「どこにメモしたか忘れてしまいました」…発達障害かもしれない部下を指導するとき、絶対言ってはいけないセリフ
「どこにメモしたか忘れてしまいました」…発達障害かもしれない部下を指導するとき、絶対言ってはいけないセリフ

近年、発達障害という言葉がメディアなどで頻繁に取り上げられ、「自分は発達障害ではないだろうか」と心配になって相談にくる人が増えてきたという公認心理師の舟木彩乃氏。そして、同じくらい増えてきたのが「部下(後輩)が発達障害かもしれない」という職場の上司や先輩からの相談だというが、実際のところ、彼らとはどう接すればいいのだろうか。

『発達障害グレーゾーンの部下たち』(SB新書)より、一部抜粋・再構成してお届けする。

グレーゾーンの部下を持った上司の悩み

上司からは、一緒に仕事をしたり教えたりしているうちに、「あれ?」と思うような場面が何度もある。

あるいは、ダメなところを何度指摘して注意しても直らない、というような相談が多いです。

こういったケースでは、上司や先輩は「自分の教え方が悪いのかもしれない」と思って悩んでいる場合と、「一生懸命指導しているのに態度を改めない部下に困っている」と苛立っている場合の両方があります。

ハラスメント(特にパワーハラスメント)に発展しやすいのは、後者のパターンです。

発達障害の診断がついた部下であれば、部下の普通でない言動の原因が分かっているので、上司も割り切れるのでしょうが、グレーゾーンの場合は障害なのか性格なのか原因がよく分からないということが多いです。

上司の立場からすれば、他の人よりも時間をかけて業務を指導しているのに、その部下や後輩にだけ頻繁にミスが起きている状態に、苛立ったり頭を抱えてしまったりすることになるわけです。

ミス防止のため、与えられたタスクや口頭での指示をメモして何度も見返すよう伝えても、「どこにメモをしたか忘れてしまいました」「急いでメモしたので字が読みにくくて……」などという答えがかえってくることもよくあります。

上司や先輩という立場の人たちからは、このような部下や後輩に対して、「ついカッとなって声を荒らげてしまった」という話を聞くことがよくあります。

ミスがあっても根気強く、さらに指導に力を入れる上司もいますが、相変わらずミスが繰り返されていると、「やる気がないなら辞めろ」とか「ふざけるな」などと、激昂してしまうこともあるようです。

発達障害だと決めつけることはNG

しかし、本人の立場からすれば、「悪気があって上司を困らせているわけでもないし、自分なりに頑張っている。なのに自分に対してだけいつも当たりが強く、上司は自分を嫌っているのではないか。これはパワーハラスメントかもしれない」ということになります。

ここまでくると、上司と部下の人間関係はすでに崩壊に近い状態になっていて、修復が難しいことも少なくありません。

このような状態になる前に、専門家や人事のところに相談にきてくれていたら、と思うことが多々あります。

発達障害の知識などがあったとしても、すぐに部下や後輩を発達障害だと決めつけることはNGです。

「あれ?」と思うようなことが増えてきたら、まずはどのような場面で、なにに対してそう思ったのかメモしておくなどして、早めに専門家に相談することをお勧めします。

専門家であれば、相談者の心のケアをすると同時に、困っている部下や後輩に対して、どのような対応方法が良いかを一緒に考え、ハラスメントにならない伝え方などをアドバイスしてくれるはずです。

アドバイスをもらって、「頑張ってはいるが、できない自分自身に対して、もどかしいものを感じているのだろうな」などと部下の立場になって考えてみると、自然と部下のつらさにも共感するような接し方ができます。

そうすると、注意するときでも、最初に「あなたも努力しようとしてくれていることは分かるけど……」などという言葉が出てくるため、部下からすれば、全体的にグッと柔らかい印象を持つことになります。

ハラスメントにならない伝え方

また、「一緒に対策を考えよう」「どんなことで困っているのか一緒に整理しましょう」などと、一緒に課題を解決する姿勢があることを口に出すことも必要です。

部下に「真剣に考えてくれている」という気持ちが伝わり、注意や指摘されていること自体をパワーハラスメントと受け取ることもなくなります。

そもそも職場のパワーハラスメントとは、優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるものをいいます。

パワーハラスメントになりうるのは、上司が部下に対して「怒り」を感じる状況が出現したときなどです。

「怒り」のメカニズムを理解し、コントロールする方法も覚えておくと良いでしょう。脳内の側頭葉や海馬の近くに位置する扁桃体は、怒りや不安、恐怖といった感情を強く感じると活性化することが分かっています。

こうした感情が脳と身体を完全に支配してしまうことを「扁桃体ハイジャック」と呼びます。

これらの感情が自分にあることを認め、「怒り」と「実際に怒っている自分」を同一視せずに、「怒り」を手放すことが重要になります。その具体的な方法としては、次のようなものがあります。

・我を忘れて怒鳴り散らさないように、口を閉じて沈黙を維持する。
・その場で深呼吸し、怒りが収まるまで6秒待つ。
・怒りに限らず、ネガティブな感情が湧き起こったら「ちょっと失礼」などと言って、その場から離れる。

また、普段から自分がどういったときに怒りやすいかなど、自身の怒りのメカニズムを把握しておくことも大切です。

文/舟木彩乃 写真/Shutterstock

『発達障害グレーゾーンの部下たち』 (SB新書)

舟木彩乃
「どこにメモしたか忘れてしまいました」…発達障害かもしれない部下を指導するとき、絶対言ってはいけないセリフ
『発達障害グレーゾーンの部下たち』 (SB新書)
2024/11/71045円(税込)232ページISBN: 978-4815626372

あなたの職場にモヤッとする人はいませんか?もしかしたら発達障害グレーゾーンかもしれません。 

発達障害に関する情報は多いですが、職場にいる彼らと共に仕事をすることについては、必ずしも正確な情報が広がっているとは言えません。本書のテーマである「グレーゾーン」は、発達障害の傾向がありながら、その診断が付いていない人たちです。なおさら正確な情報は、みなさんに伝わっていないのではないでしょうか。
グレーゾーンには、発達障害の人とは少し違った特性があります。
筆者はカウンセラーやアドバイザーとして、これまで行政機関・民間企業・病院などで、約1万人の悩みを聴いてきました。

その中には、グレーゾーンの人たち、さらにその上司や部下に当たる人たちもたくさんいました。
グレーゾーンの部下を持つ上司が、部下の言動に振り回され、管理能力がないと評価されて悩んでいる。グレーゾーンの上司を持った部下が、上司の指示がコロコロ変わり、ストレスで会社に行くことが嫌になっている――最近では、職場でのこんなケースに対する相談が増えてきました。
本書は、主にグレーゾーンの部下を持った人に向けて書いていますが、グレーゾーンの上司を持ったときの対応法についても書いています。部下に関する相談は以前からたくさんありましたが、上司に関する相談は、国会議員や首長などのパワハラ報道をきっかけに増えてきた印象があります。
発達障害グレーゾーンは、社会に出てから発覚するケースが多く、職場のサポートには課題が多く残されています。本書は、発達障害グレーゾーンの特性から、彼らとの関わり方まで、職場で起こりうる事例をもとに分かりやすく解説しています。一方で、グレーゾーンの人たちが持つ特性をいかすことも組織全体の成長のチャンスにつながります。第6章では、組織としてできることについて具体例を挙げてご紹介しています。
違和感を抱く部下や上司を持った人、職場のストレスマネジメントに関わる人の必読の一冊です! 

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