
コロナ禍で凋落したガムに代わり市民権を得たグミ。その流行の裏側には、ファンやリピーターを作る「ファンマーケティング」がその威力を発揮していた。
『グミがわかればヒットの法則がわかる』から一部を抜粋・再編集してお届けする。
企業にとって収益拡大のカギとなるファンマーケティング
人口減少社会の日本にあっては、顧客自体が物理的に減っていく。そうした中では、継続的に自社の商品やサービスを手にしてくれるリピーターや、商品に愛着を持つファンをいかにつくっていくかがマーケティング上の重要課題だ。
ファンを軸にしたマーケティングをもう少し説明すると、その特徴は、まずファンである彼ら・彼女らは単なる購入者以上の存在で、ブランドや製品に対して深い関与とエンゲージメント(関係性)を持っているということだ。このエンゲージメントを高めることが企業にとって収益拡大のカギになる。
また、ファン同士は集まって、コミュニティーを形成することも多い。だから、ブランドはコミュニティーをサポートし、双方向のコミュニケーションを取る必要がある。それによってエンゲージメントが高まっていく。
こうしたマーケティングのメリットは、持続的な収益を担保し、口コミ効果で新たな顧客を獲得できる可能性を持つ。そして、ファンからのフィードバックや要望は、製品開発やサービス改善のヒントになることが多い。
一方、ファンはブランドに対して高い期待を持っているため、製品やサービスに問題があると、その失望感も大きくなる。ブランドにとっては継続的な努力やコミットメントが必要になるわけだ。
「認知」から「推奨」へつながるカスタマージャーニー
グミ市場の拡大は、各ステージで変化する消費者ニーズや価値観に応え、テクノロジーの進化を取り入れることで、顧客志向のアプローチを強化してきたたまものと言える。
デジタル時代は、認知(Aware)→訴求(Appeal)→調査(Ask)→行動(Action)→ 推奨(Advocate)の5つの「A」を消費者はたどっていくとされる。
こうしたカスタマージャーニーの理想は、そのブランドを認知した人すべてがそれを推奨している状態だ。だが、それは現実には難しい。認知している顧客を推奨まで誘導するためには、時にブランドの弱点をさらけ出すことも必要になる。
「人間くささ」をさらけ出すことで親近感が生まれる
『コトラーのマーケティング 4・0』著者の一人であるイワン・セティアワンは「ミレニアル世代は自撮りした写真を加工して投稿するが、それより下の世代では加工せずにそのまま投稿する。若い世代は完璧なものがあるなどとは信じていない。弱点をさらけ出しているブランドが、正当性があるとして支持され愛される」(2019年7月16日に開かれたトランスコスモス社主催の講演会での発言)と指摘する。(「日経クロストレンド」2019年7月24日)
後述するが、企業やブランドが支持されたり、共感されたりするためには、「自分のブランド」と思ってもらうことが大切であり、その際に「人間くささ」のような雰囲気も必要だということをセティアワンの発言は示唆する。グミ市場の拡大も、なんとなく「かわいらしく」「いとしい」存在だと思ってくれるファンの存在を無視できない。
感情や価値観のつながりの必要性
マーケティングやブランディングの世界では、「感情的コネクション」という言葉がある。消費者の感情や価値観とのつながりを重視したもので、ブランドや製品が持つ物語性や背景、その価値観や姿勢などが、消費者の感情や信念と「resonate(響き合う)」ことを意味する。
例えば、人権や環境に配慮したエシカル(倫理的)な取り組みと、特定のコミュニティーへの支援をしているブランドがあったとする。焦点を当てる部分や意図は異なるが、成功する製品やブランドは、多くの場合、両方の要素を兼ね備えている。つまり、消費者に驚きの体験を提供すると同時に、感情的コネクションを築いている。
メッセージやストーリーテリングが心を動かす
感情的コネクションは、消費者との強力な関係の構築やブランドロイヤルティ(ブランドに対する信頼感・愛着・親近感)の確立のために忘れてはいけない視点だ。
マーク・ゴーベは著書『エモーショナルブランディング』で、ブランドと消費者の間の感情的な結びつきの重要性に焦点を当てた。
感情的コネクションは、ブランドや製品との間に感じる喜び、信頼、安心感などのポジティブな感情や、共有する価値観、思い出などに基づくことが多い。これが強いと、消費者はそのブランドや製品にロイヤルティを持ちやくすなり、リピート購入の確率も上がる。
「子ども時代の思い出の味」が感情的な価値を生む
グミの形や色、パッケージのデザインは、楽しさや食べる喜びを強調する。ハリボー社は 「子ども時代の思い出の味」をマーケティング戦略で打ち出すことで、製品に懐かしさなどの感情的な価値を持たせ、消費者がグミを選ぶ動機につなげている。
そして、グミは友人や家族との共有に適した菓子であり、グミを通じたコミュニケーションや共有の瞬間は、消費者とブランドとの間の感情的なつながりを強化する。
多様なフレーバーは、新しい味の発見という驚きや喜びを提供する。消費者が新しいフレーバーに出会うたびに、ブランドに対する好奇心や期待感が高まっていく。
グミのヒットには、感情的コネクションづくりの手法と、それが生み出す消費者との絆が大きく寄与している。この組み合わせが、グミを単なる菓子から、消費者の心に残る存在へと昇華させている。
文/白鳥和生 画像/shutterstock
『グミがわかればヒットの法則がわかる』(プレジデント社)
白鳥和生
飲食料品の世界で起きた、四半世紀ぶりの〝大逆転劇〟。 2021年、グミがチューインガムの市場規模を上回った。 グミは日本で発売されて40年ほどの歴史しかないが、いまや老若男女問わず愛されるお菓子に成長した。
グミとは何者なのか。グミには5つの顔がある。
① 「幸せ感」につながる小腹満たし・気分転換ニーズを満たす
② 「コスパやタイパ」につながる代替ニーズを満たす
③「楽しさ」につながるバラエティーの豊かさ
④「期待感」が高まる相次ぐ新商品の登場
⑤「つながっていることを実感」できるコミュニケーションツール
様々な顔を持つグミの魅力に惹きつけられたファンたちが集う「日本グミ協会」という団体が生まれたり、「グミ文化祭」というイベントが開催されたりしていることにも注目だ。
人口減少が進む日本で、グミがヒットしたひみつとは? 元・日経新聞記者で、あらゆる小売業の動向を長年追いかけてきた著者が、マーケティングの観点からわかりやすくひもとく。
【目次】
はじめに
◆第1章 グミの歴史と人気 ・グミの起源はドイツ ・日本は「明治」が先陣切る ・2021年にグミ市場がガム市場を逆転! ・コロナ禍が後押しした市場拡大 ・小売り側の反応 ・物価高騰のなかでも支持を集めるグミ ・コラム かむことと健康の関係
◆第2章 消費者の声から読み取る「グミ」とは ・グミは誰が食べているか? ・人口が減少するニッポンで、なぜグミは成長しているのか ・「タイパ」と「代替需要」 ・Z世代とグミ ・消費者が持つ「グミ」のイメージ ・情緒的価値が大切なベネフィット ・コンセプトが商品の命 ・グループインタビューから見えてきた消費者インサイト ・グミを形づくる5つの要素 ・コラム マーケティングコンセプトハウスの山口博史社長の分析
◆第3章 メーカー各社の戦略 ・グミの持つ多様性と技術 ・明治 ・カンロ ・UHA味覚糖 ・ハリボージャパン(ハリボー日本法人) ・コラム グミ市場を支える地方メーカーと菓子卸
◆第4章 企業と生活者による「共創」 ・ヒットの法則とグミ人気 ・ファンがブランドを育てる ・ファンマーケティング ・勝手連がグミを応援 ・オタクとは違う「推し活」 ・コラム 「グミ文化」を目指す(日本グミ協会の武者慶佑名誉会長の寄稿)
おわりに
参考文献