機密費発言「撤回」の馳浩知事、裏金疑惑にダンマリの橋本聖子元五輪相…アスリート出身政治家たちはなぜ“自分の言葉”を失ってしまったのか?

「アスリートは見下されているんじゃないかと思うんです。知名度がある、そして上位下達に慣れていて従順なところがある。

だからこれを利用したい権力者が政治家に誘う」そう話すのはラグビー元日本代表の平尾剛氏だ。機密費発言撤回の馳浩知事しかり、裏金疑惑にダンマリの橋本聖子元五輪相しかり…アスリート出身政治家たちが“自分の言葉”を失ってしまった背景、そして「アスリートの言葉は誰のものか?」という問いを作家・木村元彦氏との対話で明らかにしていく。

「JOCとしてコメントすることはない」

馳浩石川県知事が11月17日に行った講演で、東京五輪招致のためにIOC(国際オリンピック協会)委員105人に向けて一冊20万円相当のアルバムを官房機密費を使って制作し、贈呈していたと得意気に語った。これは買収工作としてIOCの倫理規定に抵触したのではないか、との疑念が起こって大炎上すると、慌てて馳知事は「事実誤認があった。全面的に撤回する」とコメントを出して沈静化をはかった。

当時のIOCは慣習的な贈答品は認めていたが、どこが事実誤認だったのか、他にも類似の行為はなかったのか、と疑義が呈される中、以降、馳知事は記者団の問いかけに対して「撤回したのでこれ以上申し上げない」と同じ文言を30回以上繰り返して答弁を拒否。会見の時間を潰すことに終始した。


機密費発言「撤回」の馳浩知事、裏金疑惑にダンマリの橋本聖子元五輪相…アスリート出身政治家たちはなぜ“自分の言葉”を失ってしまったのか?

馳浩石川県知事(Photo by Alexander Hassenstein/Getty Images)

ラグビー元日本代表の平尾剛さんはこの馳知事の発言を当初から問題視。「ホントこれは『事件』。僕たちはとことん舐められている」「スポーツだけをやってればいい時代は終わりました。アスリートも社会に目を向けて、いま、なにが起こっているのかを知らねばなりません。スポーツが消費されないように、自衛しなければならないんです」とXで指摘してきた。

しかし、JOC(日本オリンピック協会)の三屋裕子副会長は、馳知事の暴露について記者から問われると、精査や内省をすることなく、「すでに全面撤回されているのでJOCとしてコメントすることはない」と事実上看過する姿勢を明らかにした。



ルール順守やフェアプレーの精神を学んだはずのオリンピアンたちが、自らの言動に責任を持たず、疑惑に対して蓋をしていく。かつて多くの人を感動させたアスリートたちの言葉は、なぜかように軽く政治に支配され、信がおけないものになってしまっているのか。提起し続ける平尾さんと対話を重ねた。

馳知事の発言撤回のなにが問題か

木村元彦(以下同)──平尾さんは馳知事の暴露の直後に早々にXで警鐘を鳴らしたわけですが、その後の馳さん、三屋さんの対応についてはどう受けとめましたか。

平尾剛(以下同) 正直がっかりしたし危機感を感じました。プチ鹿島さんも書いておられましたが、馳さんの講演の音声データを聞くと、機密費の下りは「自分だけが秘密情報を知っている、すごいだろう」という自慢が透けて見えていました。

そしてそれ以上にショックだったのが、撤回の仕方です。

それまで完全に誇らしげに言っていたのが、それ以降は一切、口を閉ざしており、その姿は痛々しくもあった。かたくなに上から止められていて、そこには自分の意思がないかのようです。

──安倍晋三首相(当時)に“カネに糸目をつけずにやれ”と言われて、領収書の要らない機密費を使ってアルバム配布の行脚をしたとあそこまで克明に語った。しかし、炎上すると行為の是非に向き合わず説明もしない。事実を踏まえて信念を持ってやったと主張するわけでもなく、誤っていたと謝罪するわけでもなく、「撤回」という抽象的な言葉ですべてを放棄したのが印象的でした。

壊れたテープレコーダーのように同じ文言をいい続ける。
サッカーやラグビーで言えば時間を潰すだけの汚いプレーです。記者の後ろには市民がいるというのに、愚弄して真摯に応えようとしていない。あれを批判しないとモラルハザードが至る所で起きて、社会の土台がガタガタになると思います。

機密費発言「撤回」の馳浩知事、裏金疑惑にダンマリの橋本聖子元五輪相…アスリート出身政治家たちはなぜ“自分の言葉”を失ってしまったのか?

平尾剛氏(撮影/木村元彦)

──平尾さんはラグビーの元日本代表の立場から、招致活動も含めてあまりに不透明な部分が大きかった東京五輪の開催そのものにずっと反対してこられました。そうしたなか、実際に去年7月以降、汚職や談合がどんどん発覚してきました。違法なスポンサー契約で逮捕者まで出たその招致活動のさらに奥が見えたような今回の暴露発言でしたが、どう受け止めましたか。



やはりな、という気持ちです。いまだに東京五輪のしっかりした検証がされていません。検証するのは本来、そこに誇りを持つべきオリンピアンたちのはずですが、むしろ覆い隠している。三屋さんの対応も「ああ、結局仲間内でかばうんだ」と思えてしまいます。フェアプレーもスポーツ理念もあったもんじゃない。

──その後、自民党安倍派のキックバックによる裏金工作がすっぱ抜かれて、そこには元五輪担当相であり、森喜朗氏が女性蔑視発言で東京五輪組織委員長を追われると後任についた橋本聖子さんの名前も挙がっていました。


橋本さんは冬季はスケート、夏季は自転車競技でオリンピックに出続けた、いわば五輪の申し子です。しかし、今回の事件は彼女が2015年に政治資金規制法に抵触していたことに続く醜聞です。疑惑が報じられてからも一切、口をつぐんでいます。オリンピアンは五輪憲章を定期的に研修などで学んでいます。公正さや他者へのリスペクトを貫く理念を全く知らないわけでない。なぜこうなってしまうのでしょうか。

機密費発言「撤回」の馳浩知事、裏金疑惑にダンマリの橋本聖子元五輪相…アスリート出身政治家たちはなぜ“自分の言葉”を失ってしまったのか?

橋本聖子元五輪相(Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images)

僕自身にもそういう傾向があるのですが、スポーツをやってきた人間は身体実感への信頼が大きいんです。練習のしんどさとか充実感とか、それによって得た成果やスキル、また日常的にその現場を共有したチームメイト同士との関係性を尊重している。

しかし、五輪憲章の研修となると、学校の座学の授業と同じ感覚で「ああこれも出席しとかないとな。オリンピック憲章かあ」と、ただこなすだけとなる。いや、あなたはそれに出るんですよ、ということですよね。想像がおよばない。一方、優等生は暗記は得意だけど、理念としてしっかりと身体に入っているかどうかが問題で、つまりは頭での理解と実感を伴った体得の両方が必要なんです。今はただ研修をやっていますというアリバイにしかなっていません。

アスリートのセカンドキャリアの難しさ

──アスリートの身体や言葉は、誰かにコントロールされるものではなく、その選手のオリジナルのものだったはず。なのになぜ、こんなに言葉が軽くなってしまうのか。これはアスリートのセカンドキャリアの問題にも関わっていると思います。

自身の言葉に対する無責任な姿勢を見ると、誰かに自分の言葉と身体を預けて、その見返りに今の地位をもらっているようにも見える。政治家になったアスリートも政治の志があるわけではなく、セカンドキャリアとしてただの就職先になっている。


アスリートは見下されているんじゃないかと思うんです。知名度がある、そして上位下達に慣れていて従順なところがある。だからこれを利用したい権力者が政治家に誘う。オリンピアンの人たちもかつて現役時代は、練習でも試合でもポイントとなる局面では忖度せずに自分にとっての最適の選択が出来ていたわけで、だからこそ、競技者としてトップにいられたはずなんです。しかし、引退後はそうではない。

バレーボールの益子直美さんなどは今のスポーツの在り方に声を上げていて、パワハラを抑止するために「(監督やコーチが)怒ってはいけない大会」などを創設してがんばっています。しかし、スポーツ業界全体を見渡せば目も当てられない状況です。スポーツをやっていてオリンピックに出ていてもああなるのかと思われてしまう。何より、答弁に誠意がない。学生たちもこういう切り抜け方があるのか、これで質問の時間が消化されていくのだろうと見てしまうと政治不信はますます進みます。

機密費発言「撤回」の馳浩知事、裏金疑惑にダンマリの橋本聖子元五輪相…アスリート出身政治家たちはなぜ“自分の言葉”を失ってしまったのか?

2020東京五輪(Photo by Shutterstock)

──馳知事は朝鮮学校を無償化の対象から外したときの文部科学大臣でした。この対応は日本も批准する「子どもの権利条約」や「人種差別撤廃条約」に違反すると批判を受けています。自分はこれに調印した当時の事務次官の前川喜平氏に聞いたのですが、「馳さんも本音は外したくなかったと思いますよ」と言っていました。文科大臣でさえコントロールされている。まだキングメーカーがいるわけです。

オリンピアンとして差別に反対する姿勢は持っておられるのに残念なことですね。

──もちろん、頑張っているアスリート出身の政治家もいるんです。例えば、Jリーグの愛媛FCのエースだった友近聡朗(元参議院議員)は自分の言葉を持っていた。2007年の当選後の最初の国会質問は、参院文教科学委員会で、ドーピング冤罪に苦しむ我那覇和樹選手(当時川崎フロンターレ)のためにWADA(国際アンチドーピング機構)規定を徹底的に読み込んで、ドーピング違反をしていないのに我那覇を罰したJリーグの監督官庁である文部科学省に疑義をぶつけました。

その結果、樋口修資スポーツ・青少年局長から、「ドーピング防止活動を推進する文科省として遺憾。Jリーグから話を聴いて、適切な助言、指導を行いたい」「Jリーグが日本アンチドーピング機構に一刻も早く加盟できるよう側面支援したい」との答弁を引き出しました。友近議員はいきなり、自身の出身団体であるJリーグに対しても臆することなく、真実にたどり着くべき言葉を発しました。


派閥に入ってしまうと、自由が阻害されてしまいますよね。三屋さんも、たとえ一般論であっても「機密費で買収を疑われるような行為をするのはおかしい」と自分の言葉で言わないといけないと思うのです。モスクワ五輪ボイコットの反省を踏まえて、JOCは政治から独立するために再構成された組織のはずです。しかし、ずっと政治家から軽視されてきました。

象徴的なのが、2020東京五輪がコロナで延期になることが、JOC会長の山下さんに一切知らされずに決められたことです。IOCのバッハ会長と話し合ったのは、安倍総理(当時)、小池百合子都知事など、政治家だけで、JOCは蚊帳の外に置かれていました。これは抗議すべきでした。山下さんは選手時代、モスクワ五輪のときに出場を直訴した人です。気概のある方だと思っていましたが残念です。

JOCが機能しているのかという問題もあります。札幌市とJOCが2030年の冬季五輪招致活動を断念して、2034年招致に切り替えると宣言したその4日後にIOCはこの二大会を同時に選定すると発表しました。つまりJOCはIOC傘下にいながら、何も知らされていなかったことになります。

「ここで黙っていたら、僕は一生後悔すると思ったんです」

──馳知事は県政に批判的なドキュメンタリー『裸のムラ』を制作した石川テレビに対して、自身や職員の「肖像権の侵害にあたる」と批判し、同社社長が出て来ないと定例会見を開かないと発言しました。映画の内容について異議を述べるのではなく、いきなりの会見拒否でこれも言葉を放棄しています。批判や会見での首長と記者のやりとりは、対立しているわけではなく、新しい観点への気づきもあるはず。社長を出せというのは、気に食わないメディアに対する恫喝に他なりません。

上から押さえつけられてきた人間は自分も周りに言うことを聞かせようとする。世界のアスリートに目を向ければ、チェコの体操選手ベラ・チャフラフスカは自国の民主化運動を潰した勢力に粛清され、家族を人質に取られても頑として市民の側に立ち続けた。ユーゴスラビア代表監督だったイビツァ・オシムは暗殺の危険さえある中で故郷サラエボを攻撃する国の代表監督はできないと辞任することで、ボスニア紛争への抗議を示した。日本人では世界卓球連盟の会長だった荻村伊知郎が卓球で朝鮮半島の南北統一チームを実現させた。「なぜスポーツをするのか」…彼らは紛れもない自分の思考、自分の言葉を持っていました。


チャフラフスカとオシムさんはいみじくも1964年の東京五輪に来られていますね。その理念を体現されたと思います。

機密費発言「撤回」の馳浩知事、裏金疑惑にダンマリの橋本聖子元五輪相…アスリート出身政治家たちはなぜ“自分の言葉”を失ってしまったのか?

映画『裸のムラ』ポスター

──アスリートが言葉をなくしてしまうのは、個人的なスポンサー、いわゆるタニマチとの関係もあると思うのですが、日本代表時代、平尾さんの場合はどうだったのでしょうか。

いろいろと面倒を見て下さる存在ですね。僕はタニマチの都合に合わせて食事に行っても楽しくないし、それなら自腹で行くわというスタンスでした。ここも言語化が阻害されますよね。スポンサーの意向に沿わないことがタブーとなりますから、必然的に発言は限定されます。だけど、僕はやはり嫌なものは嫌だし、間違っていることは間違っていると言いたい。食事をご馳走になるだけで、なんでそこまで従順でいなきゃならないのか。それがしんどかったんです。

その点、平尾誠二さんとはフラットな関係性が心地よかったんです。誠二さんは食事をしていても絶対に上からものを言わない人でしたから、余計に対照的に感じられました。でも僕はそういう生意気な態度でいたので、あるときからタニマチとの会に呼ばれなくなりました。ある同僚に連れて行ってもらって、カラオケを勧められて断ったら、「お前そんなんやからあかんねん」と言われたんです。早く帰りたいのにそういう場では相手に合わせて機嫌をとるのが、是となるんでしょう。

そう考えると今、大谷翔平くんみたいな存在が出てきてくれてうれしいですね。フジテレビの収録の打ち上げも社食で食べて、つきあいよりも睡眠を大切にする。突出した実績の人がそれをしてくれるのは大きいです

──アスリートから言葉を奪うものが、現役時代からたくさんあるわけですね。先輩、後輩の上下関係があり、オフザピッチでもスポンサーの存在がある。それが常態化したら、言語化なんかできない。

平尾さんが行っている神宮外苑の再開発反対についての運動は、自分の言葉の結実ではないですか。誰の言葉でもない。自分で立ち上がって署名を集めた。


秩父宮ラグビー場が建て替えになることは知っていましたが、その内容を聞いて驚いたんです。屋根付きで人工芝になって、収容人数が15000人と減少する。その実態を聞いたのが金曜日で、月曜日に反対署名を立ち上げました。ここで黙っていたら、僕は一生後悔する。そう思って決断しました。

自分のアイデンティティの根幹にあるラグビーの聖地が変えられることに黙っていたという事実を抱えて、この先、生きてはいけないなと。これから僕がラグビーのよさを学生に伝えるとき、文化的歴史的にその価値があるといったところで、秩父宮ラグビー場が屋根付きのわけのわからないものに変わるときに、この人は指をくわえていたんやと言われたら、何も言えないですよね。スタジアムに改修は必要だけど、移転して全面的に壊すのは納得できない。スタジアムは同じ場所で改修して記憶を繋いでいくことで、レガシーになると思うんです。

記憶がそこに堆積していくことが重要で、時間の風雪に耐えたスタジアムこそが、文化としてのラグビーの象徴となる。これが真の意味でのレガシーでしょう。「レガシーを作る!」と作る前から宣言するものとは違うんです。

機密費発言「撤回」の馳浩知事、裏金疑惑にダンマリの橋本聖子元五輪相…アスリート出身政治家たちはなぜ“自分の言葉”を失ってしまったのか?

平尾剛氏(撮影/木村元彦)

文/木村元彦

スポーツ3.0

平尾剛

機密費発言「撤回」の馳浩知事、裏金疑惑にダンマリの橋本聖子元五輪相…アスリート出身政治家たちはなぜ“自分の言葉”を失ってしまったのか?

2023年9月15日

2200円(税込)

四六判/216ページ

ISBN:

978-4-90-939492-7

「する」「観る」「教える」をアップデート!
根性と科学の融合が新時代をひらく。

元アスリートとして、声を上げつづけてきた著者の到達点がここに。

勝利至上主義、迷走する体育・部活、コロナ下の五輪強行、暑すぎる夏、甲子園の歪さ、ハラスメント、応援の過熱、アスリート・アクティビズム、テクノロジーの浸透…
それでも、もう一度全身で、スポーツを楽しみたい! そう願うすべての人へ。