創業280年、老舗温泉旅館の破産という選択|産業遺産のM&A

東北の創業280年を迎えた老舗温泉旅館の灯が消えた。岩手県八幡平市の松川温泉郷にあった松楓荘。

2023年12月、松楓荘を経営する松川温泉(株)が約6,000万円の負債総額で、破産申請の準備に入ったと発表された。

主な原因はコロナ禍での経営状況の悪化だとされている。2024年夏には松楓荘の扉は閉ざされ、今後、どのような破産処理になるのかはまだわからない。だが、山峡の秘湯・松川温泉郷にある3つの宿の中で最も古い老舗温泉旅館だっただけに、閉業を惜しむ秘湯ファンは多い。

経営を襲ったダブル・トリプルパンチのアクシデント

どの地方でも山峡の秘湯は厳しい経営を続けてきた。松楓荘も同様だった。近いところでは2013年8~9月、特別警報が運用開始後初めて適用された台風18号。松楓荘では1階が浸水し、温泉に土砂が流れ込むなど甚大な被害を受けている。

その際は、長年続いた秘湯の灯を絶やしてはならぬと復活を果たし、営業を再開した。また、コロナ禍を受けた2021年には40日ほどの休業を余儀なくされている。この頃から徐々に客足が鈍ってきた。

鈍った客足に拍車をかけた背景には、秘湯独特の交通事情もあっただろう。東北の山峡の秘湯は、当地までの交通が遮断されることも多い。

松川温泉郷から八幡平頂上部に通じる八幡平樹海ライン(県道318号)は、雪崩や豪雨に伴う土砂崩れなどにより通行止めになることも度々だった。

閉業後のことだが、2024年も松川温泉郷に通じる県道212号は崩落の復旧工事で片側がようやく通れる状態が続き、さらに八幡平樹海ラインに至っては道路陥没により通行止めが続いた。

また、断定はできないが、ここ数年続く八幡平周辺の“クマ騒動”も影響したのかもしれない。

松川温泉郷の北西、県境を越えた後生掛温泉や玉川温泉、秋田焼山周辺では数年前、人肉の味を覚えたクマが出没するとして、秋田焼山につながるすべての登山コース、山菜採りのコースなどが閉鎖され、入山の自粛を呼びかけていた。

松川温泉郷の西の岩手・秋田県境稜線は、なだらかな草稜と池塘・湖沼が続き、その県境をまたぐように熊の生息域がひろがる。2024年春、岩手・秋田・青森3県の十和田八幡平国立公園では、小坂町(秋田県)から青森県境の十和田湖に至る通称樹海ライン(県道2号)を閉鎖し、北八甲田連峰のすべての登山道が通行禁止になっていた。

もちろん松川温泉(株)そのものの経営に問題がなかったとは言えない。東北の老舗温泉旅館では、高級化や客層の特化、人材採用手法の刷新など独自の戦略を模索する例も見られるが、そうした経営努力を怠り、従来どおりの経営を続けていたのかもしれない。

直接的・間接的なさまざまな要因が影響し、松川温泉(株)では給与の未払いや従業員の退職も相次いでいたという。2000年代前半は1億円を超えていた売上は2022年には2,400万円ほどに落ち込み、老朽化した施設の補修もままならない状態になっていた。資金繰りも悪化し、これ以上、営業の継続はできないと判断したようだ。

280年の歴史の中で生まれた周辺の地熱発電

2本の源泉を持つ乳白色の源泉掛け流しの湯と名物の洞窟岩風呂で県内外に根強いファンがいた松楓荘は、松川温泉郷の中ではもっとも歴史が古い。伝承では、1062年に松川温泉郷の湯の存在自体が発見され、その後、1743年に高橋与次郎という人物が開湯したのが始まりと伝えられている。


松川温泉と地図に表記されたのは1950年頃のことだ。その後、松川温泉の源泉権利者と現在の八幡平市である松尾村との間で、松川温泉の利活用について協定を結んだ。

その頃から、松川温泉郷にて地熱発電を行うという機運が盛り上がる。1966年には松川地熱発電所が操業を始め、1970年には八幡平温泉開発という第三セクターが設立された。現在の八幡平温泉開発だ。松川温泉郷としては山峡を離れ、松川の東の山裾に誕生した八幡平温泉への給湯を進め、1974年にはホテル、別荘地、公園施設などがある八幡平温泉郷が完成した。

創業280年、老舗温泉旅館の破産という選択|産業遺産のM&A
八幡平周辺は地熱発電のメッカ(松尾八幡平地熱発電所)
八幡平周辺は地熱発電のメッカ(松尾八幡平地熱発電所)

松川地熱発電所は、日本初の商業ベースの地熱発電所として知られる。1960年代、再生可能エネルギーの活用機運が今ほど高かったとは思えないが、その先駆けとして、地熱特有の技術課題を克服し、発電を続けてきた。この取り組みと技術が評価され、松川地熱発電所は2016年8月に日本機械学会より「機械遺産」に認定された。

地熱発電を産んだエネルギー関連大手と地元企業

発電所の建設は新日本製鉄系の合金鉄最大手であった日本重化学工業が担った。4年の歳月をかけて建設したが、日本重化学工業は2002年2月、東京地方裁判所に会社更生手続きの開始を申し立てている。2003年には会社更生計画が認可されるとともに、 グループ内の更生会社6社を日本重化学工業に吸収合併。2006年には 会社更生手続きを終結した。

この会社更生計画に伴い、松川地熱発電所は現在、東北電力グループ<9506>の東北自然エネルギーが運営している。

松川温泉郷・八幡平温泉郷のある八幡平松尾寄木地区には、かつて日本最大級の松尾鉱山があった。その鉱山跡には松尾八幡平地熱発電所が建設された。

運営するのは岩手地熱という地元企業。日本重化学工業、地熱エンジニアリング、JFEエンジニアリング<5411>の出資によって2011年10月に設立された会社だ。

岩手地熱は設立後、三井石油開発、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(現エネルギー・金属鉱物資源機構[JOGMEC])の出資も仰ぎ、地熱蒸気井の掘削、地上配管設備の設置、発電所の建設を進めた。そして会社設立から10年近くなる2019年1月に、松尾八幡平地熱発電所として営業運転を開始した。

エネルギー関連大手と地元企業。地熱発電は両者が噛み合ってこそ産業の基盤ができ上がる。松川温泉(株)としても、地熱発電の“産地”である温泉地の老舗旅館として無関心ではいられなかったはずだ。

産業としての協力体制は可能か?

温泉郷と地熱発電。一見すると、“親戚筋”の事業とも思えるが、温泉郷は行楽客相手の接客サービス業であり、地熱発電はエネルギーの将来を担いながらも利権の大きい国家的事業である。

まさに相容れない「水と油」の関係もあるようだ。温泉についての研究と温泉知識の普及や温泉資源の保護・利用の適正化を図る日本温泉協会では、無秩序な地熱発電に反対する要望書等を発している。

松川温泉郷は地熱発電のメッカということもでき、それだけに松楓荘の閉鎖、松川温泉(株)の破産申請は、松川温泉郷に残る他の老舗温泉旅館はもちろんのこと、周辺一帯の温泉施設、別荘や自治体の自然環境施設などのリゾート施設などにも大きな衝撃を与えた。

文・菱田秀則(ライター)

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