
マヨネーズ、ドレッシングで国内最大手のキユーピー<2809>は、M&A戦略を通じて事業ポートフォリオの最適化と持続的成長の実現を図っている。特に、国内の成熟市場における経営効率化と、成長が見込まれる領域への投資加速を両輪とする経営を本格的に始動させており、M&Aはこの戦略を推進する重要な手段となっている。
非採算事業の切り離しを進めてきた
キユーピーの売却案件は、主に非中核事業からの撤退や事業効率化・再編を目的としたものだ。
非中核事業からの撤退では2013年10月(発表年月、以下同)に、ミネラルウォーター製造の富士山仙水(山梨県富士吉田市)をアサヒ飲料に売却した。これは「コア事業の強化のため経営資源の選択と集中を進める」という明確な方針に基づくもので、食品メーカーとしての本業とのシナジーが薄い事業からの撤退を示唆している。
事業再編と効率化では2013年12月、パン周り商品販売事業をアヲハタ<2830>へ譲渡し、2021年5月には食品製造子会社の富士吉田キユーピーの全保有株式をはくばくに譲渡している。同社の売却では、マヨネーズや育児食の製造を自社工場に移管し、一部商品の販売を終了するなど、生産体制の最適化と事業効率の向上が図られた。
これらの売却は、既存事業内での重複排除や、より高収益な体制への転換を目指す国内事業の構造改革の一環と捉えられる。売却案件の傾向として、本業から外れる事業や、効率性の低い生産拠点を手放すことで、限られた経営資源をより競争力の高い分野に集中させる戦略が見て取れるからだ。
買収は国内事業再編とグローバル展開が狙い
一方、これまでの買収案件は、主に「国内事業の強化・再編」と「グローバル展開の加速」という二本柱で展開されている。国内事業の強化と再編では、2013年から2025年にかけて実施されたアヲハタの統合プロセスが象徴的だ。
2013年12月のTOBによる子会社化では、「アヲハタが生産し、キユーピーが販売する」という体制が完成。迅速な商品開発やジャム類の生販一体化、そして両社の販売ルートを活用した海外展開の加速を目指す。
2025年7月には、原材料費などの高騰という厳しい市場環境下で、意思決定の迅速化と経営効率化を図るため、アヲハタの完全子会社化を決めた。これは、事業パートナーを完全に取り込むことで、収益性向上とガバナンス強化を図り、国内コア事業の競争力を一層高める狙いがある。
グローバル展開の加速では、2020年9月に中島董商店(東京都渋谷区)のシンガポール子会社であるMINATO SINGAPORE.LTDを傘下に収めた。
これはシンガポールを東南アジアにおけるマヨネーズやドレッシングなどの輸入販売拠点とするもので、タイ、マレーシア、ベトナム、インドネシア、フィリピンに続く6カ国目の現地法人設立となる。
積極的な海外拠点獲得を通じて、グローバル市場でのプレゼンス確立と成長加速という方針が、明確に示された案件だ。これにより、従来から強みを持つマヨネーズやドレッシングを中心とした加工食品の垂直統合と、海外販売網の拡充を図っている。
経営戦略で重みを増すM&A
キユーピーが2024年11月に発表した2025~2028年度中期経営計画と、2025年度上期の決算発表資料を見ると、M&Aが経営戦略の実現に不可欠な要素として位置づけられていることが分かる。
上期決算説明資料では、アヲハタの完全子会社化が「収益性・ガバナンスの向上」に貢献することが明確に示されている。同社が持つ海外での原料調達や研究力を活用し、キユーピーの海外事業成長とのシナジーを狙う。
同時にグループ全体の工場再編や新たな投資を効率的に実施することで、生産・投資効率の向上を目指す。加えて、両社の間接部門機能を統合して効率化を進める。これにより両社は、ブランド価値の最大化、経営資源の活用、経営効率の最適化を実現する。
中期経営計画では、「成熟市場での経営効率化と成長領域への投資加速」が重点課題として挙げられている。「国内事業の構造改革」と「グローバル展開の加速」がその柱であり、M&Aは特に後者の実現に大きく貢献すると明記されている。
中期経営計画の「キャッシュアロケーション(企業が事業活動で得た現金の配分方針)」では、「更なる成長投資」として「新規展開・更なる成長に向けて戦略的・機動的に資金投入(M&A、アライアンス等)」と具体的に言及されており、M&Aが今後の成長戦略の中核を担うことが示されている。
これにより、「海外売上CAGR(年平均成長率)2桁%以上」という野心的な成長目標の達成を目指す。
M&Aでグローバル展開を加速する可能性が高い
キユーピーのこれまでのM&A戦略と中期経営計画の方針を踏まえると、今後の買収は以下の領域に注力すると予測される。
まずは、アジア太平洋地域を中心とした海外展開の加速につながるM&Aだ。特にマヨネーズやドレッシングといったキユーピーのコア製品の市場拡大が見込める東南アジアやその他のアジア太平洋地域において、販売網の強化や生産拠点の確保を目的とした企業買収が活発化すると考えられる。
これは、中期経営計画で示されている「グローバル成長の加速」と、海外売上高の継続的な二桁成長の目標を達成するための不可欠な要素だ。
次に、「食と健康」領域での事業強化につながるM&Aだ。中期経営計画で「食と健康への貢献」が重点戦略として挙げられている。
そこで高齢化社会や健康志向の高まりに対応する、高付加価値な食品や素材を扱う企業、または機能性食品、植物性食品、介護食、育児食など、キユーピーの強みである卵や野菜を基盤とした健康志向のウェルネス事業を拡大できる企業への投資が考えられる。
逆風下で生き残るための買収を
そして、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進・生産性向上に資する技術・ノウハウを獲得するためのM&Aだ。 国内事業の構造改革を実現するために、IT・デジタルを活用したバリューチェーンの変革やスマートファクトリー構想が掲げられている。
このため、食品製造における自動化技術やAI(人工知能)を活用した需要予測、サプライチェーンマネジメント(SCM)の効率化、顧客理解を深めるためのデータ分析技術を持つ企業への戦略的投資や買収の可能性も考えられる。
最後に、サステナビリティ(持続可能性)関連技術・事業への投資となるM&Aだ。「環境への配慮」も中期経営計画の重要な柱であり、プラスチック削減や食品ロス削減といった具体的な目標が設定されている。
これらのサステナビリティ目標の達成に貢献する新素材、リサイクル技術、食品廃棄物削減ソリューションなどを持つ企業の買収も視野に入ると予測される。
キユーピーは、5年ぶりにM&Aで動きを見せた。原材料費や人件費の高騰、少子高齢化に伴う国内市場の低迷など、同社を取り巻く環境は厳しくなる一方だ。
2026年8月末で瓶詰などの育児食(ベビーフード・幼児食)の生産を終了すると発表したが、その背景にもそうした厳しい経営環境がある。
ただ、撤退だけでは活路は拓けない。生き残るためにどのようなビジネスを買収するのか?今後のM&A戦略が、キユーピーの命運を大きく左右することだけは間違いなさそうだ。
キユーピーの主要M&A案件一覧
公表日案件内容 2013年10月2日 ミネラルウォーター製造の富士山仙水をアサヒ飲料に売却 2013年12月24日 アヲハタをTOBで子会社化 2013年12月24日 パン周り商品販売事業をアヲハタへ譲渡 2018年8月7日 グルメデリカのコンビニ向け弁当・惣菜事業を三菱商事に譲渡 2020年7月2日 鶏卵加工品・乾燥肉メーカーの米子会社へニングセンを米マイケル・フーズ・オブ・デラウェアに譲渡 2020年9月23日 中島董商店のシンガポール子会社を傘下に 2021年5月13日 食品製造子会社の富士吉田キユーピーをはくばくに譲渡 2025年7月3日 アヲハタを簡易株式交換で完全子会社化文:糸永正行編集委員
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