自治医科大学の卒業生が、修学資金約3766万円の返還をめぐり、同大学と愛知県を相手取って起こした訴訟で3月18日、東京地裁で第5回口頭弁論が開かれた。
提訴から約1年を迎えたこの日、原告の男性医師A氏は法廷での意見陳述で、制度そのものへの問いを正面から投げかけた。

「10代の受験生とその家族に、約15年先までの人生を縛る契約を、高額な違約金付きで飲ませるような制度が、この国の法のもとで許されるのかどうか。
また、家族の事情が大きく変わっても『全額一括返還か、諦めて働き続けるか』という二択しか示さないやり方が、公的な医師養成機関として本当にふさわしいのかどうか。その点を、この訴訟で丁寧に見ていただきたい」

「2年間の勤務考慮されず、前近代的」

自治医大は旧自治省(現総務省)の主導で都道府県が共同設立した私立大学で、入学者全員に修学資金が貸与される。
卒業後、出身県が指定する僻地等の公立病院に貸与期間の1.5倍(標準9年)勤務すれば返還が全額免除されるが、途中で辞めれば元本に加え年10%の損害金を上乗せした返済を求められるというものである。
原告の男性医師A氏は2015年に入学し、2022年に卒業。愛知県の職員兼研修医として勤務したが、父親の失職や自閉症の弟の介護、妻の妊娠による扶養負担増で経済的に困窮。勤務継続が困難になった。
2023年5月に退職届を提出したところ、県から事実上の免職を通告され、大学側から修学資金2660万円と損害金1106万円の計3766万円の一括返還を請求されている。
A氏は昨年3月の提訴時の会見で、自治医大の修学資金制度について「無知な受験生を囲い込んで、卒業後、退職の自由を奪った上、不当な労働条件で使いたおす、まさに悪魔のような制度」と非難していた。
一方、大学側は昨年、同額の支払いを求める反訴にも踏み切った。これを受け原告側は今回、当初の債務不存在確認請求の一部を取り下げ、訴えの変更申立書を提出している。
本件の争点の一つは、労働基準法16条(賠償予定の禁止)の適用可否だ。同条は使用者が退職時の違約金や損害賠償額をあらかじめ定めることを禁じるが、大学側は「使用者ではない。
雇用主は県であり別個の主体だ」と主張する。修学資金を貸すのは大学、雇用するのは県という三者間の構造がある。
原告側は今回、労基法上の「使用者」は現在の雇用関係の当事者に限定されず「将来の使用者」も含みうる広範な概念であると整理した上で、大学と県が入試から契約締結、キャリア形成プログラムの運用まで一体的に制度を運営してきた実態を詳述し、両者は「共同使用者」に当たると主張。
出向・派遣で1つの就労に複数の使用者が成立する例を挙げ、大学による契約締結は「県の雇用管理の一環だ」とし、「仮に直接適用が否定されたとしても、類推適用や公序の重要な一部としての考慮は十分に可能」との見通しを示した。
加えて、補論として国家公務員の留学費用償還制度との比較も提示された。同制度では帰国後5年勤務で返還が免除され、5年に満たなくても1か月ごとに60分の1ずつ減額される。仮に2年勤務して退職しても、約4割が差し引かれる計算だ。
一方、本件の修学資金制度は返還免除まで最短9年(A氏の場合は7年在学のため10年6か月)を要し、勤続期間に応じた減額措置が一切ない。A氏は実際に約2年間、研修医として指定病院に勤務していたが、義務年限を満了しなかった以上、その実働分は返還額に反映されず全額を請求されている。
青木弁護士はこの点を「働いた分の成果は県が享受しているのに、返還額には一切考慮されない。前近代的だ」と批判した。

「税金だからこそ法律にのっとった契約であるべき」

A氏は意見陳述で「自分の判断をすべて他人のせいにしたいわけではない」とも述べ、自己責任論を一度受け止めた上で制度の構造的な問題を指摘。
「この裁判は私一人の事情にとどまらない。
同じような制度の下で、家族か医師免許かという二者択一を迫られないようにするためのものでもある」と述べた。
また会見でも「税金だから何をしてもいいということではない。税金だからこそ法律にのっとった契約であるべきだ」「声を上げることもできずにいた先生もいる」と主張。制度改善を訴えた。

1月の甲府地裁判決「追い風なのは間違いない」

原告側は今後の期日で民法と消費者契約法に関する主張を展開する予定。
今年1月には、地域枠制度を巡り、適格消費者団体「消費者機構日本」が山梨県の違約金条項の差止めを求めた別件訴訟で、甲府地裁が消費者契約法9条1号・10条違反の不当条項と認定し、請求を全面認容する判決を出した。
判決は、総額936万円の修学資金とその利息の返還によって県の損害は「十分に填補される」とし、これとは別に最大約842万円の違約金を課す条項を過大な負担と評価。
自治医大の制度と山梨県の地域枠制度は仕組みが異なるが、高額な金銭負担を課す構造は共通する。原告代理人の伊藤建弁護士は会見で「われわれのケースとは似ているが、だいぶ違う部分もある。ただ追い風なのは間違いない」と評価した。
次回期日は6月8日で、判決は早くとも来年以降になる見通し。

自治医大側は「合意のうえで貸与」主張

なお、自治医大は弁護士JPニュース編集部の取材に対し、次のようにコメントした。
「本学では、経済的事情により高い資質や志が行き場を失うことのないよう広く門戸を開き、条件を満たすことで返還を免除する『修学資金貸与制度』によって、入学金・授業料が実質不要となる制度を実施し、経済面から学生の志を支えています。

この制度により、本学に入学された学生の方々は平等な学びの機会が得られ、本学の教員も一丸となって、学生の方々の志や社会の要請に応えようと総合医の育成に取り組んでいます。 
在学中に貸与した修学資金は、医師となった卒業生が一定の年限を出身都道府県における地域医療に従事することで返還が免除されます。これまでに3800名以上の卒業生がその志を実現し返還が免除され、返還が免除された後も約7割の卒業生が出身都道府県に留まり、それまでの経験を活かしながら、地域医療に貢献しているところです。
しかしながら、免除の要件を満たさない場合には、在学中に貸与した修学資金(本来大学に納めるはずの修学資金)は返還いただくことになっています。
これらの修学資金貸与制度については、受験生に公表されており、本学の理念や制度にご賛同いただけない方はそもそも本学を受験しないという判断が可能です。もしくは受験して合格しても、入学するかはご本人の選択に任されています。
実際の貸与にあたっても、本学と学生との間で貸与契約を締結し(学生が未成年の場合には親権者が連帯保証人となり、親権者の同意のもとで締結し)、合意のうえで貸与しており、本学が学生に対し貸与制度を強いているかのような評価は妥当ではありません。また、本制度が憲法違反であるとの指摘も全く当たりません。
係争中の本事案については、訴訟前から先方に対して再三にわたり、大学の姿勢と考え方を伝えて、修学資金の返還を求めてまいりました。本事案で原告となっている医師は、上述の本学の制度を理解した上で本学を受験し入学され、本学との貸与契約に基づき修学資金の貸与を受けて本学にて医学を学び、その結果医師の国家資格を取得されている方です。
そして、その後、当該医師の判断で、地域医療に従事することを断念され、貸与契約の返還免除の要件を満たさなくなったことから、本学は、同貸与契約に基づき、当該医師らに対して返還を求めており、かかる返還請求は、契約に基づく正当な対応であると考えております。 
本学としては、引き続き修学資金の返還を求めていくとともに、この制度の社会的意義の大きさ、憲法はもとより関係法令に適合していること等について、今後も必要な主張を尽くしてまいります」


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