
1970年代から音楽界の第一線でアレンジャー・プロデューサーとして活躍し、日本でもっとも多くの歌い手と共演した武部聡志が音楽監督を務める『FNS歌謡祭』。さまざまな名コラボレーションを生み出した同番組制作の舞台裏はどうなっているのだろう。
その舞台裏を明かした『ユーミンの歌声はなぜ心を揺さぶるのか 語り継ぎたい最高の歌い手たち』より一部抜粋、再編集してお届けする。〈全3回の3回目〉
『FNS歌謡祭』のコラボレーションを成功に導く方法
音楽監督を務める『FNS歌謡祭』で、長年にわたり目玉となってきたのが、他の音楽番組では観ることのできない豪華ミュージシャンのコラボレーションです。
そのようなコラボレーションを行う場合、音楽監督は具体的にどのような仕事をしているのでしょうか。
『FNS歌謡祭』では、まずプロデューサーや演出家から、この2組のコラボレーションを行いたいというプランをもらいます。場合によっては、その2組でコラボが成立するかを聞かれ、こちらから別のミュージシャンの名前を提案することもあります。
ただ、最終的に尊重されるべきものは番組側の意向です。だから番組側がなにをしたいのかをディスカッションします。
コラボレーションの組み合わせが決まると、次に考えるのが2組の歌唱の折り合いについてです。コラボ曲の歌詞カードを前にして、歌いだしはだれか、どこまで歌い、どこで相手にバトンを渡すのか、2組でハモるのはどこか、といったことを打ち合わせます。
サビが何度かあるとして、2組のハーモニーをピークに持ってくるために、1番のサビは歌い分けるとか、2番のサビはユニゾンでとか、変化をつけることも大事です。ハーモニーのラインについても、2番のサビは下ハモにするけど、3番のサビは上ハモにしようとか、単調にならない構成を意識します。
それは3分間ないし4分間のパフォーマンスを、視聴者に飽きずに鑑賞してもらうためです。しかもそこには映像的な観点も関わってきます。
そういったことを歌詞カード上で考えたうえで、音を実際に聴きながら検証する作業に移ります。その段階で、想定したハーモニーが音域的に難しいとわかることもあります。異性のコラボレーションになると、その点はシビアです。女性がオクターブ上を歌っても、ハーモニーとして成立しなかったり、男性のキーで歌うと低すぎたり、さまざまな問題が出てきます。
そこで両者にストレスを感じさせず、双方の魅力をうまく引きだしながら、歌い分けやハーモニーのラインを考える。テレビの音楽番組で音楽監督を務めるとき、もっとも難しいのはこの段階です。
ここまで長くいろいろな仕事をしてくると、だいたいのボーカルの音域や持ち味を把握しているので、キー設定はミュージシャン側から委ねてもらいます。ハーモニーに関しては、普段メインで歌っているボーカリストは、ハモりが苦手な人も多いです。そういう人たちのために、ハーモニーのラインがそれだけでメロディーとして成立するような、覚えやすいラインを工夫して考え、事前に覚えてきてもらうようにします。
「2度か3度ほど音合わせをしたら、もう本番」
そうして歌う人が決まり、歌い分けが決まったら、そこからアレンジメントの作業に入ります。『FNS歌謡祭』では基本的にハウスバンドが生演奏を行うので、そのための譜面を書く作業です。
ここでもやはり念頭に置くのは、歌い手をどう生かすかです。
時間に制限があるなかでは、フルコーラスの演奏などできません。本来8小節のイントロを4小節にするのか、それとも2小節にするのか、はたまたイントロを省き、歌始まりにするのか。
でもイントロのこのきっかけがないとAメロに入りにくい。それだと歌いづらいので、歌終わりにしてエンディングをなくそうとか、考えなければならないことはさまざまです。もっとも最近では、原曲の再現性をより重視するような流れになってきました。
本番当日はもちろんリハーサルを行いますが、コラボレーションを行う1組あたりの持ち時間は15分から20分くらいしかありません。リハーサルでミュージシャンとバンドが顔を揃え、2度か3度ほど音合わせをしたら、もう本番です。音合わせの段階で歌い分けを修正したり、オケの調整をしたりもしますが、やはり大事なのはそこまでの作業ということになります。
最初の打ち合わせから本番まで、期間はだいたい1ヵ月ほどでしょうか。テレビの仕事は、ミュージシャン側のスケジュールの制約もあるため、時間との闘いです。とくに本番当日は秒刻みで進行します。
でもコンマ数秒の単位で進行するスケジュールにもかかわらず、せっかちな僕の場合は予定より早く、巻きで進んでしまいます。その点、僕にはテレビの仕事が性に合っていたのかもしれません。
取材・構成/門間雄介 撮影/石垣星児
ユーミンの歌声はなぜ心を揺さぶるのか 語り継ぎたい最高の歌い手たち
武部聡志 門間雄介(取材・構成)
日本で1番多くの歌い手と共演した音楽家が語る
かつてない“究極のボーカル論”――。
真の「優れた歌い手」は何が凄いのか?
音程やリズムが正確な「うまい歌い手」であっても、それだけでは時代も世代も超えて人々の心を揺さぶる「優れた歌い手」ではない。
彼らはテクニックではなく、もっと大切なものを音楽に宿しているのだ――。
1970年代から音楽界の第一線でアレンジャー・プロデューサーとして活躍し、日本で一番多くの歌い手と共演した著者が、松任谷由実や吉田拓郎、松田聖子、中森明菜、斉藤由貴、玉置浩二、MISIA、一青窈など、優れた歌い手たちの魅力の本質を解き明かす。
【目次】
はじめに
第一章 松任谷由実
第二章 吉田拓郎
第三章 時代を変えたパイオニア
第四章 80年代アイドル
第五章 男性ボーカル
第六章 女性ボーカル
第七章 歌い手を生かすプロデュース術
第八章 未来を託したいアーティスト
おわりに
歌い手年表と武部聡志の仕事歴