
寺尾聰と松坂桃李が親子役を演じる『父と僕の終わらない歌』が、5月23日(金) に全国公開される。アルツハイマー型認知症と戦うイギリスのテッド・マクダーモット氏が、80歳でCDデビューを果たした実話を基に、舞台を日本の個性的な街“横須賀”に移して、小泉徳宏監督が映画化した。
『父と僕の終わらない歌』
横須賀の海岸通りを、鮮やかなブルーのアメ車を走らせる父子のシーンで、映画は始まる。気分はウエストコースト。ホント、ここどこ?と思わせるカッコ良さだ。
父子を演じているのは寺尾聰と松坂桃李。父の名は間宮哲太、息子は雄太。物語は、息子の視点で描かれていく。

神奈川県の横須賀といえば、ヨコスカとカタカナで書きたくなるくらいハイカラな街。海上自衛隊と米海軍基地があり、第二次世界大戦後に駐留した米軍の街として盛り上がったころからアメリカ雑貨やミリタリーアイテムの安い古着屋、スカジャンやハンバーガーの人気店が並ぶ。

父の哲太は妻(松坂慶子)と、街一番の盛り場である通称「ドブ板通り」で楽器店を営んでいる。哲太の古くからのバンド仲間、治(三宅裕司)はスカジャン屋の親父、大介(石倉三郎)は喫茶店のマスター。みな、同じ商店街で育った面々だ。
東京でイラストレーターとして活躍している雄太は、幼なじみ(佐藤栞里)の結婚式に出席するため久しぶりに横須賀の実家に戻ってきている。

歌が上手く、かつて歌手デビュー寸前までいったことがある父は、相変わらず街の人気者。結婚パーティにゲストとして登場したときも、キラキラ光るジャケットに蝶タイ、これまたド派手なスタイルで『ラブ・ミー・テンダー』を歌い、場をさらう。ヨコスカなら、いてもおかしくない超ファンキーじいさんである。

そんな父が、アルツハイマーを発症してしまった……。
ハッピーな人たちに囲まれる日々なのだが、父のアルツハイマーはどんどん進行していく。突然記憶がなくなり、わけのわからないことを口にしたり、行方不明になってしまったりする。それでも、アメ車に乗せて海岸通りをドライブし、カーステレオに入れたカセットにあわせて、歌うときはごきげん。雄太は、その様子をスマホで撮って、いわゆる“カープールカラオケ”動画としてSNSにアップしてみたのだが、これが大バズり……。父のCDデビューへ向かう大騒動に、雄太自身も、ある悩みを抱えたまま巻き込まれていく、というストーリー。

実はこれ、イギリスの実話を基にしている。アルツハイマーを患う父が、80歳でイギリス最高齢の新人歌手になるまでを綴った息子のノンフィクション本。
『ちはやふる』シリーズや、前向性健忘という記憶障がいのある青年を主人公にした『ガチ☆ボーイ』などの小泉徳宏監督は、製作にあたり、本当の話をリアルに突き詰めて描くより、事実に脚色を織り交ぜるほうがより強く伝わると思った。例えば、ヨコスカの街の様子。実際よりも少しファンタジックな描き方になっている。テーマも、真っ向からとらえるとシビアな題材なだけに、つとめて明るく、時にはコミカルな味付けをした。

間宮一家と商店街の旧友のほかに、物語を彩る俳優は、佐藤浩市(医師役)、ディーン・フジオカ(雄太のパートナーでミュージシャン)、副島淳(幼なじみの夫)、大島美幸(福祉施設主任)、齋藤飛鳥(レコード会社社員)……。

寺尾聰の存在感は、やはり格別だ。最近はいぶし銀の演技が光る役者として人気だが、大ヒット曲『ルビーの指環』の作曲家であり歌手、また、グループサウンズ・ブームの先駆けとなったバンドのひとつ、ザ・サベージのメンバーでもあった。最高の演技力と歌の説得力を併せ持つ、そんな役者はなかなかいない。
彼が、プレスリーをはじめとするオールディーズを歌う、この発想が拍手もの! ヨコスカの雰囲気と相まって、うっとりするほどハマッている。

曲は、『Smile』『What Now My Love』『Love Me Tender』『Beyond the Sea』『Volare』。すベて寺尾聰自身によるアレンジだそうだ。
くじけそうになった息子に、父が声をかける──「Smile,son」。そうだよね。泣かせてくれます。
文=坂口英明(ぴあ編集部)

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