上場維持基準見直しを乗り越える、ストックオプションの活用術

ストライク<6196>は7月16日、VC(ベンチャーキャピタル)の集積拠点である「Tokyo Venture Capital Hub」(東京都港区)で、スタートアップと事業会社の提携促進を目的としたイベント「第43回 S venture Lab.」を開催した。今回は「上場維持基準見直しとM&A時代を乗り越える、ストックオプションの戦略的活用術」をテーマに、ストックオプションに精通した3名の専門家によるトークセッションが行われた。

会場・オンライン合わせて約100名が参加し、質疑応答も活発に行われた。

税制改正で大きく変わったストックオプションの最新動向

上場維持基準見直しを乗り越える、ストックオプションの活用術
第43回 S venture Lab.
第43回 S venture Lab.

第1部前半では、山下総合法律事務所の山下聖志氏とシニフィアン共同代表の小林賢治氏が、ストックオプション(SO)の基本的な知識と最新の税制改正について解説した。

山下氏は冒頭、「非常に大きな制度改正がありまして、税制的な部分が大幅に変わりました」と強調。特に重要な改正点として、権利行使価格の上限の大幅な引き上げと、保管委託要件の多様化を挙げた。

「設立後5年未満の場合は2,400万円、5年以上かつ20年未満の場合は3,600万円と、2倍と3倍という形になっています」と山下氏は説明。さらに、これまでM&A時の権利行使を阻んでいた株式の保管委託要件について、「発行会社自身によって株式を管理することが可能になりました」と述べ、未上場のままでも税制適格を維持しながら権利行使できるようになったことを解説した。

IPO一辺倒からの脱却、東証グロース市場の衝撃的な見直し

小林氏は、日本のスタートアップを取り巻く環境の大きな変化について言及。グロース市場の上場維持基準が「10年経って時価総額40億円」から「5年経って100億円」に大幅に引き上げられたことを指摘した。

「IPOから10年以上経過した会社のうち40億未満の企業が31%もあります。実に3分の1に上るのです」という小林氏の言葉に、会場からは驚きの声が上がった。この変更により、スタートアップはIPOだけでなくM&Aも含めた多様なエグジット戦略を検討する必要性が高まっているという。

M&A時に消えてしまうストックオプションの落とし穴

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シニフィアン共同代表の小林賢治氏
シニフィアン共同代表の小林賢治氏

小林氏は、日本のストックオプションの多くがIPOを前提とした設計になっており、M&A時に大きな問題が生じることを指摘。「日本では行使条件にIPOしていることが課されているケースが少なくありません。これに加えて取得条項において『M&Aが起きた際に行使不可能なSOは無償取得』と定められている場合、未上場でM&Aされた場合は無償取得されることになります。こうした内容のSOは非常に多く見られます」と警鐘を鳴らした。

また、ベスティングの起算日がIPOになっているケースも多く、

「IPOがベスティングの起算日になっていて、取得条項で『ベストされていないSOは無償取得』と定めてある場合、当然のことながら未上場でM&Aされると一切ベストされていないため、無償取得になってしまいます」という事態が起こりうると説明した。

セカンダリー市場という第3の選択肢

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Nstockホールディングス代表取締役CEOの宮田昇始氏
Nstockホールディングス代表取締役CEOの宮田昇始氏(左)と山下総合法律事務所の山下聖志氏(右)

後半のトークセッションでは、Nstockホールディングス代表取締役CEOの宮田昇始氏が加わり、IPOやM&A以外の第3の選択肢として「セカンダリー取引」の重要性を強調した。

宮田氏は自身の経験を踏まえ、「30歳で入社した方が45歳ぐらいまでまとまったお金が入らないという状況があります」と、日本のスタートアップで働く人々が直面する課題を指摘。スペースXの例を挙げ、「創業から23年ぐらい経っています。23年経っていますが、まだIPOしていません。なぜかというと、セカンダリーを毎年実施しているからです」と説明した。

SmartHRのセカンダリー事例

宮田氏は、自身が創業したSmartHR(東京都港区)での実例を紹介。「社内の人からの売り出しが相当数あった」と明かし、日本でも大規模なセカンダリー取引が実現可能であることを示した。

ただし、「生株という、つまり株式になっているものだからこれができるのです」と述べ、ストックオプションのままでは金商法の制約により困難であることも指摘。そのため、Nstockでは「非上場スタートアップ株式のセカンダリー取引所を準備中でして、おそらく年内ぐらいには準備ができると考えています」と、新たなプラットフォーム構築への意欲を示した。

退職時に消えるストックオプションへの疑問

質疑応答では、退職時にストックオプションが消失する設計について活発な議論が交わされた。宮田氏は「初期メンバーですごく活躍してくれた初代CTOがいました。彼が退職する時に失効するということを、その時初めて実感を持って気づきました」と、自身の苦い経験を共有。

「一緒にやってきたメンバーが、自分たちは残っているから将来的にお金持ちになれるかもしれませんが、途中で船を降りるとはいえ、すごい貢献をしてくれた人が手ぶらで出ていくのかということは、かなり衝撃的でした」と述べ、現在は退職しても権利確定分は失効しない設計に変更したことを明かした。

ストックオプションは「大企業が使えない強い武器」

最後に宮田氏は、「スタートアップにとっては唯一使える武器といいますか、大企業が使えない武器でもあると考えています」と、ストックオプションの戦略的重要性を強調。

「これがあるからスタートアップが優秀な人材を獲得できると思います。大企業が使えない自分たちしかない強い武器を持っているなら、活用しないともったいないと思います」と締めくくった。

今回のイベントでは、上場維持基準の見直しという外部環境の変化を踏まえ、ストックオプションの設計を見直す必要性が浮き彫りになった。IPO一辺倒ではなく、M&Aやセカンダリー取引も視野に入れた柔軟な設計が、今後のスタートアップの成長戦略において重要になることが示された貴重な機会となった。

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