「凄いデジタルな内容をアナログで描き切る力技」と樋口真嗣、絶賛。黎明期CGも、クリエイターのセンスと融合すれば劣化していない!【『トロン』】

『シン・ウルトラマン』の後は、『鯨のレストラン』『キリエのうた』などで俳優としても活躍中の樋口真嗣監督が、1982年、高校生時点で見た原点ともいうべき映画たちについて熱く語るシリーズ連載。久々に取り上げるハリウッド映画は、電脳世界を革新的に描いて今なお新しいSF映画だ。

それってプラスじゃない!

ことあるごとに声高に映画は映画館で見ましょうと喧伝し、何度でも見たい映画があったらディスクメディアで永久保存ですよと言い散らす…そんなワタシですら御多分に洩れず配信メディアの軍門に下り、その怒涛の如きラインナップを享受し堪能する日々であります。

幾多の配信サイトが並び立ち競り合う、まさに群雄割拠の様相を呈していますが、それでもかつてこの世界を覆い尽くしたレンタルビデオのラインナップには届かないのです——旧作に限った話ですが。
ところが、時折、なぜ今まで高画質でリリースされていなかったあの作品が配信されるの??ってミラクルがあるわけですよ。

1979年に公開されたディズニー映画の『ブラックホール』(1979)。
ディズニーの実写映画は1964年の『メリー・ポピンズ』以降、あれこれと野心的な企画に取り組みますが、なかなか実を結ばないという、今では考えられないほどパッとしない時期が続いていました。

「凄いデジタルな内容をアナログで描き切る力技」と樋口真嗣、絶賛。黎明期CGも、クリエイターのセンスと融合すれば劣化していない!【『トロン』】

巨大空母型宇宙船や青っぽい宇宙の描写がなつかしい『ブラックホール』
© Mary Evans/amanaimages

『黒ひげ大旋風』『ラブ・バッグ』(1968)『ベッドかざりとほうき』(1971)『そら見えたぞ、見えないぞ!』(1972)とか、その頃の映画で育った私にとっては、忘れられない映画がいっぱいあります。基本子供向けのコメディですっとぼけた味わいなんだけど、必ず凄い合成が出てくる映画ばかりで、その流れに乗って、折しも『スター・ウォーズ』(1977)でブームになっていた宇宙を舞台にしたSF冒険ものとして登場したのが『ブラックホール』です。



ご存知ない方も多いかと思いますが、前世紀にVHSやレーザーディスクで発売されたきり、DVDにも、Blu-rayにもなっていないこの映画が、「ディズニープラス」にひっそりとラインナップされているではありませんか。すいませんディズニー様! アメリカよりも配信品質が悪かった頃は、そんなのは“ディズニーマイナス”じゃないか!とかクサしていましたが、改善されてドルビーアトモスやドルビービジョンとかのフルスペックになったのも相まって、これなら充分にプラスですよ!

と喜んだのも束の間、最近になってラインナップから外されてるではありませんか!
ほかにも昨年末に鳴り物入りでリリースされたのにワンシーズンで打ち切りが決まった『ウィロー』(1988)の続編シリーズなんて、1年経たないうちに消えちゃったし。

『ブラックホール』は文字通り宇宙のうず潮のように描かれていて、研究が進み、その姿がだんだんわかってきた今から見たらおかしいし、確かに立派とは言えない映画だし褒められたもんじゃないかもしれないけど、ゴシック様式の巨大宇宙船シグナス号とかロボコンみたいなポンコツロボットとが出てきたり、楽しい映画だったのに…と言うか、今見たらどのぐらいなのか、そのうち暇な時にでも確かめようと思ってたら、予告なく抜き打ちで消去ですよ。

恐ろしいです。姿なきボスの意思にはユーザーは逆らえないデストピアの様相を呈してきましたな。

ハイテクの正体はセンスと原始的手順

そんなコンピュータに支配された未来を舞台に繰り広げられる冒険を、最新コンピュータグラフィックスで1982年にディズニーがお届けしたのが『トロン』であります。



1982年のコンピュータといえばまだ8ビット機が主流で、日本から16ビットCPUのPC9801が発売されたばかり。マッキントッシュやWindowsが発表されるまで、数年待たねばならない時期でした。

一般家庭に普及していない、あるとしても研究機関や限られたオフィスの一部といった黎明期ですが、観客にとって一番身近なコンピュータがありました。ゲームです。ゲームセンターにあるアーケードゲームが爆発的に流行していたので、その勢いで映画化されたのです。

とはいっても当時のCGはといえば、世界最速のスーパーコンピュータを使ったとしてもフォトリアルには程遠い、プリミティブな立方体の組み合わせぐらいしかできませんでした。
それでも充分魅力的な映像になっているのは、制約の中でシンプルな形状を組み合わせたデザイナーの功績でしょう。

それは、すでに紹介した『ブレードランナー』(1982)で肥大化し退廃した近未来の都市や空を飛ぶ自動車を手がけたシド・ミード。『ブレードランナー』の過剰なまでのディティールの積層の対極に位置するような世界を『トロン』では構築しました。

また、クラシカルなアレンジの船外活動服を手がけて『エイリアン』(1979)に参加したフランスのバンドデシネの旗手、ジャン・メビウス・ジローがデザインしたコンピュータワールドの住人の衣装。さもコンピュータが組成していそうな幾何学的なパターンが描かれた衣装を着た俳優や内装をモノクロ撮影してから、1コマずつ紙焼きして加工し、アニメーションと同じ要領で着色し再撮影して、コントラストが高く光った紋様に仕上げています。そのデザインからハイテクで作られているように見えましたが、実はとても原始的だけどとてつもなく手間のかかる手法で作られていたのです。

「凄いデジタルな内容をアナログで描き切る力技」と樋口真嗣、絶賛。黎明期CGも、クリエイターのセンスと融合すれば劣化していない!【『トロン』】

確かにバンドデシネ(フランスのコミック)の1コマ風な『トロン』
©Mary Evans/amanaimages

それでも本物のコンピュータを使って画像を作るよりも低いコストで、いかにCGが高嶺の花だったのかが伺い知れますが、そのイメージが、もしかしたらコンピュータで生成した画像で実現できる現在よりも、異様なグラフィックで構成されたデータのみの世界に説得力を持たせていました。

そんな時代に、世界で初めて描写されたそんなコンピュータワールドで何が起きるかと言えば。手柄を雇用主の社長に横取りされたゲームプログラマーが仕返しを企むも社長に全部筒抜けで、「お前のような奴はコンピュータの中に入ってしまえ!」と、森羅万象をデータに変換してしまう光線…そんな技術があればゲームでガッポリ金儲けだけじゃなくて、もっと色々できるんじゃないかって思える…で、ようこそ涅槃の世界へ。

あとはプログラムの自由と人類の未来を守るために、次から次へと襲いかかるゲームに命懸けで挑み勝利するのです。ウェンディ・カーロスが奏でるアナログシンセサウンドも相まって、凄いデジタルな内容をアナログで描き切る力技は、すべてがデジタルな現在見ても、劣化することなく輝いているんですよね。

「凄いデジタルな内容をアナログで描き切る力技」と樋口真嗣、絶賛。黎明期CGも、クリエイターのセンスと融合すれば劣化していない!【『トロン』】

グリッド上を疾走するライトサイクルのシーン。

古典でありながら古びない
© PictureLux/アフロ WALT DISNEY

現実世界からコンピュータの世界に転送された人間の主人公が、擬人化したプログラムたちとともに悪のオペレーションシステム、マスターコントロールプログラムと闘うなんて内容。30年以上経った今の視点からも、コンピュータやネットワークの概念がちゃんと描かれていて、ありがちな“みんなどうせわからないからわかりやすくしちゃえ”的な省略や曲解がないんですよ。昔何をしているかわからなかった人間プログラムの行動とか、今になってやっとわかったりするんですな。

とはいえ最後はコンピュータに理解できないのはラブ、計算不可能な愛の力でラスボス自壊という何万回もコスってきた結末になるんです。
この映画は「ディズニープラス」でのちに作られた続編やシリーズと差別化するために『トロン・オリジナル』なるタイトルがつけられて絶賛配信中です。

『トロン』に限ってはそんなことないと信じたいけど、お願いだから消さないでね。


んでもって『ブラックホール』と新しい『ウィロー』も復活してください~っ!

あと『ジェフ・ゴールドブラムの世界探求』(2019~)も!

文/樋口真嗣

トロン Tron (1982) 上映時間:1時間36分 アメリカ
監督・脚本:スティーヴン・リズバーガー
出演:ジェフ・ブリッジズ、ブルース・ボックスライトナー、デヴィッド・ワーナー、シンディ・モーガン他

「凄いデジタルな内容をアナログで描き切る力技」と樋口真嗣、絶賛。黎明期CGも、クリエイターのセンスと融合すれば劣化していない!【『トロン』】

©Everett Collection/アフロ WALT DISNEY

コンピュータ(ゲーム)の世界に入り込んでしまうという、現在ではよくある設定をほぼ初めて映像化したSF映画。CGは初期の単純なものながら、クリエイターたちのセンスあふれる使い方とアナログ手法との併用で、洗練され、今でも十分鑑賞に堪えるクオリティを達成している。