
「 “ひきこもり” というと、暗い部屋のすみで、壁に向かって体育座りしている男性のイメージ絵がよく使われますよね。でも実際には、ひきこもりも多様化しています」と話すのは、自身も30代後半からひきこもっているかっしーさんだ。
ひきこもりの人数は146万人(50人に1人)
かっしーさんはハキハキと話す明るい女性で、広島生まれ広島育ちのカープファン。
「ヒッキーラジオ」という、ひきこもり向けオンライン当事者会(現在は闘病のため休止中)やゲーム配信者として活動している彼女は、実家で生活保護を受給しながら、1人暮らしをしている。
そして、現在は、がんが大腸から肝臓に転移し、ステージ4で抗がん剤治療をしている。
2022年(令和4年)に行われた内閣府の調査「こども・若者の意識と生活に関する調査 (令和4年度)」で、全国でひきこもりの人数が146万人にまで増えたと話題になった。およそ50人に1人だ。
ひきこもりとなった主な理由は、若年層(15~39歳)では「退職」が21.5%、次いで「新型コロナの流行」が18.1%、中高年(40~69歳)では「退職」が44.5%、次いで「新型コロナの流行」が20.6%だ。
かっしーさんもまた、退職をきっかけにひきこもりになった。
順調だった社会人生活
かっしーさんは地元広島の短大を卒業後にテーマパークで契約社員として働き始めた。
「正社員登用してくれるという話でしたが、現場に出たくて、それがかなう契約社員として就職しました。正社員とのつなぎ役として、現場リーダーを任されていました」
接客が大好きで、劇場のショースタッフとして活躍するが、入社5年目で、社長が変わったことをきっかけに退職した。
「天下りでサービス業を理解していない社長が、500人入る会場のスタッフを3人に減らすよう指示してきました。こんな理不尽で安全性の確保が困難な指示は従うことができないと思い、退職を決意しました」
その後に、官公庁の臨時職員として事務で3年働き、契約満了で退職。パソコンの資格を取るなど、精力的に働いていた。
お局様のいじめをきっかけにパニック発作になる
順調だった社会人生活が崩れたのは、3社目の転職先でのことだった。
私立の中高一貫校の事務員として、契約社員で働いたのがきっかけだった。周囲には、40~50代の年配者しかおらず、当時28歳のかっしーさんは若手だった。
「事務の社員や先生方も含め、周りはその学校のOBやOGだらけでした。OB・OG間だけで通じる言葉があり、分からないと、“そんなことも分からないの?” と馬鹿にされました」
馴染もうと努力したが、当時40代前半の “お局様” のいじめが始まった。
「若いお嬢さんは仕事ができなくても、笑っていれば、周りのおじ様たちが許してくれるからいいわよね」と仕事とは関係のない嫌味が続く日々に、かっしーさんは心のバランスを崩していった。
「仕事ができないことに対する指摘ならば、言われないように頑張ればいい。仕事以外の部分で言われる嫌味がつらかったです。
私が、そのお局様に名前を呼ばれたことはなく、いつも “お嬢さん” と呼ばれていました」
車通勤だったかっしーさんは、ある日、渋滞の中で、吐き気と動悸に襲われる。初めてのパニック発作だった。
「“何だ、これ?” と驚きました。だけど、渋滞にはまっていて、休めるスペースに移動できませんでした。さらに職場に着いたら、お局様に嫌味を言われ、その日は泣きながら帰宅しました」
後日、心療内科で「自律神経失調症」と診断され、安定剤が処方されただけだった。
かっしーさんは、通勤の時に、毎朝、吐き気に襲われるようになる。
職場の年配者に、自律神経失調症に対する理解はなかった。
1か月は頑張ったものの、「契約期間が残っているのにどうしてくれるんだ!」と責められ、契約満了前に自主退社することになる。
その後、年金事務所の契約社員として復職するも、通勤電車の中でパニック発作が出るようになる。
「今でも電車は苦手で、なるべく乗らないようにしています」というかっしーさん。
30代後半で、無職になったかっしーさんは、すでに母と離婚し、90代の祖母と2人暮らしをしていた父を頼って、実家に戻った。
祖母は7~8年前に92歳で亡くなり、5年ほど前に72歳の父も亡くなった。
彼氏と暮らしている母には頼れず、2人の兄と遺産を分け合い、かっしーさんは古い実家に1人暮らしをすることになった。
快適なひきこもり生活
「庭付きの実家でのひきこもり生活は気楽で、楽しかった」というかっしーさんは、世の中のひきこもりに対するイメージを変えたくて、オンラインひきこもり当事者会「ヒッキーラジオ」の配信をスタートした。
「ひきこもりというと、人前ではオドオドして話せないというイメージが強いですが、普通にしゃべれるひきこもりがいてもいいじゃないかと思いました。
当事者会というと、傷のなめあいをしているのではないかと思われますが、色々な理由でひきこもっている人がいます。だから、オンラインで飲み会を開催したり、座談会をしたり、それを配信していました」
その後、かっしーさんは40代後半でがんを発症して、自分にできる発信は続けたいと、ゲーム配信者になった。
40代後半でがんを発症して思うこと
退職後は、たまのアルバイトや貯金や遺産を切り崩して暮らしていたが、40代後半の時にステージ4の大腸がんを発症した。
それをきっかけに、古かったため、資産価値が認めらなかった実家に住みながら、生活保護の住宅扶助以外を受給する。
がんは転移を繰り返し、寛解の見込みは立たない。
だけど、希望は捨てたくないとかっしーさんは語る。
2週に1回、通院しているが、抗がん剤の副作用を抱える今では、1人暮らしは不安な面もある。
最後に、ひきこもっている人たちに伝えたいことを聞いた。
「がんを発症して医師に『昔は、がんの原因は、1位が遺伝、2位が生活習慣と言われていたが、今では1位はストレスだと言われている』と言われました。
だから、ひきこもっていても、体には気を付けてうまくストレスを発散して欲しいです。今では、ひきこもりの定義も多様化しています。
働いている人の中でも、土日は平日の仕事のストレスでひきこもってしまうなど、“精神的なひきこもり” の人も入れたら、人数はもっと増えるでしょう。
自分がひきこもりだと思ったら、それがひきこもりです。焦らず、無理に立ち直ろうとしないでください」
厚生労働省や内閣府でも、ひきこもりの定義はあいまいだ。自分はひきこもりになんかならないと思っている人でも、何をきっかけにひきこもってしまうかは分からない。
“精神的なひきこもり” まで入れると、ひきこもり問題はより他人事ではない。
“自分がひきこもりだと思ったら、それがひきこもり”と考えれば、誰かに助けを求めるハードルは低くなる。
ひきこもることになった背景に目を向けることが、彼らに対する一番の支援なのではないか。
取材・文 田口ゆう