
1980年代、保守的で能天気なハリウッド映画業界から締め出された映画作家たちは異様な映画を作っていた。そんな中、『ターミネーター』で大ヒットを記録したジェームズ・キャメロンは続編の制作に取りかかるのだが……。
『〈映画の見方〉がわかる本 ブレードランナーの未来世紀』より一部抜粋、再編集してお届けする。
キャメロンが追及した、強く、たくましい女性像
『ターミネーター』はプロットこそ借り物だったが、中心にはキャメロン個人の「作家性」があった。それは後の作品と、彼の実生活で次第に明らかになっていく。強く、たくましい女性の追求だ。
『エイリアン2』は、リプリーが救出した孤児を守るためにエイリアンに立ち向かう「母もの」映画だった。『アビス』は、海底施設で働くダイバー(エド・ハリス)と女性科学者(メアリー・エリザベス・マストラントニオ)の夫婦が主人公。
ブルーカラー出身の夫とエリートでインテリの妻という関係は、監督キャメロンと製作者ゲイル・アン・ハードの夫婦を思わせる。『アビス』の夫婦は別居中だが、これを製作中のキャメロン夫妻もそうだった。
「脚本を書いたときは現実とパラレルになるとは思ってなかった」とキャメロンは言う。
『アビス』の夫婦は命がけで互いを救うことで絆を取り戻すが、それはパラレルにならなかった。89年、キャメロンとアン・ハードは離婚した。『ターミネーター』の全権利を彼女に残して。アン・ハードはその後、トップクラスの凄腕プロデューサーとして『アルマゲドン』(98年)や『ハルク』(2003年)などの大作を手がけている。
同じ年、キャメロンは3度目の結婚をした。『ブルースチール』(90年)のロケ現場を覗いたとき、監督のキャスリン・ビグローに一目惚れしてしまったのだ。
ビグローは身長182センチのモデル並みの美女だが、そのアクション演出は徹底的に骨太だ。本人もメカや銃が大好きな、まさに「女キャメロン」だった。
しかし、似すぎていたせいか、結婚生活は2年しか続かなかった。離婚時にキャメロンはビグローに時価1億円の豪邸を譲り、別れた後も、ビグロー監督の『ハートブルー』(91年)をプロデュースし、『ストレンジ・デイズ/1999年12月31日』(95年)ではシナリオも提供している。
ビグローとの離婚と並行して、キャメロンは元妻ゲイル・アン・ハードのプロデュースで『ターミネーター』の続編に取りかかった。
『ターミネーター2』はリメイクだった?
前作の15倍の予算をかけた『ターミネーター2』またの名を『T2』(91年)は、続編というより「リメイク」だった。
前作には最後の対決の後、サイバーダイン社の工場で潰されたターミネーターの腕が回収されるショットがあったが完成版で削除された。
『T2』ではその設定が復活し、ターミネーターの腕の研究がスカイネットを生み出すことになる。カイルがジョン・コナーの父親だったのと同じパラドックスだ。
未来からサラを殺しに来る新型ターミネーターT-1000は液体金属製。どんな形にも変形するエフェクトでキャメロンが創設したCGスタジオ「デジタル・ドメイン」の技術を世界に示した。
しかし、デフォルト状態のT-1000を演じるロバート・パトリックはしなやかに痩やせた体格で、「カマキリのような」という『ターミネーター』のオリジナル・コンセプトに忠実なのだ。
シュワルツェネッガー扮する旧式ターミネーターT-800はジョン・コナーにリプログラムされて、サラと少年時代のジョン(エドワード・ファーロング)を守るためにやってくる。
つまり、シュワルツェネッガーはもともと前作で演じる予定だったカイルの役割を果たすことになった。
『T2』のカーチェイスや銃撃戦は何十倍もスケールアップしたが、基本的な話の構造は前作と同じ。
前作で名ゼリフとなった「I’ll be back」も繰り返されるし、タンクローリーの追っかけから工場になだれ込むクライマックスの展開はまったく同じだ。
キャメロンはリンダ・ハミルトンを徹底的に鍛えて、たくましい筋肉でショットガンを振り回す「タフ・チック」に改造した。これはサラのリプリー化であり、リンダ・ハミルトンのキャスリン・ビグロー化だ。
キャメロンは『T2』撮影中にリンダ・ハミルトンと同居を始め、93年には娘が生まれたが、お互い過去の離婚経験から(キャメロン3回、ハミルトン1回)、2人はなかなか籍を入れなかった。
「アイム・ザ・キング・オブ・ザ・ワールド!」
94年、キャメロンはフランス映画のリメイク『トゥルーライズ』を監督。これも『アビス』と同じく離婚寸前の夫婦が命がけで助け合うことで絆を取り戻す物語だった。
そして96年、キャメロンは『タイタニック』に取り組んだ。この映画史上最大のヒット作については今さらあまり書く必要はないだろうが、ショーン・フレンチ著『「ターミネーター」解剖』の訳者あとがきで矢口誠氏が指摘しているように、『ターミネーター』との類似点が多い。
まず、タイタニックを探査する現代と、タイタニック沈没時の過去という2つの時間軸が並行して進む構造がよく似ている。
カイルがサラの写真に一目惚れしたように、主人公の貧しい画家の卵ジャックは上流階級の令嬢ローズを見た途端に恋に落ちる。好きでもない資産家と結婚させられるローズは、サラと同じように、人生にうんざりしている。
そしてジャックと結ばれ、愛を知って強くなったローズは水中に取り残されたジャックを救出するなど大活躍。最後にジャックは息絶えるが、ローズは彼からもらった勇気を胸に強く自立して生きていく。
「あなたはあなたが思っているよりもずっと強い人です」というジョン・コナーが母に捧げた言葉は、キャメロンの全作品を貫く、世界中の女性たちへのメッセージだ。
ビル・ウィッシャーは『ターミネーター』のことを「銃撃戦付きの『素晴らしき哉、人生!』だ」と言っている。『素晴らしき哉、人生!』(46年)の主人公ジェームズ・スチュワートは事業に失敗して「生まれてこなければよかった」と自殺を図るが、天使に「自分が生まれてこなかった世界」を見せられる。
町は荒廃し、愛する人々は悲惨な運命をたどっていた。どんな小さな人生でも未来に影響を与える。「人は誰でも可能性を秘めている。それに目覚めてほしいんだ」とキャメロンは言う。
『タイタニック』のジャックはキャメロン自身でもある。
キャメロンはハリウッドというタイタニックに立ち向かってそれに勝った。98年のアカデミー賞では『タイタニック』は11部門で受賞し、キャメロンは持ち切れないほどのオスカーを抱えて叫んだ。
「アイム・ザ・キング・オブ・ザ・ワールド!」
離婚時に利益200億円を等分
しかし『タイタニック』の長い撮影中、キャメロンは出演者の一人スージー・エイミスと恋に落ちた。
エイミスは老いたヒロイン、ローズの孫娘役だが、サングラスにボマージャケットという、キャサリン・ビグロー、または『T2』のリンダ・ハミルトンのコスプレみたいな衣装で登場する。
リンダ・ハミルトンは2人の関係を知ってキャメロンに正式な結婚を迫り、97年7月に入籍したが98年12月に2人は離婚。
『タイタニック』でキャメロンが得た利益は200億円といわれるが、カリフォルニアの法律では離婚時に夫婦は財産を等分しなければならないので、リンダ・ハミルトンは100億円を受け取ったと推定される。
キャメロンはスージー・エイミスと2000年に結婚してから3児をもうけた。
2009年、キャメロンが作り上げた『アバター』はパンドラという異星の原住民と侵略者である地球人との戦争を描くスペクタクルだが、キャメロン的女性ヒーローの総決算だった。
『エイリアン2』のシガニー・ウィーヴァー扮する女性科学者、『エイリアン2』のヴァスケスの役柄を引き継いだ元海兵隊員(ミッシェル・ロドリゲス)、それに異星の戦うお姫様ネイティリ(ゾーイ・サルダナ)。
しかもクライマックスでネイティリが主人公の男性を抱くポーズがミケランジェロのピエタそっくり。キャメロンの聖母コンプレックスは重症のようだ。
2010年、キャメロンは『アバター』でキャスリン・ビグロー監督『ハート・ロッカー』とアカデミー作品賞と監督賞を争った。
2017年、キャメロンは『ターミネーター』続編の製作を発表した。サラ・コナー役はリンダ・ハミルトンだ。
文/町山智浩
〈映画の見方〉がわかる本 ブレードランナーの未来世紀
町山智浩