
英国サフォークを拠点に国際的に活躍するアーティスト、ライアン・ガンダー。日本初公開の新作が大半を占める個展『ライアン・ガンダー:ユー・コンプリート・ミー』がポーラ美術館で11月30日(日)まで開催中だ。

《時間は止まるの?》2025年 Courtesy_the_artist_and_TARO_NASU,_Tokyo. 撮影:中川周
1976年生まれのガンダーは、絵画、彫刻、映像、テキスト、VRインスタレーションから建築、出版物や書体、儀式、パフォーマンスまで多元的に手法やメディアを駆使し、芸術の意味を問い直しながらその枠組みを拡張してきた。さらに展覧会のキュレーション、大学や美術機関での指導、子どもたちの支援活動なども行っている。
ポーラ美術館が位置する富士箱根伊豆国立公園には、シカやリス、ムササビなど多様な動物が生息している。ガンダーの作品には、動物をモチーフとしたロボットが話す「アニマトロニクス」シリーズがあるが、今回の展示にも不思議な動物たちが館内のさまざまな場所に“存在”している。例えば、観葉植物を覗き込むと、カエルのロボットが哲学的なことを話している。動物たちの会話の日本語訳は、配布されている鑑賞ガイドで読むことができ、作品を読み解くヒントにもなる。

《君が私を完成させる、あるいは私には君に見えないものが見える(カエルの物語)》2025年
ここからは、プレス内覧会で行われた鈴木幸太主任学芸員とガンダーとのトークからの言葉も交えて展覧会を紹介したい。
ガンダーは、国立国際美術館(2017年)、東京オペラシティ アートギャラリー(2022年)などでの個展を経て、現在は今年4月にオープンした岡山県の福岡醤油ギャラリーでも展覧会を開催中の、日本でも親しみ深いアーティストだ。2011年「太宰府天満宮アートプログラムvol.6」で滞在制作を行って以降、「神道とコンセプチュアルアートには共通点がある」と感じてきたという。
「神道には、あらゆるものに神が宿るという考え方があります。
「それは仏教の考え方にも通ずるのではないでしょうか。人は死んで魂だけになった時に、この世から何かを持ってあの世に行けるわけではないから、この世にあるものに固執するべきではないし、個人が所有するというものではない。持ち帰れるものは目に見えないストーリーやアイデアなどであり、それはこの世界でいろいろな人とシェアできるものです」
ガンダーにとって良い作品とは「多義性や曖昧さ、わからなさについて思考を深めたいと思わせるような、情報の提供と欠落のバランスがパーフェクトな作品」だと語った。

《閉ざされた世界》(部分)2024年 Courtesy the artist and TARO NASU, Tokyo. 撮影:中川周
まずは1階のアトリウム・ギャラリーへ。すぐ足もとの床に、使われなくなった小さなおもちゃや、バラバラになったゲームの部品、ガンダーが考えて作ったおもちゃなどがまっすぐに並べられた作品《閉ざされた世界》が広がっている。自閉スペクトラム症を持つ5歳の息子がいつも行っている習慣のような行為に沿って構築した作品だという。
「アーティスト自身のアイデンティティに関わるような作品は見る人にとって入りにくいのではないかという懸念から、これまで個人的な背景から作品を作るということはあまりしてきませんでした。しかしこれは作らずにはいられなかったのです。生活の中で、例えばドアの前の通路におもちゃとかが並べてあると、車椅子を使っている自分は全部どけなければ通れません。しかしなぜどけなければいけないのかということを彼は理解していないので、この3年ぐらい私は常に彼のアート作品を壊しているような立場にあります。そのやりとりについて彼に謝りたいといった私の個人的な思いもありました」
部屋を見渡し全体を俯瞰すると、色や形の配列が美しい。

《俺は・・・(Iviii)》2023年
また、壁面の作品《俺は……(Iviii)》との組み合わせも興味深い。アンティークの鏡にかぶせてある布は、よく見ると大理石のような素材で襞まで表現されている。
さらに奥の壁面にはスクラッチカードが並ぶ《時を巻き戻して》という作品も。ゴッホが弟テオから毎月もらっていたお金(2025年の価値で計算)と同額で175枚のスクラッチカードを購入。当たったクジは抜き、賞金は、ガンダーが自身のアトリエに作った若いアーティストのための展示場所「ソリッド・ハウス」に使われた。ポーラ美術館では企画展「ゴッホ・インパクト―生成する情熱」が同時開催されており、ウィットが効いている。

壁面の作品は《時を巻き戻して》2025 手前は《閉ざされた世界》2024年
次に地下の展示室4へ。暗い部屋に、ロビーやアトリウム・ギャラリーと対照的にも思える作品が並ぶ。壁面には鏡のようなステンレスのドアに室内表示や落書き、印などが彫刻のように描かれている。ショーケースには、ビリヤードくらいの小さな黒ボールが無数に散らばっていて、よく見ると白い文字でそれぞれに異なる質問や指示、説明が書かれている。

展示室4の展示風景より、《時空からの離脱(ロンドン、マレ通り146番地)2024年(右)、《おばけには歯があるの?(答えばかり求める世界ての問い)2025年(左) Courtesy_the_artist_and_TARO_NASU,_Tokyo. 撮影:中川周

《物語は語りの中に》2025年 Courtesy the artist and TARO NASU, Tokyo. 撮影:中川周
《アイディア・マシン》という作品のボタンを押すと、まだ実現していないアートのアイデアが書かれたチケットが1枚出てくる。2000種類もの作品のアイデアを観客とシェアするという作品だ。「作品制作にかける時間よりも、アイデアを思いついて書き留めている時間の方が長いくらいアイデアが湧いてくる。けれど、予算が足りないんじゃないか、誰も評価してくれないんじゃないかとかいろんな理由をつけて、手をつけないアイデアもたくさんある。アイデアを全部実現する前に私は寿命が来て死んでしまうと思う。どのぐらい生きた痕跡や影響を残せるだろう、次が最後の作品になるかも、という思いで次に制作するアイデアを選ばなければならない。それで思いついたアイデアそのものを作品にしていくシステムを考えたんです」

《アイディア・マシン》2024年
また、建物の外、駐車場から見える旗の作品《周縁を中心に据えて》もお見逃しなく。南米諸国連合、地球、シーランド公国、『デューン 砂の惑星』のチョアム社などさまざまな旗のデザインを一つにまとめて表現している。同質ではないからと排除したり、争ったりすることが多い世界で、ものの見方を変えるささやかな提案でもある。風が吹く日は、箱根の地でこの旗がなびいている姿を想像したい。
取材・文:白坂由里
<開催概要>
『ライアン・ガンダー:ユー・コンプリート・ミー』
2025年5月31日(土)~11月30日(日)、ポーラ美術館にて開催
公式サイト:
https://www.polamuseum.or.jp/