
『アール・ブリュット ゼン&ナウ Vol.4 未知なる世界と出会う —英国アール・ブリュット作家の現在(いま)』が、東京都渋谷公園通りギャラリーで8月31日(日)まで開催されている。
「アール・ブリュット」とは、1940年代にフランスの芸術家、ジャン・デユビュッフェによって提唱された言葉。
『アール・ブリュット ゼン&ナウ』は、このようなアール・ブリュット/アウトサイダー・アートの動向において長く活躍を続けているアーティストと、近年発表の場を広げつつあるアーティストを、さまざまな角度から紹介する展覧会シリーズだ。その4回目に当たる今回は、ゲスト・キュレーターにアール・ブリュット/アウトサイダー・アート分野のキュレーター、プロデューサー、ギャラリストのジェニファー・ギルバート氏を招き、英国アール・ブリュットの現在地を紹介している。

同展ゲスト・キュレーターのジェニファー・ギルバート氏
プレス内覧会で行われたギルバート氏によるギャラリーツアーからの情報を交えて、11人の出展作家からピックアップして紹介したい。展示は白と黒のモノクロームを特徴とする部屋と、鮮やかな色彩にあふれる部屋の2部構成。まずモノクロームの部屋からのぞいてみよう。
まずは英国で最も有名なアウトサイダー・アーティストとして知られるマッジ・ギル(1882-1961)から。紙にインクやペンなどを用い、複雑な模様を背景として神秘的な女性を描いている。1920年代に突然描きたいという衝動に駆られた彼女は、以降、「ミルニネレスト」という名の精霊に導かれて描いていると信じていたという。生前にある程度評価を得ていたが、作品の販売を拒んだため、創作で生計を立てることはできなかった。現在ではヴェネツィア・ビエンナーレ(2024年)をはじめ、世界中の美術館・ギャラリーで高く評価されている。

左:マッジ・ギル《Untitled》1952年 右:マッジ・ギル《Untitled》1945年頃
アンドリュー・ジョンストンは8歳の頃、母親がその才能に気づき、学習障害のあるアーティストとともに活動するスタジオ「ベンチャー・アーツ」に通うようになった。彼にとって絵を描くことは、家族とのコミュニケーション手段でもある。実際に見たものやインターネット上で目にしたものを中心に、ドローイングや陶芸で表現している。

左:アンドリュー・ジョンストンのライオンをモチーフとした陶作品 2021年 右:アンドリュー・ジョンストン《Untitled(Orangutan)》2020年
ターザ・マイルハム(1971-)は、脳に損傷を受けた人々を支援する慈善団体が運営する「サブミット・トゥ・ラヴ・スタジオ」に所属するアーティスト。脳に損傷を受けるまでは縫製師とパターンメイカーとして働いていた。紙面の隅々まで埋め尽くされたドローイングは、週に何時間も費やして描かれている。

ターザ・マイルハム《When Women and Fish Took Over the World》2022年
さて次は、色彩あふれる部屋へ。子どもの頃から好きで集めているカメラをモチーフとした、明るくポップな陶作品の作者はキャメロン・モーガン(1965-)。グラスゴーの支援スタジオ兼ギャラリー「プロジェクト・アビリティ・スタジオ」で活動するアーティストだ。文字や魚の絵柄が編み込まれたストラップまで作るなど、よく見ると凝っている。

カメラをモチーフにしたキャメロン・モーガンの作品群(2024年)。壁面はスコッティ・ウィルソンの作品
ロンドンを拠点に活動するジェシー・ジェームズ・ネーゲルは、無計画なスケッチから始まり、潜在意識に導かれるように描く。

左:ジェシー・ジェームズ・ネーゲル《Every Gay Boy Detests Fanny》2023年 右:ジェシー・ジェームズ・ネーゲル《Don’t put a gift in a horses mouth》2022年頃
素材も技法も多種多様だ。19歳の時、美術学校に入学したものの制約が多いと感じて退学したヴァレリー・ポッターは、自宅で創作を続けている。今回は動植物や顔、非宗教的な神々などが結び合わされた賑やかなクロスステッチ作品を展示している。

ヴァレリー・ポッター《Untitled》
なお、交流スペースでは、一部の作品パーツがさわれるタッチテーブル、アーティスト自身が語るインタビュー映像や、同展参加作家が活動する英国のアート・スタジオを紹介するパネルで作家について理解を深められるほか、手話による展覧会案内動画などアクセシビリティにも力を入れている。
筆者は、1993年、展覧会「パラレル・ヴィジョン」(世田谷美術館)でマッジ・ギルの作品を鑑賞したことがある。日本でアウトサイダー・アートが本格的に紹介された展覧会で、ギルのみならず、メインストリームのアートにはない神秘的な独創性に圧倒された。ギルは降霊術によって生み出されたアートであるとして、作品を販売しなかった。一方、同展の現代作家を見ると、ギャラリーや美術館での発表歴があり、作品販売も行われ、アーティストとして生計を立てている者もいる。アウトサイダー・アートが評価され、メインストリームに組み込まれればアウトサイダーではなくなってしまうという定義付けの難しさはあるが、それぞれのパーソナルな世界を通じて、表現することの意味を根源的に考える機会としたい。
取材・文・撮影:白坂由里
<開催概要>
『アール・ブリュット ゼン&ナウ vol.4 未知なる世界と出会う —英国アール・ブリュット作家の現在(いま)』
2025年6月21日(土)~8月31日(日)、東京都渋谷公園通りギャラリーにて開催
公式サイト:
https://inclusion-art.jp/s/unveiled