東京・家賃16万円、熱海・管理費5万円の「二拠点ライフ」を共働き夫婦が定年前に前倒しで手にいれられた理由とは

コロナ禍を経てリモートワークがある程度定着し、住む場所やライフスタイルの選択肢が増えてきた。国交省でも「二地域居住」と名付け、「都市住民が農山漁村にも同時に生活拠点を持つなどし、地域への人の誘致・移動を図る」として、この新しいライフスタイルを推進している。

そんな二拠点生活を実践する夫婦のレポートをお送りする。

バブル期には「別荘ライフ」だったが、それとは異なる二拠点生活

日本では古くは明治期から、記憶に新しいところではバブル期にも二拠点生活と言える「別荘ライフ」を楽しむ人たちがいた。

昔の別荘ライフは、主に富裕層のものだった。別荘地に高額な物件を買い、定年後に家庭菜園などを楽しんでのんびり過ごす…そんなイメージだ。

近年の二拠点生活はそれとはちょっと違う。民泊の合法化や空家の増加といった社会背景の変化により、二拠点目の選択肢が増えたのだ。

地方物件を賃貸する、古い家を購入し、使わないときは民泊として貸し出す、リーズナブルな施設に定期的に泊まるなど、昔よりずっと気軽に身軽に、二拠点生活に挑戦できるようになった。



今回ご紹介するのは、平日は東京都文京区、主に週末は熱海の温泉付きマンションで過ごすカナミ(仮名・57)とユウイチ(仮名・58)夫妻の例だ。

東京・家賃16万円、熱海・管理費5万円の「二拠点ライフ」を共働き夫婦が定年前に前倒しで手にいれられた理由とは

熱海のバルコニーから海を眺めるユウイチとカナミ

都心で会社員として共働きを続け、23歳になる長男を育ててきた二人は、20数年前に購入した世田谷区の78㎡のマンション住まいだった。

変化が起きたのは2020年。コロナ禍で急に在宅勤務が始まってからだ。以前からも漠然と「定年を迎えるころには、海の見えるところに住みたいね」と話したことはあったが、リモートワークの世の中になり、夢が現実味を帯びる。

夫妻は、東京住まいにこだわる意味がなくなってきたと感じていた。

定年まであと数年あるが、将来の移住も視野に、海の見えるもう一つの住まいを探してみようと思った。

文京区のマンションの家賃が約16万円+熱海のマンションが約5万円

海と温泉があり、現在そして定年後も必要に応じて東京へ往復しやすい場所。それらの条件が揃っているのが、静岡県の熱海市だった。

コロナ禍が続く翌2021年、ネットで見つけた熱海の不動産会社に連絡。住みたいマンションの希望条件を伝え、週末に温泉を楽しみがてら、都内から車で内見に通う生活が1年程続いた。

東京での暮らしも変化していた。中古マンションが値上がりしてきたので、住んでいた世田谷のマンションの売却を決める。

その後、3LDKの賃貸マンションに引っ越すも、社会人になった長男が一人暮らしを始めることに。

広過ぎる3LDKから、夫婦だけで文京区の1LDKの賃貸マンションに再度引っ越し、今に至る。

東京・家賃16万円、熱海・管理費5万円の「二拠点ライフ」を共働き夫婦が定年前に前倒しで手にいれられた理由とは

文京区のマンション12階の自宅からの眺望。富士山やスカイツリーも見える

並行して2022年夏、目の前に熱海の花火が上がる、駅からも海岸からもスーパーからも徒歩数分というマンションの内見をすることに。

熱海の中でももっと海の目の前にあるなど、他の物件もいくつか見たが、津波のリスクや将来にかけての利便性を考慮して、このマンションの購入を決めた。

築28年、6階の東南角部屋で、広さは67㎡。



売主もリゾート利用だったため、とてもきれいに住まわれており、壁紙と畳の張り替え、キッチン水栓やガスコンロの取り換えなどの最小限のリフォームで済んだという。浴室は一度も使われていなかったためそのままだが、カナミたちも使っておらず、入るのはもっぱらマンション内の温泉大浴場だそうだ。

東京・家賃16万円、熱海・管理費5万円の「二拠点ライフ」を共働き夫婦が定年前に前倒しで手にいれられた理由とは

熱海のリビングから海に向かっての景色

ちなみに現在の住居費は、文京区の賃貸マンションの家賃が約16万円、熱海のマンションの管理費プラス修繕積立金が約5万円だ。

「リモートワークが成せる技ですね。こんなに早く熱海に住めると思っていませんでしたが、新幹線で往復する時間もPCで仕事ができますし、この立地を選んでよかったです。

僕はだいたい毎週金曜に熱海に来て、月曜に東京に戻る生活です。

文京区の駐車場代は高額なので、車は熱海に置いて、他の地域の温泉などにもドライブに出かけます。

夏は平日も朝食前にビーチに泳ぎに行き、マンションの温泉大浴場に入っても始業に間に合います。花火大会はほぼ毎月、夏は毎週のように開催されて、初めて目の前で大きく上がったのを見た夜は、音にも感激しました。ここで週の半分程を過ごす生活は、本当に楽しいです」(ユウイチ)

東京・家賃16万円、熱海・管理費5万円の「二拠点ライフ」を共働き夫婦が定年前に前倒しで手にいれられた理由とは

年に計20回程開催される熱海の花火大会がマンション正面に見える。近いので音も大迫力

「両親の生き方を参考にした部分もありました」

一方カナミは、熱海で週末を過ごすのは月に2、3回。何よりの温泉好きというカナミは、熱海にいる間は自宅マンションの温泉だけでなく、車であちこちの温浴施設に出かけるのが一番の楽しみだそう。

東京で過ごす週末は、美容室、ネイルサロン、買い物、映画館などへ。

二拠点のいいとこ取り生活を実践中だ。

東京・家賃16万円、熱海・管理費5万円の「二拠点ライフ」を共働き夫婦が定年前に前倒しで手にいれられた理由とは

カナミの勤務先がある青山の街はちょうどイルミネーションの季節

定年後は東京のマンションを引き払い、熱海に完全に引っ越す予定だという夫妻。これからの目標は、熱海で共通の趣味を持つ友人やコミュニティを見つけること。

「このマンションは僕らのように週末利用の住戸や、会社の福利厚生施設として借り上げられている住戸が半分くらいあり、ご近所付き合いというものがまだありません。これからは釣りを始めたいのと、犬を飼いたい。そんな趣味を楽しむ中で、新しい仲間との繋がりができたらいいなぁと思っています。

子どもも自立したし、会社での社会的責任も減ってきたので、今後はここでの新しい生活を充実させていきたいです」(ユウイチ)

東京・家賃16万円、熱海・管理費5万円の「二拠点ライフ」を共働き夫婦が定年前に前倒しで手にいれられた理由とは

熱海のマンションから、晴れた日には初島が見える

コロナ禍というきっかけがあったにせよ、20年以上暮らした世田谷のマンションを売却、熱海のマンションを購入し、東京との二拠点生活を開始した夫妻の行動力には目を見張る。

カナミは「私の両親の生き方を参考にした部分もありました」と、話してくれた。

「私の実家はもともと千葉県でしたが、両親は父の定年後60歳で長野県へ引っ越しました。庭で野菜を育て、山歩きをし、囲碁教室で近所の子どもたちに囲碁を教えるなど、長年の夢だった田舎暮らしを実現したのです。

今は神奈川県の高齢者住宅に住んでいますが『長野での暮らしが本当に楽しかった』と口癖のように言います。そんな両親の移住生活を見て、理想的な第二の人生だなと憧れていたことも、熱海に拠点を持つにいたった理由だと思います」(カナミ)

暮らしてから気づくことって案外多い

ふたりに二拠点目を決める際のアドバイスを聞いてみた。

「私たちはこのマンションと出会い、気に入って、購入を決めましたが、もし次にまた引っ越しをするとしたら、買う前にまず候補地で賃貸するかもしれません。というのは、暮らし始めてから気づくことって案外多いから。

家賃はもったいないかもしれませんが、賃貸マンションに住みながらリサーチするのがいいのかな、と。

例えば熱海はとにかく坂が多い。分かっていたつもりでしたが、いざ住んでみると想像以上に急こう配の坂だらけで、坂を歩かずには散歩も買い物も行けない(笑)」(カナミ)

ユウイチは、「外食費が意外と高い」。

「東京に比べると静岡の方が物価が安いのではと思っていましたが、そうでもなかったです。特に飲食店は観光客向けの価格のため、日常的に外食をすると出費がかさむ。
東京の新橋ならランチが1000円以下で選べますが、熱海はそうはいかないのが、ちょっと想定外でした」(ユウイチ)

ここで親兄弟や友人たちを呼んで泊まってもらい、皆で花火を見るのも楽しいと言う。

東京・家賃16万円、熱海・管理費5万円の「二拠点ライフ」を共働き夫婦が定年前に前倒しで手にいれられた理由とは

熱海のマンションには和室もあり、親兄弟や友人が泊まることも

昨年の年越しはカナミの両親も泊まりに来て、一緒にお正月を迎えられたのがうれしいと話してくれた。コロナ禍以降、高齢者住宅は家族が入館できなくなり、なかなか会えなかったからだ。

夫婦で、そして親族や友人とも集まってリラックスできるリゾート拠点。定年のころには持ちたいね、という目標を前倒しして実践できたのは、好機を逃さない二人の決断力とスピード感の賜物だった。

取材・文/中島早苗