ホンダとの経営統合が難しくなったと伝えられている日産自動車。交渉が破談となれば、日産は新たなパートナー探しを迫られる。
M&AでEMSの世界最大手へ
鴻海は事業の大転換期にM&Aを活用してきた歴史がある。白黒テレビのボリュームなどの「つまみ」製造から始まった同社が、1980年代にパソコン部品の製造に参入。同年代後半にEMS(電子機器受託生産)参入のため、積極的なM&Aで必要な企業を相次いで買収した。
2003年10月に携帯電話製造へ参入するためフィンランドのノキア向けに携帯電話の筐体を製造していたイーモ(EimoOyi)を6220 万ユーロ(約100億円)で、同月に米モトローラの携帯電話を組み立てるメキシコ工場を1800万ドル(約28億円)で、それぞれ買収した。当時、携帯電話の2大メーカーだったノキアとモトローラからの受注に成功し、EMSで確固たる地位を築いていく。
シャープの買収は、EMS事業の利益率低下が後押しした。2011年に鴻海は連結売上高で日本円にして9兆7000億円にまで成長。当時、電子業界最大手だった韓国・サムスン電子の12兆円に迫る勢いを見せていた。ところが売上至上主義で受注を拡大した影響で、利益率が低迷する。当時の売上高利益率では米アップルが28%、サムスンが10%弱だったのに対し、鴻海は2.4%と大きく見劣りした。
鴻海は利益率を引き上げるため、経営多角化と高付加価値の液晶部品への投資などに力を入れる。
買収後のシャープが赤字転落したのは、鴻海の判断ミス
そこで、経営難に直面していたシャープの買収を決断した。同社であれば家電生産だけでなく、EMSの主力製品であるスマートフォン向けの高品位液晶を安定調達できるメリットもある。鴻海は3888億円を出資し、シャープを傘下に入れた。シャープはその後、黒字化を実現したが、再び業績が悪化。2023年3月期決算は2608億円もの最終赤字に陥る。同社の最終赤字は、△248億円を計上した2017年3月期以来6年ぶりだった。
もっとも、この巨額赤字はシャープの責任ではなく、鴻海の判断ミスと言えそうだ。鴻海はシャープが切り離した大型液晶パネル製造の堺ディスプレイプロダクト(SDP)を2022年6月、シャープに約600億円で買い戻させた。SDPの業績悪化で、シャープは巨額赤字を計上したのだ。
問題はSDPをシャープに譲渡した企業。SDPは当初、鴻海の創業者である郭台銘氏の投資会社が買収していたが、その後はSDP代表取締役だった邱啓華氏が83%の株式を保有するサモアのWorld Praise Limitedが引き継いでいた。
日産の元幹部をスカウトして買収に乗り出す
話を日産に戻そう。鴻海が日産買収に前向きなのは、同社がEV事業を新たな経営の柱と位置づけているからだ。2023年1月、鴻海は元日産副最高執行責任者(副 COO)で、日本電産(現ニデック)の最高経営責任者(CEO)としてEV部品を手がけた関潤氏を、EV事業の最高戦略責任者(CSO)として迎え入れた。鴻海は関CSOを通じて、ルノーが保有する日産株の取得交渉をしているとされる。
鴻海の劉揚偉会長は12日、現地メディアとの取材でルノーとの日産株取得に向けた協議については認めた上で、「買収でなく協力が目的で、自動車メーカーに参入することはない」と明言した。だが、これは日産や日本政府を刺激しないための「方便」だろう。
しかも鴻海は、すでにEVを生産している。2022年に台湾・裕隆汽車と共同開発した、日本円で約530万円からの高級EV「ラクスジェン N7」を鴻海が生産すると発表。2024年春ごろから納車が本格化している。
さらに鴻海は2022年にサウジアラビアの政府系ファンド、パブリック・インベストメント・ファンドと合弁会社を設立し、同国で「Ceer」ブランドのEVを生産する計画を発表した。「Ceer」は独BMWからEV技術の提供を受ける。
2023年には子会社の鴻騰精密科技を通じてドイツの自動車部品メーカーのPRETTL SWHを買収するなど、EV量産に向けた準備を着々と進めてきた。その「最後のピース」が、日米中はじめグローバルで生産拠点を持つ日産なのだ。ホンダとの経営統合が実現しない場合、関CSOが「古巣」である日産との本格的な買収交渉に乗り出すことになる。
文:糸永正行編集委員
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