立候補を予定している。5期19年にわたり元千葉県鎌ケ谷市長を務めた清水聖士氏は、その選挙戦を次のように予測する。
「ここまで3人が立候補を表明しているが、このままの戦いになるとすれば、実質的には丸山氏と小川氏の一騎打ちとなる公算が強い。

丸山氏は12月までJC(青年会議所)所属でもあり、前橋市議会の2つの保守系会派が応援するとされているので、保守系勢力が一本にまとまって選挙戦を戦うとすれば、相当有力だ。
山本一太群馬県知事は『丸山氏が挨拶に来たら考える』とのことなので、応援を求められたら応援するのだろう。丸山氏が有力候補であることは間違いない」
そのうえで清水氏は「丸山氏が自民党の推薦を取るかと言えば、私は取らない可能性のほうが高いと思う。地方の首長選挙では政党色のない『市民派』っぽくしたほうが無党派層の票が入りやすいからだ。アンチ自民の有権者も相当いる」とみる。
一方の小川氏については「もともと旧民主党系の県議であり、前回の市長選でも非自民系の票をまとめて当選したようだ。共産党の票は店橋氏に入るとしても、そんなに大きな票ではないだろう」と展望した。

侮れない支援者の潜在力

勝算については「惨敗はない」というにとどめたが、出馬の背中を押した支援者の力は侮れないとみる。
「12月14日に行われた市民有志による小川氏を応援する集会には300人程度が集まったそうだ。この状況では小川氏の後援組織がフル稼働したとは考えられないので、そういった状態の中で人口32万人の前橋市でいきなり300人の集会ができるというのは、かなり強固な小川支持者が今もいるということだろう。
これは、任期途中で辞めさせられて、静岡県伊東市や沖縄県南城市のような理不尽な議会解散という手段もとらずに、再選挙にのぞむ小川氏への同情票が相当存在する、と見るべきではないか」
小川氏は市長辞職に際し、議会解散という手段はとらず、自ら身を引き、再選挙で信を問う選択をした。辞任を迫られる市長が、職権を濫用するように議会解散のカードを切るのが理不尽なのは明白であり、それをしなかったことは市長経験者としても評価できるという。
イメージ的には、どうしても静岡県伊東市の田久保眞紀前市長と重なる小川市長。
この点について、清水氏は「田久保氏とは性質が違う。田久保氏は、不信任決議で辞めさせられたが、小川氏はその前に辞めており、同列にはできない」と、再選挙で惨敗した田久保氏とは状況が違うことを強調した。
確かに田久保氏は、経歴詐称や百条委員会での虚偽証言といった違法行為の疑いで刑事告発されている。さらに、道理の通らない市議会解散も。一方の小川氏にはそれらはない。ラブホテルに行ったこと自体も違法行為ではなく、「男女の関係はない」という主張もそれを覆す絶対的な証拠はない。
これらを踏まえ、清水氏は選挙戦の行方を次のように見通した。
「小川氏はなにより、議会を解散していないことが大きい。自ら市長を辞めて信を問う、という判断自体は極めて正しいものだ。
小川氏は田久保氏のような“キワモノ”ではなく、まともな政治家の一人であろう。丸山氏との戦いは五分五分なのか、数字的にはまったくわからない。ただ、少なくとも、田久保氏のような『惨敗』にはならないと思う」

勝ちをもぎ取るシナリオはあるのか

市長に返り咲き、「前橋を前へ進める」には大きな困難が立ちはだかりそうだが、乗り越えられるのか…。
清水氏は最後に、勝機を見出せる可能性として、次のシナリオを描いた。
「山本知事が、ラブホ事件が発覚した時点から小川氏に対してきわめて批判的で、ことあるごとに厳しい言葉を投げかけている。私のような県外在住者から見ても、ちょっと過剰ではないかとも思える。
知事は県内での最大権力者であり、その人が地位をかさに着て、一方の候補者をさんざんに痛めつける。それを有権者は『弱い者いじめ』と捉えはしまいか。今や男女は同じ立場だと言っても、見方によっては小川氏は『か弱き女性』だ。
上州(上野(こうずけ)の国)という土地柄は『国定忠治』『木枯し紋次郎』に象徴されるように、弱い者いじめを嫌う義侠心や判官贔屓という気質が強い場所のような気がする。
山本知事の小川批判があまりに目立つようだと、小川陣営はそれを逆手にとって、今流行りのSNS戦略で『弱い者いじめ』という論調を拡散することができれば、勝機が見えてくるのかもしれない」
「だれが当選することが市のプラスになるのか」。感情を抜きにして投じる一票に、市民も真摯な思いを乗せることが求められる選挙戦となりそうだ。
<清水聖士(しみず・きよし)>
1960年、広島県生まれ。麗澤大学客員教授。早稲田大学卒業後、伊藤忠商事、米ウォートンスクールMBAを経て、外務省へ。
2002年、前市長逮捕により行われた鎌ケ谷市長選挙に選挙権もないままインドから落下傘候補として出馬。763票差という大激戦を制し、市長に就任。以来、5期19年にわたって同市市長、千葉県市長会会長も務める。2021年、任期途中で市長を辞し、衆院選に出馬するものの…。


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