
出産を控える女性の「プレママ教室」、父親になる人の「お父さん学級」など、赤ちゃんを安心して迎えるための講座が各自治体で開催されている。そんな中、祖父母世代向けの「孫育て講座」も注目を集めている。
令和と昭和の子育て情報格差
NPO法人孫育て・ニッポン理事長の棒田明子さん。妊婦の運動療法に関する研究施設で働いた後、結婚・出産を経て育児情報雑誌の編集者に転職した経歴を持つ。
2003年からNPO法人の活動を本格的に始動。生後7か月と4歳になる2人の孫を持ちながら、全国の自治体や病院などで孫育てに関する講演、セミナーを開催している。
はたして「孫育て講座」ではいったいどんなことを学ぶのか、活動内容を詳しく聞いてみた。
「たとえば、今昔の子育ての違いや、赤ちゃんが生まれてからの祖父母の役割、ママの産後ケアなど。時代が変わると情報や役割も変わっていきます。
ママ・パパたちはインターネットやSNSで最新の情報にすぐアクセスできるけど、祖父母世代は過去の育児の記憶に頼るため情報が偏りがち。だからこそ親子で一緒に学べる場をつくろうと活動を始めました」(棒田さん 以下、同)
現在の子育て事情はどんなふうに変わっているのだろう?
「ひとつは、沐浴(もくよく)ですね。昔はベビーバスにお湯を張って赤ちゃんを浸からせるのが当たり前でしたが、今はマットの上でシャワーを使って洗い流す方も多いです。
これには祖父母世代の方たちは驚きますが、実はベビーバスのなかのお湯は石鹸カスが残っていて、すすぎが十分にできず赤ちゃんの皮膚トラブルの原因になることもあるんです。
あとは、かけ布団をかけない、服を着せすぎないこと。
また、これまで奨励されてきたうつぶせ寝は突然死のリスクがあるから仰向け寝を推奨、抱っこ紐は横抱きではなくて縦抱きが増えている…など、令和版にアップデートされた子育て内容を教えてくれた。
そして、子育て方法だけではなく、母親の価値観も同じように変化している。
「昔に比べて価値観はかなり変わりました。これまで、赤ちゃんと寝るのは添い寝が基本でしたが、早いうちからひとりで寝られるようにねんトレ(ねんねトレーニング)をしているご家庭もあります。これは欧米からきた文化とも言えますね。早いところだと生後2か月から始めていますよ」
祖父母が一番の味方であってほしい! 子育てには経験者のサポートが必要
育児方法や価値観の世代間ギャップによって、親子関係に亀裂が生じるケースも少なくないと棒田さんは指摘する。
「たとえば、赤ちゃんがお風呂から上がると祖父母はすぐに服を着せますが、まずはスキンケアをしてほしいというママ・パパ。お風呂上がりは赤ちゃんに白湯を飲ませてた祖父母世代ですが、今は飲ませません。
こうした世代間ギャップが埋められず、親が敵になってしまっているご家庭もあります。自分と違うやり方を祖父母から強要されることで『なにを言っても無駄だ』と諦めてる人もいてコミュニケーションが成り立たない。
とは言え、やはり子育ては大変です。経験者である祖父母がいてくれたほうが心強い! 祖父母が一番の理解者でいてくれれば、ママもパパも安心して子育てに臨めるものです」
令和のママ・パパにとって一番話しやすい存在であってほしい祖父母世代は「どういう子育てをしていきたいのか」と耳を傾けてから、サポートしてあげることが重要だという。
「逆にママ・パパ側が祖父母に対して気をつけてほしいこともあります。昨今は経済状況も厳しく定年の年齢も延びているため、多くの祖父母世代はまだ現役で働いています。60歳で定年する人はほとんどいません。
そして祖父母の親がまだ健在で、介護で忙しいご家庭も多い。親にしてもらったように、同じだけ時間が取れるかと言えば、それはなかなか難しい時代になっています。頼るときは、祖父母の状況も気にかけてあげてほしいですね」
「産後の妻は怖かった」祖父母が知らないホルモンバランスの変化
祖父母世代が孫育て講座を受けるのはいつのタイミングがベストなのか?
「妊娠中が一番いいですね。生まれる前にみんなで同じ話を聞けば、あとでコミュニケーションが取りやすい。
育児のスタート地点でボタンのかけちがいが起こると、産後のいちばん大変なときにママとパパが孤独になってしまいます。子育ての話をみんなで聞くことによって共通認識が生まれるのです」
実際に講座を受けた祖父母世代からもっとも反応が大きいのは、出産後の女性の体について。
「おじいちゃんになる人たちに産後の妻はどんな様子だったか聞くと、皆さん決まって『怖かった』と言っている。
赤ちゃんを産んだ後の女性ってハッピーだと思われがちなんですけど、精神医学の世界では大事なパートナーをなくした時と同じぐらいのロスを味わっていると言われてます。
10か月共に過ごした赤ちゃんが胎内からいなくなる喪失感で、産後うつになってしまう人も。
当時はホルモンバランスの存在があまり認知されてなかったこともあり、産後の女性は不安定で怖いとしか思われていなかった。
母親が孤独にならないために。地域でできる新しい取り組み
周囲のサポートがない場合、産後の女性はより孤独を感じやすくなる。ひとりでも多くのママを癒すために、棒田さんはこんな活動も行なっているとか。
「『赤ちゃん食堂』を地元でやっています。日々の生活の中で感じる子育ての悩みや疑問を、インターネットの情報だけではなく、人と人が顔を合わせて気楽に相談できる場所をつくりたいと思い始めました。
結局産後のいちばん大変な時にママたちはふらっと行ける場所がない。乳幼児がいる親子の徒歩でのお出掛け範囲は、300m~500m圏内(※)だと言われています。(※乳幼児の年齢別にみた地域における親子の「居場所」~東京都三鷹市絵の親子の外出に関するアンケート調査より~)
地域の中で子育てを支え合うコミュニティをもっと作っていきたいですね」
地域住民が自由に出入りできる「赤ちゃん食堂」を全国に増やしたい。孫が地域を繋ぐパスポートになる未来もそう遠くはないであろう。彼女の真っ直ぐな眼差しは希望に満ちていた。
PROFILE●棒田明子。NPO法人孫育て・ニッポン理事長、NPO法人ファザーリング・ジャパン理事。
取材・文/桃沢もちこ