
介護サービスの拡大に伴い、近年、メディアでも頻繁に報じられるようになった介護従事者による「高齢者虐待」。表沙汰になっていないケースも含め、今も多くの高齢者が虐げられているのが現実だ。
『実録ルポ 介護の裏』(文春新書)より、一部抜粋、再構成してお届けする。
施設長の指示で行われた虐待
〈東京 東村山の高齢者施設で職員が入所者に虐待 都が処分〉
こんなニュースが新聞やテレビで報じられたのは2022年6月16日のこと。介護に関心がなければ記憶にも残らないような報道かもしれないが、当時、ある介護関係者から、この施設が首都圏で最大級の規模を誇るサ高住(編注:サービス付き高齢者向け住宅)だと聞き、施設の実情を調べてみることにした。
事件があったサ高住のホームページによると、居室は全156室と大規模だ。家賃は4万9,000円で、一見すると安いと感じる価格だが、家賃に加えて共益費や食費、消耗品費なども合わせると、おおよそ9万1,000円から13万6,600円かかるそうだ。当然こうした費用は介護保険の適用外であるため、基本的には全額自己負担となる。それでも、都内の相場からみれば、良心的な価格帯といえるだろう。
取材当時、約2年前にオープンしたばかりの同施設は、「敷金0」「全室安心の見守りシステム 365日24時間職員常駐」を謳って入居者を募集していた。
施設と同じ建物内には、訪問介護事業所が併設されており、居住者の介護サービスを同事業所が担っている。例えば、同事業所に所属するヘルパーが、居室で介護サービスを行ってくれる。クリニックやデイケア棟も完備されており、
〈「これからの暮らし」を敷地全体で支えます〉
などと宣伝されていた。充実した設備が整うこの施設で暮らせば、安心して第二の人生が送れるはずだと思うだろう。
ところが実態は酷いものだった。この事業所では、2021年の9月から10月までの間、80代と90代の入所者2名に対して、夜間、部屋から出られないようにドアノブを外側から固定していたのだ。また、別の入所者3名に対しても、水を飲めないようにするため、数日間にわたって水道の元栓を閉めるなどの虐待を行っていたというのである。
驚くことに、こうした虐待行為は、当時の施設長の指示だったといい、組織的に虐待が行われている可能性が明らかになったのだ。
この施設が行ったのは、虐待行為だけではない。介護保険の不正請求に加え、行政への虚偽報告なども行っていたというから、非常に悪質である。
都は、同施設に対して22年10月1日からの3か月間、利用者の受け入れを停止するよう処分を下した。
東村山施設の実態「慢性的な職員不足」
実は介護事業者の細かな情報は、各都道府県のホームページなどから、ある程度実態を知ることができる。都道府県のHPから「介護事業所検索」をかけると、事業所の概要が記載されているのだ。この施設の記載内容を見た元介護職の男性はこう解説する。
「問題となった東村山の事業所に所属するケアマネは、93%の利用者に対して自社の訪問介護サービスを受けさせており、これは異常なほど高い数字ですね。つまり、組織ぐるみでケアマネが利用者の〝囲い込み〟を行っていたということがわかります」
さらに、ある程度大きな規模の施設ではサービス提供責任者(サ責)が数名配置されるのが標準的だ。
東村山の施設の例でいえば2021年度、4名ものサ責が退職したことが都のHPからわかる。短期間でサ責が入れ替わるのは、組織に何らかの問題があると推測できるという。
「東村山の施設について都のHPを見ると、そもそも78人の利用者に対して、常勤の介護職が11人となっています。その全員が『専従』ではなく、事業所内で他の職種にも就いている『兼務』と記されており、実態は職員が不足しているのでしょう。前年度に訪問介護職員を8人採用し、同じ年度に8人が退職していることからも、適正な運営だったとは思えない」(同前)
実際のところどうなのか。東村山の施設を運営している事業者に詳しい話を聞こうと電話をかけてみたが、電話口の職員は「担当者が不在」だといい、帰社時間も「わからない」と答えた。改めて文書で質問状を送ったが、回答はなかった。
バレていないだけで、被害を受けた高齢者はもっとたくさんいるかもしれない─。報道を見て、私はそう思った。
“利益優先”―事業者側の都合が虐待を生む
この事件を業界ではどう受け止めているのか。前出の元介護職の男性は、「許せない」と憤っていたが、同時にこう話した。
「残念ですが、こんな施設は他にも結構たくさんあると思います。処分内容は他の問題施設と比較しても平均的なものでしょう。そもそもサ高住は要介護度が低めの方が入居するための施設です。比較的、介護に手がかからない利用者が入居するため、経営側も最小限の介護士で回そうとし、虐待を生む要因となっている」
一方、サ高住には要介護度の高い人の入居も増えているという。
「中には重度の認知症を患っている方や、介護職員に暴言や暴力を振るうような、いわゆる〝手のかかる〟利用者もいる。経営者は空室を埋めたいため、要介護度の高さを無視して利益優先で入居させてしまうのです。手のかからない入居者が暮らすはずのサ高住が、実態は正反対というケースも多い」(同前)
そうなると当然、現場の介護士の手が足りなくなる。東村山のサ高住のケースでも、夜中に勝手に徘徊してしまう利用者がいると、他の利用者の介護が手薄になるため、部屋の中に閉じ込めておこうとしたのではないか。
「頻尿の方が水を大量に飲めば、おむつ交換の頻度も増えます。水を飲ませなければ、おむつ交換の回数を減らせるという発想から、水道の元栓を閉めたのかもしれません。
以前取材した関西の社会福祉法人で働く介護士の丸山良子さん(仮名)は、介護施設で起こる虐待についてこう話す。
「以前勤めていた職場でも虐待はありました。入浴介助の際、認知症の方や、クレームを言えないような方に、一枚のタオルを3人で使いまわしていたんです。順番が後の方は、濡れたタオルで身体を拭かれるので、冷たがっていました。バスマットを交換する回数も減らしていたので、後から使用する方は足元が冷たい」
虐待には暴力などの身体的なものだけでなく、心理的・経済的なものまで含まれ、その程度もさまざまだ。こうしたタオルの使いまわしも明らかな虐待といえる。
「施設では総責任者が度々現場を見回って、無駄がないかチェックしていました。備品を使い過ぎだとか、何か気に食わないことがあると職員に怒鳴り散らし、『明日から、もう来なくていいから』と脅す。タオルの使いまわしも、こうした経営側の過剰な経費削減が原因で行われていました。不思議なことに、スタッフも次第に感覚が麻痺していく。これは虐待ではないかと疑問に思わなくなっていくんです」(同前)
文/甚野博則
写真/PhotoAC
実録ルポ 介護の裏
甚野 博則
「うちはまだまだ大丈夫」「いざとなれば何とかなる」
現実から目をそらし続けてきた筆者のもとに、突如降りかかってきた母親の介護問題。
なぜ介護の仕組みはこれほど複雑なのか?
なぜこんなにお金がかかるのか?
一体誰が得をしているのか?
制度について一から調べ、全国の現場を訪ね歩いてみると、深くて暗い業界の「裏側」が見えてきた――
知らないままでは損をする、誰も教えてくれない「介護のリアル」を徹底ルポ。