採用市場は変化のスピードを増し、企業にとって「自社だけの感覚」で採用戦略を立てることは難しくなっています。他社の動向や施策を踏まえた上で、自社に適した採用・人材定着の仕組みを設計する必要があるでしょう。

(※)調査概要
■調査手法:Web調査(調査会社:LECT 調査モニター:クロス・マーケティング社保有パネル使用)
■調査対象者:全国、20~69歳男女、「会社役員、正社員、公務員・教職員・非営利団体職員、専門職」のいずれかで、正社員の中途採用サービスの「導入・利用するサービスの委託先を決めている/決めてはいないが、情報収集し検討している」人
■調査時期:【2025年2月調査 】2025 年2月21日~2月25日【2024年2月調査】2024年2月23日~2月26日
■サンプル数:各回2,000
採用人数・予算の変化、人事の注目テーマ、採用難度の実態など最新の市場動向がまとまったレポートを本記事では分析。レポートデータを取りまとめた調査担当者の髙尾氏と、日ごろ企業と接している法人営業の藤原氏(大手企業担当)・新井氏(中小企業担当)の意見も交えて、最新の市場動向を紐解きます。
業績伸長傾向の中で大手は「厳選採用」にシフト、中小には「追い風」の状況も
――まずは、直近の企業業績の推移について教えてください。髙尾氏:今回調査の実施時期は2025年2月であり、いわゆる「トランプ関税」の影響がまだ反映されていない点を事前にご承知おきください。
従業員規模、エリア、業種に分けて分析したところ、企業業績は全体で見るとプラス傾向が全ての区分で多く見られています。2月時点では引き続き業績が伸長傾向にあり、企業規模では大企業、エリアでは関東、業種別ではIT・通信、商社が特に伸びています。加えて、前回調査と比較すると「外食」の伸長傾向が大きく、インバウンド需要の高まりが影響しているのではないかと見ています。

出典:2024年度下期 中途採用に関する法人市場調査レポート
藤原氏:私は大手製造業を支援するチームに所属していますが、現場の感覚としては髙尾氏の指摘する傾向と大きく変わりません。トランプ関税の影響は直近段階でも見えていない企業が多い印象で、下期に向けて変化していく可能性が高いのではないかと思います。
新井氏:私が担当している中小企業では、業績が好調に転じてはいるものの、関税や円安などの政治的・経済的な状況や、大手企業の動きに対して緊張感を持って受け止めているところが多いですね。
髙尾氏:従業員数1,001名以上と、301~1,000名の企業では、2024年下期と比べて2025年上期は、採用人数や予算が「横ばいもしくは減少」に転じています。全体で見ると「同水準・現状維持」が多く、採用規模や予算が増えるという回答は減少しており、高止まりという印象です。

出典:2024年度下期 中途採用に関する法人市場調査レポート
今回の調査では採用実績有無の推移も聞いていますが、300名以下の規模と比べると、301名以上の層では伸びが鈍化しています。年間で10名以上採用した企業の割合は、301名以上で4.9ポイント、1,001名以上でも2ポイント減少しました。コロナ禍以降伸長し続けていたものが初めて減少傾向となっています。301名以上の規模では、厳選採用にシフトしているのかもしれません。一方で20名以下の層では特に伸びており、採用の裾野が広がっているといえるでしょう。

出典:2024年度下期 中途採用に関する法人市場調査レポート
藤原氏:髙尾氏の指摘通り、大企業の採用規模は昨年同様か若干減少のところが多いです。ただ、エネルギー関連やデータセンター関連の事業で採用を強化するなど、一部の注力事業に集中して採用枠を設ける傾向もあります。
全体傾向としては、これまでは部門から上がってきたニーズにとにかく応えていたのが、数を追うのではなく、必要な事業に必要な人材を「厳選採用」する流れに変わってきていると感じますね。
新井氏:中小企業は追い風の状況です。大手が採用数を絞りつつある分、ライバルが減っていると考えられます。その中で、中小企業はこれまで「欠員が出たら採用する」というスタイルが多かったですが、通年採用のような形でドアを常に開けておく動きが増えています。大手、中小問わず新卒採用が難しくなってきていることもあり、中途採用へのスタンスも変わってきていますね。
大量採用で顕在化したオンボーディングの課題。カギは「仕組みの活用」と「現場の当事者意識」
――「中途採用業務に関する困りごと」について、調査ではどのような傾向が見られますか。髙尾氏:特筆すべきはオンボーディング関連です。採用した人材が定着しない、活躍しないという問題はここ数年続いており、企業規模にかかわらず注目度が高いですね。

出典:2024年度下期 中途採用に関する法人市場調査レポート
藤原氏:コロナ明けに各社の採用が急拡大した時期には、求める人材要件の設定が甘い状態で動くこともありました。かつ大量採用していたので、ここに来てオンボーディングの課題が顕在化しているのではないでしょうか。
新井氏:中小企業は大量採用の影響は薄いですが、オンボーディングの悩みはよく聞きます。
新井氏:「他の会社がどうやっているのか事例を知りたい」「どんな研修を組むべきか教えてほしい」といったご相談は非常に多いですね。これまではOJT主体だった企業も、人材定着に向けて体系的な研修を設けようとしています。また、仕組みを作って教育するだけでなく、新規入社者と既存従業員のつながりを生む取り組みも始まっています。
藤原氏:大手企業でも他社の事例についての相談は多いです。大手の場合は何かしらの仕組みやシステムを運用しているケースがほとんどですが、「仕組みを活用し切れない」「運用のPDCAがうまく回らない」という悩みも多いようです。そもそも「活躍する人材の定義」ができていないことに気づき、人材要件の設定に立ち返ることも多いですね。

新井氏:オンボーディングや入社後の活躍・定着がスムーズな企業は、現場部門が最初から当事者意識を持って採用に関わっている点に特徴があると思っています。求める人材の要件定義や面接を人事任せにせず、現場の関係者も選考過程から転職希望者と頻繁にコミュニケーションを取っているため、入社前から関係性を構築できている企業もあります。
藤原氏:大手企業では1on1支援やマネジャー向けコーチングなどの外部支援を取り入れる企業も増えています。ただ、そうした試みがうまく回り始めるまでには、もう少し時間がかかるかもしれません。
▼参考:現場オンボーディングについての記事はコチラ
「入ってもすぐ辞める」を防ぐ!現場オンボーディングを充実させるためのポイントとは
「人事制度の見直し」「はたらき方の改善」に関心が集まる。移り変わる転職市場の中で、今だからこそ挑戦すべき採用手法とは
――調査では「人事全般に関する興味関心」の変化についても聞いていますね。髙尾氏:以前の調査(「2024年度上期法人市場調査結果」)から引き続き回答が多いのは「人事制度の変更・改善」「適正な要員計画」です。最近高まっているのは「はたらき方の改善」「ワークライフバランス」。また前回との比較では、「エグゼクティブ層の採用」はこれまでは1,001名以上の企業で注目度の高い項目でしたが、今回はその他の企業規模でも注目が高まっていますね。

出典:2024年度下期 中途採用に関する法人市場調査レポート
藤原氏:人事制度についてはオンボーディングとも連動し、確実に定着・活躍してもらうための評価制度や等級制度を整えようとする動きが盛んになっています。また、ジョブ型人事制度への切り替えなども見据え、従業員のエンゲージメントを高める取り組みを進めています。
要員計画についてご相談をいただく機会も増えていますね。従来は各部門からニーズをくみ取って要員計画を策定していたのが、今は経営から必要なケイパビリティを示され、要員計画を立てる流れになっています。企業人事は今、非常に難しいテーマと向き合っているといえます。
新井氏:中小企業からも、評価や報酬・等級体系など人事制度についてのご相談が増えています。昨今は、特に転職を考えていない段階でも人材紹介サービスに登録する人が増え、個人にどんどん市場情報が入ってくるようになりました。「この企業だと平均年収はこれくらい」とか、「新卒でも年収500万~600万円」といった、社外のお金の流れが見えやすくなっているのです。
それによって現場から人事に声が上がることが増え、「うちは給与が低い」と指摘を受けることもあると聞きます。直近の物価上昇の影響もあり、1年限定で新しい手当を設けるなど、中小ならではの柔軟性で対応する企業が多いですね。

髙尾氏:今後1年間で取り組む課題としては「コストダウン」の声が多いです。適切に採用費用が使われているか、成果につながっているのかが厳しく見られるようになり、採用手法や採用要件の見直しに着手する企業が増えていると考えられます。

出典:2024年度下期 中途採用に関する法人市場調査レポート
藤原氏:たしかに、従来の「数を追いかける採用」とは違うという流れで、採用手法や要件を見直す動きが盛んになってきていますね。
新井氏:中小企業では採用専任の人事担当者自体が少なく、採用活動への時間のかけ方にも難儀しているケースが多いです。
藤原氏:直近ではリファラル採用やアルムナイ採用の取り組みで実績を出す企業も増えていますよね。採用するポジションごとにさまざまな手法を試しながら、最適解を見つけていく必要があるのだと思います。
新井氏:中小企業の場合は行動量も大切です。一部の企業ではSNSを活用し、社長がインフルエンサーのように動画へ積極的に登場して自社をアピールするケースも見られます。そこまで目立った取り組みができないとしても、採用する部門の上長インタビューを用意するなど、中小企業だからこそ柔軟に集められる「社内の情報」をうまく活用していくべきではないでしょうか。
▼参考:ソーシャルリクルーティングについての記事はコチラ
ソーシャルリクルーティングとは?メリットや進め方を解説
髙尾氏:市場には変化が起きているとはいえ、やはり採用に苦戦している企業は非常に多い状況です。だからこそ他社の動向にアンテナを張り、当社の調査結果などのデータも活用して、常に新しい手法を模索していくべきなのだと思います。

取材後記
コロナ以降の採用急拡大が「一服感」を見せる中、企業規模を問わずオンボーディングの課題が顕在化し、各社がさまざまな取り組みを進めています。なかなか正解が見えないテーマだからこそ、データを基にして社内を説得し、新たな試みをスタートさせるべきなのだと感じました。大企業が厳選採用へ移行する流れもあり、中小企業にとっては採用機会が拡大している今こそ、新たな手法に挑戦するチャンスなのかもしれません。
企画・編集/酒井百世(d’s JOURNAL編集部)、南野義哉(プレスラボ)、取材・文/多田慎介