
自身がプロデュースする商品がもとで大炎上したてんちむは、莫大な返金額を稼ぐため、本業のYouTubeに加え、銀座と六本木のクラブで、1日2時間睡眠の週7日トリプルワークを始めた。周囲の心配をよそに、持ち前のプロ根性で成果を出し、“てんちむ推し”をさらに増やしたという。
ショークラブ『バーレスク東京』で見せたプロ意識
『クラブNanae』で大金を舞い散らせたてんちむだが、黒服の平出さんがてんちむのプロ意識を感じたのはショークラブ『バーレスク東京』でのパフォーマンスだった。
『クラブNanae』での成果はてんちむの能力によるものも大きかったが、『バーレスク東京』での成果は努力によるものが大きかった。その証拠に『クラブNanae』は清々しい笑顔で卒業したが、『バーレスク東京』の卒業公演後は子どものように顔をクシャクシャにして泣いた。
六本木にある『バーレスク東京』は“新感覚エンターテイメント”がコンセプトのショークラブで、ポールダンサーからバーレスクダンサーまで幅広いスキルを持ったダンサーたちがハイクオリティなダンスパフォーマンスを披露する。
特徴的なのは、専用チップ『Rion(リオン)』(1枚100円)を推しのダンサーやキャストに渡すチップシステムだ。バストやヒップなど衣装の隙間にねじ込むのがいかにもショークラブであり、六本木らしい空間になっている。

銀座の高級クラブ『クラブNanae』ではホステスとして驚異的な売上を立て、「銀座にバケモンが来た」とスタッフを驚かせた。
ショーは本格的で、ダンスに加えて早着替えなどバックステージでの段取りも頭に叩き込み、本番では慌ただしく動き回りながら客席へのファンサービスも行わなければならない。ステージには手練れのキャストたちがずらりと並ぶので比較されやすく、てんちむは『クラブNanae』より『バーレスク東京』でのナイトワークをプレッシャーに感じていた。
「振り付けを覚えてパフォーマンスを披露するバーレスクは、ほかのキャストに見劣りしないか不安でした。月曜日から金曜日までは『クラブNanae』、土日は『バーレスク東京』ってスケジュールで、ダンスを覚える時間が『クラブNanae』での勤務前後しかなくてカツカツだったんです」
『バーレスク東京』より先に『クラブNanae』での勤務をスタートしていたため、『クラブNanae』の黒服・平出さんもバーレスクの初舞台に向けて猛練習に励むてんちむを見ていた。
「隙間時間があればドレス姿のままダンスの練習をしていました。
「ちょっと今日脂肪吸引してきた」
プロ意識は脂肪吸引直後の出勤でも感じられたと言う。
「ある日、天華さんが『ちょっと今日脂肪吸引してきた』って出勤してきたんです。普通はみんなダウンタイムで痛いから椅子に座ったり動き回ったりできないのに、天華さんは『痛いけど、とりあえずがんばるわ』ってガシガシ動き回るし、バーレスクでも働くし、そういうプロ意識にも驚かされました」
そんなてんちむを、平出さんは尊敬していた。
「彼女は子役時代からずっと表舞台に立って生きていた子なので、若いのに起業家の方たちと同じレベルで会話できる感性を持っていました。それもプロ意識と呼べるのかもしれないですね。黒服でなく一人のビジネスパーソンとしても、こういう人がどこでも成功できる人なんだろうと尊敬して見ていました」
こうしたプロ意識は、トリプルワークを支え続けたアシスタントのしんちゃんもひしひしと感じ取っていた。
バーレスク東京の舞台は、ありったけのスパンコールを散らして原色のライトで染め上げたような空間だ。見ている分には華やかだが、てんちむの卒業公演でゲストとして舞台に立ったしんちゃんは足が強張るのを感じた。
「エグいくらい怖いです。立った瞬間に、あの場にいる観客全員の視線が集まるんですよ。撮影OKだから向けられているカメラの数も多くて、頭が真っ白になります。あそこでパフォーマンスできる人は、甜歌含めプロですね」

自腹返金を公言して貯金がなくなり、周りが心配になるくらい不安定な精神状態に陥っても、想定外のアクシデントが起きて公演当日の朝に号泣しても、舞台に出れば“いつものてんちむ”になった。
どんなに疲れていてもファンサービスは怠らない。以前からファンが並んでいる野外イベントでは熱中症対策に塩飴を用意して手渡しで配ったり、街中で声をかけられたら撮影中でも対応したりして、ファンが喜ぶ行動を徹底している。ここまでのファンサービスを行うインフルエンサーは稀だ。
「ファンのおかげで今の自分がいるので、感謝すべきはファン。自分が街中で推しに会ったときにどう対応されたらうれしいかを考えてファンサービスしています。ファンの子に無理させたら自分も苦しくなるので、全部のイベントに来てとは絶対に言いません。相手の立場に立って接するようにしています」
そんなてんちむを『バーレスク東京』のスタッフやダンサーはどう見ていたのか。
何人ものダンサーを見てきたスタッフのManさんは「“びっくり”の一言に尽きる」と言った。
スタッフも目を丸くした“集客力”と“猛練習”
Manさんが一番驚いたのは、やはり集客力だった。ゲスト出演するインフルエンサーのなかでも、てんちむの集客力は別格。通常は「来てください!」と告知したり直接連絡したりして客席を埋めるのだが、てんちむは告知せずとも連日満席だった。125名の客席は、毎回半数がてんちむ客で埋められた。
『バーレスク東京』の人々は、てんちむが働くと聞いて「ちゃんと練習するのか」と疑問を感じた。インフルエンサーのゲスト出演は何度もあったが、1曲ほど出演してにこやかに手を振るケースが多く、てんちむほどがっつりフル出演するゲストはいなかった。

てんちむは「ステージに立つからにはちゃんとやる」と深夜練習に明け暮れ、直接指導したダンサー講師は「てんちむちゃん、めちゃくちゃ練習してくれる!」と目を丸くした。
ハイレベルな本格ダンスにも自ら「やりたい!」と手を挙げ、次から次に覚えていく。ダンス講師はいるが、過密スケジュールのてんちむは講師以外のダンサーにもスキマ時間に教えてもらわないと間に合わない。講師以外のダンサーは教えてあげても給料が発生せず、あくまで好意によるお気持ち指導になる。つまりダンサーに無償で教えてもらえるだけの人間関係が必要で、それがあるから「やりたい!」と手を挙げられたわけだ。
Manさんは「あれだけの自信を持てるのがてんちむ」と快活に笑う。
「『このダンスやってみる?』って聞いて、断われたことは一度もないです。普通はもっと日和るんですけど、てんちむは『やります!』って臆さずに言うんですよ。
てんちむは引退時に8曲を披露している。1演目あたり2時間×3回のレッスンが必要なので、多くのダンサーの協力を得ながら約50時間も深夜練をしたことになる。自主練も入れたら、100時間はゆうに超えるだろう。
てんちむにダンスを教えたダンサーは、卒業公演では教え子を見送る先生のように大泣きしている。Manさんは当時の風景を思い返し、目を細める。
「ダンサーはみんな『マジですごい!』って感動してましたよ。卒業公演の後、感極まったダンサーから『てんちむちゃんみたいになりたいと思いました!』ってメッセージが僕に届いて、みんなが憧れる存在になってましたね」
“女子バスケ部の姉御”は万人モテ
てんちむはスタッフをも虜にした。かわいくニコニコしていたのではない。Manさんは「ヤンチャな女子バスケ部って感じ」と言った。
「てんちむって芸能人なのに、汚くて冷房もない非常階段に来てタバコ休憩するんです。1部と2部の合間にタバコを咥えながら『お客さんに挨拶したいけど、全員回り切れないかも。やべー!』って焦ってたり、『○○、チップのバケツ持ってくれてありがとね!』ってバイトの子にお礼言ってたり。
普通のダンサーは「ありがとうございます~」とにっこりするくらいで、てんちむほど近い距離でスタッフと話すことはない。期間限定のゲスト出勤なのに、とんでもないコミュニケーション力だ。

こんなエピソードもある。ある日、てんちむが熱を出してしまった。当時はコロナ禍真っ只中、大勢の観客やダンサーに連日触れ合っているなかでの発症となれば、誰しも青ざめるただろう。
ところが、ManさんのLINEに届いたメッセージは「マジやらかしたかも。コロナかも!」。結局コロナではなかったので事なきを得たのだが、取り繕うそぶりのないどストレートなギャル言葉にManさんは吹き出し「てんちむ、マジ最高だな」と思ったらしい。
「丁寧に愛想よく接されるより、サバサバした近い距離感で接されるほうがうれしいですよね。ボディタッチもエロくなく『イェーイ!』ってハイタッチする感じで、こっちも仲間意識持てるし、女性としても人間としてもいいなって思いました。
地元のイケてる先輩みたいな親近感があるから、お客さんも会いたくなるんでしょうね。
推しビジネスの肝は親近感だ。本当は人気インフルエンサーで遠い存在なはずなのに、身近に感じられる人間味があるとギャップが魅力になり、応援したくなり、推しになる。
ただエンターテイメントとしてショーを見るだけだと数千円で終わってしまうが、推しとなると万札が飛び交う。てんちむは1回の出勤で約100万円の売上を出した。土日出勤のみにかかわらず、『バーレスク東京』での月収は340万円を超えた。メインの客層は20代女性であり、推される力の強さがうかがい知れる。
しかし、なぜこれだけ熱狂的な女性支持を集められるのだろうか。『クラブNanae』も『バーレスク東京』も男性客がメインの店なのに、てんちむを指名するのは女性客が多かった。女性の一人客も珍しくなく、スタッフは目を見張った。
文/秋カヲリ
写真/『推される力 推された人間の幸福度』より出典
『推される力 推された人間の幸福度』
てんちむ

2023年11月18日発売
1,870円(税込)
344ページ
978-4910903040
「私を死なせてでもてんちむを生かす。道化になっても生き抜いてやる」
10歳から29歳まで推され続け、2023年9月に無期限活動休止した天性のインフルエンサー・てんちむの度重なる転落と再起を追い、鬼の自己プロデュースによる【推される力】を彼女の言葉と周囲の人々の言葉で赤裸々に紐解く1冊。
大炎上から半年で5億円を支払った逆転劇の裏側と、活動休止に至る葛藤とは―?
自分をさらけ出して私生活を切り売りし、人気と幸福度に向き合ったてんちむが、29歳最後の日に届けるこれまでの総決算。
「炎上後は『全身整形して別人として生きていきたい』って何度も言ってました」(アシスタント)
「たかが2億2000万円を守って、てんちむ生命を終わらせてたまるか。炎上商法と言われるものをやって、今のバッシングも全て生かして、私を死なせててんちむを生かして、道化として生きて最後の金稼ぎをするしかない」(てんちむ)
「銀座にバケモンが来たな、と思いました。こんなに売上を立てる人は見たことがないですし、たぶん今後も現れないと思います」(クラブ・黒服)
「過程から本番までの見せ方がうまくて、女性は『夢中になってるてんちむを見てると幸せ』ってなるし、男性は『無邪気で愛せる』ってなる。『コイツ、おもろいから追い続けたいな』って思うんです」(友人)
「彼女はどれだけ避けても、投げ出しても、逃げ出しても、その場その場で成功してしまった。家出して上京しても、芸能活動を辞めても、モデルを辞めても、人と向き合わなくても、それでもずっと成功してきた子なんですよね」(元恋人)
――この本を読んだあなたは、私に対してどんな印象を受けるんだろう。強い?自立?自由?破天荒?想像通り?
私はこの本を読んで「とても頑張ってるはずなのに、かわいそうな人」に見えました。この本の取材期間中は、私自身を見直す期間でもありました。(てんちむ)