ナイキの株価にみる「スニーカー投資」の未来。価格急落のスニーカーに対し、ロレックス、ヴィンテージデニムの値が高止まりする理由

少ない予算から始めることができる、スニーカー投資。そのブームは果たして終わったのか? 高級時計や、ヴィンテージデニムが値崩れを起こさない理由は? 「スニーカーブームのからくりは、あらゆる商売に応用できる」と語るatoms創業者本明氏の書籍『スニーカー学』より、一部抜粋し、これからのファッション小物投資の未来をレポートする。

「ナイキ」の株価からみる
スニーカーの総生産数の変化

経済の動向を確認する手軽な方法が、その業界を先導している企業の株価の動きをチェックすることです。そこで、「ナイキ」の株価をチェックしてみましょう。

まず、スニーカーブームが起こる前の2010年1月での株価は16ドルほど、そこから少しずつ株価は上昇を続け、ブーム元年と言える2014年には2倍以上の38ドルを記録するようになります。

その後、ブームを受けて株価も急上昇し、2015年の10月には65ドル、2017年10月から再び急上昇をはじめ、ブームが最高潮に達した2021年11月には株価も170ドルを突破します。言い換えると、「ナイキ」はスニーカーブームによって、たった10年ほどの間で10倍以上まで企業価値を高めたと言えます。

ナイキの株価にみる「スニーカー投資」の未来。価格急落のスニーカーに対し、ロレックス、ヴィンテージデニムの値が高止まりする理由

スニーカーブームが終わったという見立てが大多数になったとはいえ、2023年12月時点で「ナイキ」の株価は120ドルほど。大きな冷え込みがあったといえど、ブームがはじまる前よりも調子が悪くなった訳ではなく、むしろスニーカー市場自体はブーム以前よりも拡大したことが「ナイキ」の株価を見れば分かります。



そして、株価から読み解けることがもうひとつあります。ブームによってスニーカーの生産数自体が急速に増えた、ということです。株価は企業の収益によって上下するものですから、モノを生産して販売している企業の株価は生産数と実売数をある程度反映するからです。

スニーカーブームがはじまってから「ナイキ」をはじめとした各社は生産体制を整え、生産数を大幅に増やしていきました。その傾向は特にブームが加速しはじめた2017年以降において顕著です。製品が売れる限り生産数を増やして需要の増加に応じるのは、資本主義のもとで利益を追い求める企業として当然の動きです。

生産数を増やせない高級時計と
生産数を増やせるスニーカー

「ロレックス」や「パテックフィリップ」のような高級時計も需要が供給を上回っている商材の例ですが、質を落とさずに生産量を増やすためには技術者の育成などが必要になり、そう簡単に生産数を増やすことはできません。しかし、もともと大量生産品であるスニーカーなら、工場さえ確保できれば生産規模の拡大を比較的簡単におこなうことが可能です。

しかし前述したように、手に入らないからこそ誰もが欲しがっているというのがスニーカーブームの本質。今までは何回抽選しても当選しないのが当たり前だったのに、2020年に入ってからは抽選に参加すれば当選するという例が増えてきました。

それは、欲しい人たちがスニーカーを手に入れられるようにしてきたメーカーの努力のおかげでもあり、利潤を追い求める資本主義社会における宿命でもあります。

ただし、スニーカー業界においては生産数が増えれば増えるほど、消費者は熱狂しなくなるというジレンマを抱えています。事実、生産数が急速に増えていき、抽選に参加すれば当選するケースが増えていった2020年頃からは、消費者も「実は誰でも買えるんじゃないか」と薄々気づきはじめ、熱が冷めつつあったように思います。



逆に言えば「レアだから欲しい」「ブームが盛り上がるにつれて生産量が増えた」という事実を理解していれば、スニーカーブームが終わった現在においても、これからプレ値が付くであろうモデルの予測ができます。

ナイキの株価にみる「スニーカー投資」の未来。価格急落のスニーカーに対し、ロレックス、ヴィンテージデニムの値が高止まりする理由

それはブーム初期の生産量が少ないモデルです。特に熱狂が冷めた今となっては転売のために保管していたスニーカーが安く売り出されていきます。そうなると普段履きとして消費されて、どんどんと数が少なくなっていく。

ただしブーム後半の頃に高額で購入したモデルは損切りできずに死蔵されるうえに生産数自体が多いため、なかなか値が上がりにくく、加水分解するまでの間に持ち直す可能性は低いでしょう。しかし、初期の頃であれば生産量が少ないため、これから何年か経ったあとにふたたびプレ値がつく可能性がある、と言えるでしょう。



具体的には2017年以前のモデルならば、まだ生産数がそれほど多くないこともあって、これから履き潰されていったときにハイプする可能性があります。あるいは発売当時は不人気で定価割れしていたようなモデルも今後は履かれてなくなってしまうため、将来的に脚光を浴びる可能性があるでしょう。

スニーカー投資から読み解く国際経済

マクロ経済的な視点から現在のスニーカーブームを眺めると、08年のリーマンショック以降の世界的な金融緩和の流れが大きく影響しています。

金融緩和によって金利が下がって市場に大量の貨幣が流通するようになると、人々は投資対象を探すようになるものです。そして、貨幣価値が下がってモノやサービスの価格が上がるインフレが引き起こされます。つまり1万円のスニーカーが来年は1万2000円で販売される、という状況が起こるのがインフレです。

経済がインフレ基調になれば「値段が高くなる前に買っておこう」という購買行動も起きやすくなりますし「お金の価値が下がってモノの価値が上がるので、手持ちの資金をモノや不動産、株式に替えておこう」というニーズも生まれます。



その結果としてアメリカの株価や不動産価格は跳ね上がりましたし、高級車やロレックス、ハイプスニーカーなどが投資的価値を持つようになっていきました。超大金持ちは高級車や不動産に、お金持ちは株式やロレックスに、そして若者はスニーカーに投資するようになったのです。いわば、スニーカーは最も身近で手頃な資産として扱われていたと言えます。

そして、従来のステイタスシンボルと言えば高級時計や車が代表格でしたが、スニーカーもそのひとつに数えられるようになってきました。先日、ヴィンテージスニーカーを扱うショップを訪れたところ、そのお店にはNBA選手から「もしオリジナルのエアジョーダン1で、30センチの新品があったら、いくらでも払う」と直接オファーが届いたそうです。

ナイキの株価にみる「スニーカー投資」の未来。価格急落のスニーカーに対し、ロレックス、ヴィンテージデニムの値が高止まりする理由

彼らは数十億円という年俸を稼いでいるうえに街を歩くとパパラッチに撮影されるため、たった一回履くだけのスニーカーのために何百万でも払うのです。

ルイ・ヴィトン」とコラボしたエアフォース1も同じぐらいの金額を支払えば手に入れることができますが、85年のオリジナルのエアジョーダン1の新品はお金を出しても手に入るかどうか分からない。

だからこそ、それを履いていると単にお金を持っているだけでなく「分かってる感」を出すこともできるとあって、彼らは大金を払ってでも血眼になって探すのです。

しかし、そんな状況も一気に変わりました。コロナとウクライナ危機を経て、世界的に金利引き上げのトレンドが巻き起こったからです。金利引き上げになると「消費するよりも銀行にお金を預けて増やそう」という流れになるため市場に出回るお金の総量が減っていきます。そのため、これまで余っていたお金を投資する対象のひとつとしてプレ値が付いていた商品は大きな影響を受けます。

実際に「ナイキ」の株価は2021年終わりに約179ドルを記録しましたが、2023年には100ドルあたりまで下がりました。これは既に投資家や市場は消費者がスニーカーのために支払う金額が減っていくだろう、と予測していることの証明でもあります。

また、金余りの経済のなかでトレンドリーダーたちがこぞって身に付けているレアなアイテムとしてマーケティングをおこなうことで、誰もが欲しがるアイテムとして需要を喚起し、その結果として投資財としての位置を築いたのが今のスニーカー市場の実情です。

アメリカの金利引き上げと日米の金利差によって起こった円安・物価高もスニーカーブームに水をさしました。食料品からガソリン代まで値上げになってしまうと、もともと少ないお小遣いをやりくりしてスニーカーを買っていた若者たちが離れていったからです。

生産数の増大によるレア度の減少に加えて、金利引き上げによる投資マインドの減少というふたつの要素が影響したことで、2023年に入るとバブルが弾けるように急速にスニーカー市場が縮小していきました。

スニーカーの価値は急落したのに
ヴィンテージデニムが高止まりする理由

前述の通り、スニーカーをはじめとした投資的商品の多くは金融緩和による金あまりの市場によって高騰し、その後の金利引き上げによって価値が暴落しました。ただし、定価を易々と下回るようなスニーカーの下落ぶりに比べて、同じく高付加価値の投資的商品として扱われていたヴィンテージデニムや「ロレックス」の下落幅は比較的ゆるやかです。また、実際にそれらを資産として保有しているコレクターたちも将来的な価値に関しては楽観的な予測をしています。

では、なぜ同じ投資的側面を持つ高付加価値商品だったにもかかわらず、スニーカーとヴィンテージデニムでは大きな違いが生まれたのでしょうか。

それはまず、市場に出回る製品の数量の違いが挙げられます。ヴィンテージデニムはかつて大量生産されたものですが、そのほとんどが日常生活のなかで使い潰されており、現存する個体はごくわずか。そのため、欲しい人たちは大金を払ってでも手に入れようとする動機が生まれます。

同様に「ロレックス」も工芸品に近い存在のため製造数には限りがあります。そのため相場が下落したと言ってもいまだにデイトナ*をはじめとした人気モデルは「ロレックス」の店を訪れても一見の顧客が手に入れることはできず、他の時計を何本も購入して常連客になるか、百貨店の外商経由で購入するか、あるい二次流通市場でプレ値で購入するか、という選択肢しかありません。

つまり生産数そのものに限りがあるため、需要が供給を上回っている限り定価を割ることはない、と言えます。

一方でスニーカーは大量生産品です。需要の高まりに合わせて供給量を増やしていくことが可能であり、実際にスニーカーメーカーはブームに乗って生産数を大幅に増やしました。欲しい人は誰でも手に入れることができるまで生産量が増えた結果、スニーカーの価値は下落していきました。

さらに、製品寿命の長さも関係しています。ヴィンテージデニムは1900年代初頭に作られたものでも現存していますし、戦前に作られたものでも今なお穿くことができます。仮にぼろぼろの端切れだけになったとしてもデザイナーたちや古布マニアがこぞって欲しがるほど資料的価値を有しています。

ナイキの株価にみる「スニーカー投資」の未来。価格急落のスニーカーに対し、ロレックス、ヴィンテージデニムの値が高止まりする理由

「ロレックス」も同様に適切にメンテナンスをおこなっている限り価値を減じるものではなく、後の時代にヴィンテージとして価値を高める可能性も残っています。

つまり、ヴィンテージデニムや「ロレックス」は売ると損する状況ならば相場が回復するまで株のようにいくらでも塩漬けすることが可能なのです。

一方でスニーカーの場合はそうはいきません。EVA素材のクッションソールは言うまでもなくカップソールのモデルでもいつか加水分解してバラバラになってしまうため、実際に履けるだけのコンディションを10年以上保ち続けるのは至難の業です。

最近は加水分解した古いスニーカーをコレクタブルなものとして売買する流れもないわけではありませんが、あくまでフェティッシュなマニアの間だけの話。デザイナーが端切れから生地の組成を解析するために買い求めるヴィンテージデニムと違って、資料としての利用価値はありません。

スニーカーは加水分解する前に手放さないと価値がなくなってしまう。そのため、ヴィンテージデニムのように現存する個体がなくなるまで保管し続ける、という戦略も取りづらいうえ、ヴィンテージデニムや時計よりも圧倒的に保管スペースが必要になるため、そのコストもかかってきます。言い換えると、スニーカーは短期で売り買いすることに向いている(というよりも、そうするしかない)投機的なアイテムと言えるでしょう。

マネタイズの期間が短くなればなるほど、つまり投機の側面が強くなるほど相場は市場のムードを大きく反映するようになります。スニーカーバブルが一気に弾けたのは投機的側面が強くなりすぎたがゆえに、それまで熱狂していたスニーカーファンや転売ヤーたちが「そろそろブームが終わるんじゃないか」と疑念をいだいた瞬間に、潮が引くように市場から一斉に撤退して争奪戦に参加しなくなったことが原因です。

*デイトナ
「ロレックス」のなかで唯一のクロノグラフ搭載のモデルで、キングオブロレックスと名高い。生産数が少なく、二次流通市場でもプレ値で取引される。

写真/shutterstcok

スニーカー学atmos創設者が振り返るシーンの栄枯盛衰

本明秀文

ナイキの株価にみる「スニーカー投資」の未来。価格急落のスニーカーに対し、ロレックス、ヴィンテージデニムの値が高止まりする理由

2024年1月29日(月)発売

1700円(税抜)

192ページ

ISBN:

978-4048974806

atmos創設者・本明秀文氏、電撃退任から早1年、『SHOELIFE』に続く2冊目の自著を刊行。「スニーカーブームはなぜ終わったのか?そして、これから起きること」をテーマに、25年以上にわたって原宿から界隈を見てきた本明氏の見解を、忖度なしで一冊にまとめました。ジェフ・ステイプル氏、コルク代表で編集者の佐渡島庸平氏、atmosディレクター小島奉文氏、スニーカーYouTuber CRD氏との対談も収録。“スニーカーブームのからくりは、あらゆる商売に応用できる”