『ゴールデンカムイ』で描かれた「アイヌ独自の星座」とは? 幼きアシㇼパと父・ウイルクが語り合う名場面には、元ネタがあった

漫画『ゴールデンカムイ』で幼きアシㇼパと父・ウイルクが夜空を見上げ、星について語り合う場面がある。名場面のひとつでもあるこのシーンは、実際のアイヌの伝承をもとにしていたという。

『ゴールデンカムイ』のアイヌ語監修者・中川裕氏が明かした物語の裏話が満載の新書『ゴールデンカムイ絵から学ぶアイヌ文化』(集英社新書)より一部抜粋、再構成してお届けする。

アイヌの星座について書かれた1冊の本

コミックス25巻241話には、アイヌの星座の話が出てきます。かつて北海道や樺太の澄んだ空気のもと、人工的な明かりが闇を追い払うようなことのない夜空を見上げていた人々は、当然のことながら星々の並びにいろいろな形を見て取り、そこにさまざまな物語を読み取っていました。

『ゴールデンカムイ』で描かれた「アイヌ独自の星座」とは? 幼きアシㇼパと父・ウイルクが語り合う名場面には、元ネタがあった

25巻241話より ©野田サトル/集英社

その伝承は、研究者の間でもあまり知られていませんでしたが、星の民俗学者と呼ばれる野尻抱影(のじりほうえい)氏の薫陶(くんとう)を得て、昭和20年代からアイヌの星についての伝承の調査を精力的に行った、末岡外美夫(すえおかとみお)氏の『アイヌの星』という本が1979年に旭川振興公社から刊行されました。

この本はアイヌの星の伝承を実地調査で記録・整理した画期的なものでした。そして、それをさらに著者自身によって増補・整理した『人間達(アイヌタリ)のみた星座と伝承』が、著者没後の2009年に、アイヌ文化振興・研究推進機構の助成で私家版として刊行されました。今後、アイヌの星に関してこの本を超えるような本が出るとは思えないほど、充実した内容のものです。


『ゴールデンカムイ』で描かれた「アイヌ独自の星座」とは? 幼きアシㇼパと父・ウイルクが語り合う名場面には、元ネタがあった

末岡外美夫『アイヌの星』(旭川振興公社)

241話のアシㇼパとウイルク(註:アシㇼパの父)の思い出に関するエピソードも、この本を元にしたものです。

シアㇻサルㇱカムイノカノチウ「尾の長い熊の姿をした星」も、クノチウ「弓の星」もアイノチウ「矢の星」も、実は全部私たちの知っている「大熊座」や、その一部分にあたる星の組み合わせです。

絵でもわかるとおり、北斗七星がシアㇻサルㇱカムイノカノチウの背中から尻尾にかけての部分にあたっています。大熊座はローマ時代から知られている星座ですが、アイヌもそれを同じように熊として見ていたというのは、何か人間の感性の普遍的なものを感じさせます。

シアㇻサルㇱカムイノカノチウのノチウは「星」の意味。ノカは「形」です。

シアㇻサルㇱというカムイの形をした星という意味ですが、アㇻサルㇱというのは、物語の中によく出てくる凶暴な熊の呼び名で、どちらかというと化物の部類です。

ある人の説明では、「尻尾の先っぽにだけ毛のある熊のようなもの」という話なので、尻尾に特徴があることは確かです。それにさらにシ「大きな」「本当の」という言葉がついています。北斗七星の柄杓(ひしゃく)の部分が、熊の尻尾にあたっていますので、そこから「尾の長い」という解釈が出てきたのかもしれません。

アシㇼパが父と見つけた「狼の星」

そして、この241話のエピソードの中核となるのは、ホㇿケウノチウ「狼の星」です。これは私たちの知っている「乙女座」にあたる星々です。末岡氏はこのホㇿケウノチウの由来話として、次のような物語を記録しています。


『ゴールデンカムイ』で描かれた「アイヌ独自の星座」とは? 幼きアシㇼパと父・ウイルクが語り合う名場面には、元ネタがあった

乙女座(ホㇿケウノチウ)のイメージ 写真/Shutterstock.

私は兄に育てられていたが、ある日自分でもそんなことを言おうとは思っていなかったのに、「村の下手にある沢伝いに行くと、大きな桂の木がある。そのうろにいる大マムシを食べたい」と私は兄に言った。兄がしぶしぶ私の言ったところに行くと、目と口のまわりに赤いきれをつけたような大マムシがいて、兄と戦い始めた。

私は天に向かって兄を助けてくれるよう祈った。すると何かのカムイがやってきて大マムシと戦っている様子で、やがて音が静まった。兄は生きてはいたが、動くこともできない。

私もそのままそこにいて眠ってしまうと、夢の中に美しい女性が出てきてこう語った。

「お前は狼のカムイの娘で、幼いころ私が人間の世界にお前を置いていった。その時にお前を拾って育ててくれたのが、お前の兄なのだ。ところが、お前には大マムシのカムイが憑神(つきがみ)として憑いて、兄の言うことを聞こうともしない。そこで母親である私がお前にそう思わせて、ここに来させたのだ」

そのような夢を見た。起きると兄は元気になっており、私も美しい人間の娘となっていて、そばに白い雌犬の抜け殻があった。
その後私は兄の世話をして暮らしていたが、しばらくしてまた夢を見た。夢の中で母は、これでカムイの世界に帰ることができると言って、天に去っていった。春になって日が暮れる頃に、東から心地よい風になって、星が美しく輝きながら上がってくる。それは狼のカムイであった私の母が天に上る姿なのである。

(『人間達のみた星座と伝承』280~289頁を中川が要約)

この物語の主人公である女の子は、兄に「大マムシを食べたい」などと言っているので気がつきませんが、実は物語の途中までは白い犬(狼)の姿なのですね。それが、母親に夢を見せられたところで、人間の女の子の姿に変身するわけで、だから彼女が目覚めたそばに白い狼の抜け殻が置かれているのです。



そして、この育ての兄と夫婦となって、幸せに暮らすという物語です。

狼というのは他の山の動物たちと違い、山の奥深くではなく天界に住んでいるとされています。だから狼のカムイに助けを求めると天界からやって来るのです。そして、再び天界へと去って行ってホㇿケウノチウになったというお話です。

241話では「ホㇿケウってどんなカムイ?」と訊いたアシㇼパに、ウイルクは「消えてしまったカムイだ」と答えます。これにはいろいろな意味が込められていますが、天に去って行って、星座になったこの狼の母親の物語も重ねることができそうです。

文/中川裕

『ゴールデンカムイ 絵から学ぶアイヌ文化』

中川裕

『ゴールデンカムイ』で描かれた「アイヌ独自の星座」とは? 幼きアシㇼパと父・ウイルクが語り合う名場面には、元ネタがあった

2024/2/16

1,650円

560ページ

ISBN:

978-4087213027

累計2700万部を突破し、2024年1月に実写版映画も公開された「ゴールデンカムイ」。同作でアイヌ文化に興味を抱いた方も多いはずだ。本書はそんな大人気作品のアイヌ語監修者が、物語全体を振り返りつつアイヌ文化の徹底解説を行った究極の解説書である。