
コロナ禍を経てスーツ離れが加速した。帝国データバンクによれば、上場紳士服7社のスーツ事業の売上高は3600億円。
オーダースーツが市場をけん引するというのは本当か?
「青山商事」は2024年3月期の売上高を1945億円と予想している。「AOKIホールディングス」は1877億円だ。その売上差は70億円を切った。コロナ禍前の2019年3月期は青山が2503億円、AOKIは1951億円だった。かつては550億円以上の差が開いていたのだ。
営業利益率においては、すでにAOKIに軍配が上がっている。第3四半期の時点で青山は3.3%。AOKIは5.4%。勢力図が塗り替わろうとしているのだ。
スーツ市場にも変化の兆しがある。既製品である “吊るし”からオーダースーツに注目が集まるようになった。
「ユニクロ」は2022年3月からオーダーメイド感覚でスーツを選べる「UNIQLO CUSTOM ORDER」をスタートしている。ニュースやインターネットでもオーダースーツに関する記事を頻繁に目にするようになった。
若年層向けのオーダースーツショップを展開する「KASHIYAMA」は、2022年の購入者数が2019年比で1.4倍に増加した(「コロナ禍におけるスーツ市場のトレンド変化」)。20代以下の購入比率は39.1%で、2019年は18.8%だった。20.3ポイントもの増加である。
ただし、オーダースーツがコロナ禍をきっかけとしてトレンド化したわけではない。インターネットの検索需要を調査するGoogleトレンドで「オーダースーツ」を調べると、2019年10月に検索数の天井を迎えている。
つまり、オーダースーツサービスが多数登場したことで競争が激化。手頃な価格になっていたために、すでに人気化していたのだ。そこにコロナ禍が加わって既製品の需要が減退し、相対的にオーダースーツが目立つようになったというのが正しいだろう。
Googleトレンドを見る限り、オーダースーツの需要は全盛期の7割程度で推移している。需要が右肩上がりで旺盛に伸びているわけではない点は、青山とAOKIの行く末を占う上で極めて重要だ。
90年代後半から不動産活用に活路を見出したAOKI
青山とAOKIは地方にスーツ文化を浸透させた立役者だ。
もともとスーツは百貨店で販売されていたものだったが、青山やAOKIは幹線道路沿いのロードサイド型店舗を多数展開した。消費者は混雑する繁華街の百貨店に行く必要はなく、マイカーで気軽に店舗へと足を運べるようになった。店舗側もスーツを購入する目的で来店する顧客だけを獲得できた。そのため、スタッフはファッション全般の知識を身につける必要がなかった。スーツに特化すれば十分なのだ。
顧客にとっても店舗運営側にとってもメリットが大きかったのである。
2023年12月末時点で青山は746店舗、AOKIは595店舗ある。そして両社に共通する特徴が、店舗の土地と建物の多くを「所有」しているということだ。この2社は、生産から販売まで一貫して担っているとはいえ、スーツという表皮を剥ぐと、幹線道路沿いの好立地を活かす不動産業という側面が強いのだ。
不動産活用術で頭角を現しているのがAOKIである。
AOKIは紳士服の他に、カラオケの「コート・ダジュール」、インターネットカフェの「快活CLUB」、フィットネスジムの「FiT24」、結婚式場の「アニヴェルセル」などを運営している。コート・ダジュールは1998年、快活CLUBは2003年に1号店をオープンした。
AOKIの売上全体に占めるスーツの割合は5割。ネットカフェやカラオケなどのエンターテイメントが4割、ブライダルが1割程度だ。営業利益率においては、スーツが5.3%でエンターテイメントが6.5%と高い。利益面でAOKIの経営を支えているのはインターネットカフェやカラオケなのだ。
快活CLUBは2023年12月末の段階で店舗数は489。AOKIが498だ。本家とほぼ同数まで拡大している。
2023年3月期はFiT24を23店舗新規出店した。現在はジム経営を強化しようとしている。
オーダースーツ比率を高めて顧客単価引き上げに挑戦
AOKIはクイックオーダースーツを導入した。これは60サイズから最適なものを選択するという、オーダー感覚のサービスだ。既製品から選択の幅を広げたが、レッドオーシャン化しつつあるオーダースーツ市場に本格参入したとはいえない。
この領域に真正面から飛び込んだのが青山だ。2024年3月期上期に未導入だった287店舗のスタッフに基礎教育を行ない、訓練が完了した。オーダー売上比率は前年同期間比で7.0ポイント上昇し、15.6%となった。販売したスーツのおよそ1割がオーダースーツになった計算だ。
しかし、上期のオーダースーツの売上は20億円に過ぎない。今期は58億円を計画している。スタッフの教育に負担がかかる一方で、売上規模は小さいというのが実情だ。
青山は焼肉店や100円ショップなどを運営しているが、フランチャイズ加盟によるものであくまでスーツが主力の会社である。売上全体の7割はスーツによるもので、マーケットの影響を受けやすいのだ。そのため、オーダースーツを本格化するのは必然だったともいえる。
しかし、この市場が決して拡大しているものではないというのは、見てきた通りである。売上比率を高めるには、安くオーダースーツが作れることを新成人などの消費者に訴求しなければならない。
青山の2024年3月期第3四半期のビジネスウェアは、10億3500万円の営業利益を出した。黒字転換を果たしたものの、営業利益率は1.2%と振るわない。
スーツ需要が回復しきらず、利益も出ない中で宣伝に注力するという経営判断は下しにくいはずだ。スタッフの提案力でオーダー比率を高めて販売単価を高め、利益率を底上げするという地道な取り組みが続くはずだ。
900億円もの現金を持つ青山商事
市場の評価も冷静だ。AOKIのPBRは0.79倍、青山が0.48倍である。斜陽化しつつあるスーツ産業において、マーケットに寄り添う選択をする青山と、インターネットカフェやジムなどの人気産業へと鞍替えするAOKIでは、成長への期待感に差が生じる。
ただし、青山は900億円近い現金を保有するキャッシュリッチな会社だ。自己資本比率は50%を超えており、財務状態も極めて健全である。
2015年には、靴修理店「ミスターミニット」を展開するミニット・アジア・パシフィックを買収した。このM&Aは脱スーツ化を狙ったものだった。
買収による事業の多角化で、青山が立て直しを図る余地は十分に残されているように見える。
取材・文/不破聡