10年前は軍靴もヘルメットもなかったウクライナ軍善戦の理由…トランプ再選はプーチンにとって「現政権打倒のチャンス到来」か
10年前は軍靴もヘルメットもなかったウクライナ軍善戦の理由…トランプ再選はプーチンにとって「現政権打倒のチャンス到来」か

2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻が今月で3年を迎える。当初は48時間程度で勝利を収めると踏んでいたウクライナ侵攻がここまで膠着した理由と、トランプ再選で起こる変化とは。

 

機密文書やスパイたちの証言から隠された真相に迫る『世界を変えたスパイたち ソ連崩壊とプーチン報復の真相』 (朝日新聞出版)より一部抜粋・再構成してお届けする。

ウクライナはロシアFSBが管轄していたが…

ロシアがもし、2014年のクリミア併合の際に、本格的なウクライナ侵攻を実行していたら、今回のロシアの想定通り、48時間程度で勝利を収めていたのは確実とみられる。しかしウクライナは2014年以降、インテリジェンス機関も軍隊も劇的な変貌を遂げていた。ウクライナが想定外に強力になっていたので、ロシア軍は緒戦で大きくつまずいたのである。

大きく分けて、2つのポイントがある。ひとつはウクライナをコントロールしてきたはずのロシア情報機関が想定通りの機能を発揮していなかったこと。

もう一点は、対照的にウクライナ軍と情報機関は欧米、特に米国から、2014~22年の間に多大な援助を受けていたことだ。これらの2点をさらに追究しておきたい。

ロシアの主要な情報機関は、対外情報機関がSVR、国内治安・防諜機関がFSB、軍事情報機関がロシア軍参謀本部情報総局(GRU)の3つに分かれる。ウクライナは外国なので本来ならSVRの管轄となる。しかしウクライナは旧ソ連の構成国で、SBUはもともとソ連国家保安委員会(KGB)のウクライナ支局だったこともあって、FSBの担当下に置かれてきた。

プーチン大統領はFSB組織の改革と強化を進め、FSBをKGBに似た総合的で巨大な機関に発展させた。自分がFSB長官だった1998年には、第5局という新たな部門を設置し、外国人のリクルート任務や旧ソ連構成国に対するスパイ工作を行う権限を付与した。

本来は国内防諜機関であるFSBの性格を変えるほどの大転換だった。

第5局は発足から20年を経過して、旧ソ連構成国に対してにらみを利かせる強力な部門に発展した。その局長に、プーチンが最も信頼していたと言われるFSB幹部、セルゲイ・ベセダ上級大将を任命した。

しかしベセダ局長はその後、成果を挙げることができていなかったようだ。米外交誌『フォーリン・ポリシー』など米メディアにも寄稿するロシアの調査報道ジャーナリスト、アンドレイ・ソルダトフによると、2014年の「マイダン革命」の際、ウクライナやアブハジア、モルドバの現場で第5局の工作員が逮捕される失態が表面化、ベセダ局長は責任を問われたという。

にもかかわらず、プーチン政権はウクライナ侵攻に向けた秘密工作で、第5局にウクライナの「政治インテリジェンス」収集と親露派野党勢力へのテコ入れという重要なミッションを与えた。第5局は2022年2月までに、1チーム10~20人の特殊工作員を約200人派遣したという情報もあった。

しかし、明らかにロシアのゼレンスキー政権打倒工作は大失敗に終わり、第5局の起用は裏目に出た。この失敗でベセダ局長は逮捕され、スターリン時代から使われている警戒が厳重なレフォルトボ拘置所で拘束されたという情報もあった。工作員も約150人が解任されたと言われる。ウクライナ国内での秘密工作の任務は第5局からGRUに移されたとも伝えられた。

2014年当時は軍靴・ヘルメットもなかったウクライナ軍

これに対して、ウクライナに対する援助を積み増してきた米国は並々ならぬ決意を示してきた。その裏には、初歩的な問題があった。

2014年にロシア特殊部隊がクリミア半島を奪取し、親露派武装勢力が東部のドネツク、ルハンスク両州を部分的に占拠した際、ウクライナはなすすべもなく、ほとんど抵抗もできなかった。

戦闘経験がなく、数十年間続いた政府の腐敗に加えて、医療器具や軍靴、ヘルメットといった装備さえ持っておらず、ひ弱さが暴露される結果となった。クリミア奪取の際の戦闘で、ウクライナ海軍は約70%の艦船を失った。

このため、米国などは対ウクライナ軍事援助で、レーダー、武装ドローン、暗視ゴーグル、武装ボート、さらに「ジャベリン」対戦車ミサイル、「スティンガー」地対空ミサイルなどが提供された。

さらに、7年以上続いたドンバス地方での親露派武装勢力との戦いで、士気が高まり、戦闘に堪える能力をつけたという。

2021年9月には、NATOの「平和のためのパートナーシップ」演習が行われ、米国が支援し、十数カ国から約6000人の兵士が参加した。

ウクライナ国境を包囲するロシア軍が増強された11月から年末にかけては、約88トンの弾薬、ジャベリン発射台30基、同ミサイル180基が急きょ運び込まれた。さらに150人以上の米軍事顧問団などが常駐してウクライナ軍の訓練に当たった。

米国の対ウクライナ軍事援助額は、米議会調査局(CRS)などによると、2014~22年6月まで73億ドル(現在の為替レートで約1兆1000億円)、ロシア軍侵攻後の2022~24会計年度の援助額1742億ドル(同約26兆円)に上った。

こうした状況から、外交誌『フォーリン・ポリシー』電子版はロシア軍のウクライナ侵攻前、「一方的勝利というより五分五分」と予測。「ロシアが早期勝利を得る戦争にはならない」とのアンドリー・ザゴロドニューク元ウクライナ国防相の見方も伝えていた。

トランプ再登場でプーチンはNATO崩壊に期待

戦争は多くの不幸をもたらす。特に苦しんでいるのはウクライナ国民だ。

2024年現在で、ウクライナ国民の国内難民は800万人、海外難民は820万人に達している。戦争前の総人口は約4500万人だから、約35%の人々が自宅で家族と一緒に暮らすことができない状態だ。

しかし、戦況は総体的に膠着状態に陥っている。

ロシア政府は2022年9月、ドネツク、ルハンスクの東部2州とヘルソン、ザポリージャの南部2州の併合を発表した。ロシア系住民が多いとされるこれらの州だが、形だけロシアに帰属させても、実態は変わらない。

ロシア軍は同月、欧州最大のザポリージャ原子力発電所に対して攻撃し、占領した。国際原子力機関(IAEA)は危険だと警告したが、ロシア側は事実上無視している。

同年10月にウクライナ特殊部隊はクリミア大橋を爆破させた。クリミアから前線へ武器・弾薬や兵站の物資を輸送できなくなると深刻な影響が予測されたが、結果的にみて、戦争全体にそれほどの影響を与えることはなかった。

この戦争はさまざまなことが起きる。2023年6月には、ヘルソン州のダムが決壊して洪水となり、騒がれたが、誰が何のために実行したのか分からないままだ。

2023年夏、ウクライナ軍はロシア軍が占領する南部・東部4州に「反転攻勢」をかけた。
しかし、ロシア軍は多くの地雷を敷設し、前進を阻む塹壕を掘って対抗。逆に米国などからのF16戦闘機などの武器供与が間に合わなかったこともあり、結局反転攻勢は失敗に終わった。

2024年8月にはウクライナ軍は、想定で1万人強の兵員を動員して、ロシア政府のクルスク州を越境攻撃した。この戦争で初めてウクライナ軍がロシア領土を占領した。ウクライナは停戦交渉で「クルスク」を取引材料に使う可能性も指摘されている。しかし、戦況全体にそれほど大きい影響を与えることはなさそうだ。

これに対し、1万人を超す北朝鮮軍エリート部隊がクルスク州に配置された。ロシア領奪還に向けてウクライナ軍と戦うことになり、新たな問題が起きる恐れがある。

任期末が近付くバイデン米政権は2024年11月、ウクライナ軍が射程300キロの「陸軍戦術ミサイルシステム(ATACMS)」をロシア領内に向けて発射することを初めて承認した。さっそく、同月25日にはクルスク州のロシア空軍基地に配備されているS400地対空迎撃ミサイルに対して発射され、命中した。こうした攻撃に対してプーチンは度々「核」の脅しで反応しており、戦闘はなお危険な状況が続いた。

だが、2024年の米大統領選挙でトランプが勝ち、政権に復帰。
符丁を合わせるかのようにロシア軍はウクライナ攻撃を激化させた。

そしてトランプは「1日で解決する」と言っていたウクライナの戦争を「6カ月」に遅らせた。この発言は明らかにロシアの攻撃長期化を示唆してる。

同時にトランプはグリーンランドを領有化し、カナダを「米国の51番目の州」にする要求を始めた。いずれもNATO同盟国が絡んでおり、NATO分断につながる恐れがある動きだ。その場合、NATOのウクライナ支援は大きく後退する。

そうなればプーチンにとっては願ってもないチャンスが到来し、ゼレンスキー政権打倒の可能性が出てくる、と読んでいるかもしれない。情勢激変の行方をしっかり見守る必要がある。

写真/shutterstock

『世界を変えたスパイたち ソ連崩壊とプーチン報復の真相』 (朝日新聞出版)

春名幹男
10年前は軍靴もヘルメットもなかったウクライナ軍善戦の理由…トランプ再選はプーチンにとって「現政権打倒のチャンス到来」か
『世界を変えたスパイたち ソ連崩壊とプーチン報復の真相』 (朝日新聞出版)
2025年2月21日1067円(税込)280ページISBN: 978-4022953025東西冷戦の終結からウクライナ侵攻までの30年余、歴史を揺るがす事件の舞台裏には常に、世界各地に網を張るスパイたちの存在があった。
彼らは、どのような戦略に基づいて数々の工作を仕掛けたのか。
機密文書や証言から、その隠された真相に迫る。
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