
2024年の首都圏の中学受験率が22.7%と過去最高に。首都圏以外でも大阪、愛知で中学受験率は年々増えている。
夫の「中学受験をしよう」の一言ですべてが一変
「中学受験で息子が失ったものは果てしなく大きいです。もしも人生をやり直せるのなら、長男が小学4年生だった頃に戻りたい。そして『中学受験をさせよう』と言った夫を、なんとしてでも止めたいです」
そう語るのは、都内で2人の息子と暮らす美希さん。美希さんは教育関係の仕事をしており、長男のハヤトくんは18歳、次男は現在中学2年生だ。ハヤトくんは小学4年生の時、中学受験をすることを決めた。
「クラスのほぼ全員が中学受験をするほど、教育熱心な地区の小学校に通っていました。私としては本人が好きなことを見つけて、伸び伸びと育ってほしいという思いでした。中学受験も『本人が望めば』という気持ちでした」(美希さん、以下同)
ハヤトくんはごく普通の小学生として、放課後は友達とドッジボールやゲームをしたり、楽しい学校生活を送っていた。ところが、小学4年生になったタイミングで状況が一変。夫が突然「中学受験をしよう」とハヤトくんに言い始めたのだ。
「ほぼ強制です。夫の会社の同僚たちが中学受験をさせていると聞いて、影響を受けたようでした。同僚の息子さんが合格したというA中学を志望校に決め、『A中学に絶対に合格しよう!』と言い出し、勝手に塾まで決めてきました。当時、我が家は夫の言うことが絶対で、反論できる状況ではありません。夫に言われるまま中学受験に向けた勉強が始まりました」
A中学は難関校として有名な都内の私立中学だ。難関校合格に向けて、その日からハヤトくんの生活はガラリと変わった。放課後はすべて塾の時間になり、家での学習も深夜まで続いた。
「夫は仕事から帰ると、息子の学習内容や進捗をテキストやノートでくまなくチェックしました。理解が足りないと判断すると寝ている息子を叩き起こし、そこから深夜の復習です。何度も『こんな遅くにやめて』と止めたのですが、『このままじゃ、A中学に受からない』と言って耳を貸しませんでした。
仕事が早く終わった日は、息子と一緒にお風呂に入り、湯船に浸かりながら勉強させることもありました。長時間浴室にいることで息子もフラフラです。
美希さんはハヤトくんに度々「大丈夫?」と聞きます。本人は「大丈夫。パパの話は長いけど、反抗するともっと面倒だから、とりあえず言うことを聞く」とかなり冷静な様子。「息子は穏やかな性格で、夫の無茶な指導にも文句を言わず、毎日勉強をしていました」
夫の長時間説教、試験当日体に異変が
6年生になり、受験本番が近づくにつれ、夫の指導はさらにヒートアップ。深夜まで及ぶ学習や、成績が下がった時には「振り返り」という名目で長時間の説教が続いた。
「息子には何度も『もう、中学受験を辞めていいんだよ?』と確認しました。でも本人も『いろんなことを我慢してここまで必死にがんばってきたから、最後までやる』と必死でした。夫が決めたA中学を目指して、本人も相当な覚悟で勉強をしました」
最後の模試でA判定を取ることはできなかったが、塾の先生と相談して併願校を決定。ハヤトくんが興味を持ったB中学も受験することになった。
成績が下がっても、模試の判定が悪くても、父親に反抗することなく勉強を続けてきたハヤトくんだったが、A中学の試験当日についに異変が起きた。
「今までそんなことはなかったんですが、試験当日に過度のプレッシャーでひどい腹痛を起こしました。電車に乗れなくなってしまい、何度も途中下車しながら試験会場に向かいました」
何度も休憩を取りながらも、試験会場には無事到着。A中学の試験を受けたハヤトくんでしたが、結果は不合格。
「あまり感情を表に出さない子ですが、さすがにA中学に落ちた後は元気がなく、とても落ち込んでいました。でも、日にちが経つにつれて『自分で選んだB中学に行こう!』と気持ちを切り替えて、少しずつ前向きになっていました」
ところがそんな中、夫の発言に美希さんは耳を疑った。
「夫が『A中学以外は行く価値がない。B中学はお金の無駄だから、公立中学に行くべきだ』と息子に言ったんです。A中学に落ちたことよりも、夫のその発言に息子は深く傷ついたようで、うなだれていました。私はB中学に行かせたいと粘りました。揉めに揉めた末、最終的に夫の言うままに、地元の公立中学に進むことになりました」
ハヤトくんが通うことになった公立中学は環境も良く、中学受験で疎遠になっていた地元の友達ともすぐに馴染んだ。中学受験のゴタゴタはあったけど、ハヤトくんの学校生活は一見順調そうに見えた。ところが、入学してしばらくすると、ハヤトくんの体に異変が起き始める。数ヶ月に1度、朝になると酷い頭痛で起きられなくなるのだ。
長男がうつ病発症、次は次男がターゲットに…
「頭痛持ちの家系だったので、最初は『よくある偏頭痛かな?』と思い、市販の鎮痛薬を飲ませていました。
美希さんは、薬の量を減らすために食事や睡眠時間の見直しなど、ハヤトくんの日常生活により気を使うようになった。一方、夫はそんなことには関心を示さず、ハヤトくんにさらにプレッシャーをかけるようになった。
「受験が終わって、ようやく勉強から解放されると思っていたら、夫は『高校で巻き返そう』『高校受験でリベンジすればいい』と息子に言ったんです」
頭痛を抱えながらも、どんなに理不尽な父親の要求にも反抗することなく、応えてきたハヤトくん。しかしある日突然、ベッドから起きられなくなる。
「朝、何時になっても起きてこない息子を起こしに行ったら『起きられない…』と。無言でベッドに横たわっていました。息子はその日から、朝になると体が動かなくなり学校に行けなくなりました。そのまま寝たきりの日が続き、自宅の外にも出られなくなったんです」
美希さんがハヤトくんを病院に連れて行くと、『うつ病』と診断。医師からは、中学受験の頃からの父親との関係性が、ハヤトくんの心に深い傷を負わせていると言われた。そこからハヤトくんは学校を休み、うつ病の療養期間に入った。
「ハヤトの心は一度壊れてしまいました。うつ病は簡単に治ることがない病気なので、一度壊れてしまった心を取り戻すことは難しいんです。
現在、美希さんは夫と離婚して女手一つでハヤトくんと次男を育てている。
「ハヤトが家から出られない状態になったとき、夫は次男に『いい中学・高校に入らないと人生棒にふるぞ』と言ったんです。ハヤトに見切りをつけた夫のターゲットが、次男になったとゾッとしました。それまで夫の言うことが絶対で恐れながら従ってきましたが、そこでようやく『子どもたちを守るのは私だ』と目が覚め、離婚を決意しました」
現在は穏やかな生活を送り、ハヤトくんの症状も少しずつ改善している。一度壊れた心は元には戻らないが、症状は回復に向かっている。12歳での大きな挑戦だからこそ、背負うものもまた大きいことを忘れてはいけない。
取材・文/大夏えい