
2021年から爆発的に売り上げが伸びている中国でのEV・PHEVの販売台数。2024年には世界全体の市場の約7割を中国で売り上げた。
『ピークアウトする中国「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界』より一部を抜粋、加筆・編集しそのシンプルな理由を解説する。
中国でだけEVがバカ売れしている。
2024年、世界EV・PHEV(純電気自動車・プラグイン・ハイブリッド)市場は約1700万台に達した。このうち約7割が中国で売れているのだ。2023年段階では中国の割合は約6割だった。ますます「中国でだけEVが売れている」構造が強まっている。
それにしても、中国はいつの間にこれほどのEV大国となったのだろうか?
俗に補助金が中国EVを育てたと言われる。なるほど、中国のEV補助金の歴史は長い。2010年からNEV(新エネルギー車。電気自動車、プラグイン・ハイブリッド車、燃料電池車の総称)振興政策がスタートし、車両購買補助金が導入された。
当初は1台あたり80万円程度とかなりの金額だった。
また、2016年ごろからは一部都市でナンバープレート取得優遇措置も導入された。上海市や北京市などの大都市では渋滞対策としてマイカーの購入が制限されている。
北京市ではナンバープレートは抽選制、上海市ではオークション制など都市ごとに違いはあるが、新たに街中に出回る車の数を制限するものだ。上海市のナンバープレート・オークション落札価格は近年、8万元(約160万円)を超えている。EVならこれが無料でもらえるのだからかなりのメリットだ。
長かった中国EV、冬の時代
なるほど、これだけの手厚い補助があればEVが売れるのも当然……というのは勘違いだ。支援政策が始まってから10年、中国のEVはさっぱり売れなかった。もちろんゼロではないが、タクシー会社はEV利用を義務付けられてやむをえず、一般消費者はナンバープレートを手に入れられなくて「仕方なく」買ったというケースがほとんど。
その当時、中国でEVタクシーに乗るたび、運転手に使い勝手について質問したが、航続距離が短い、充電している間は仕事ができない、充電ステーションは故障だらけでその場に行かないと本当に使えるかわからない、とネガティブな話ばかりだった。
誰も欲しがらないのに補助金はたっぷりもらえるといういびつな構造だったので、当然のように詐欺も起きた。2015年ごろ、大規模な購買補助金詐欺が摘発された。EVが売れたといつわって補助金をせしめる、同じ車両を何度も売ったことにして何重にも補助金をもらうという悪質な詐欺が横行していた。
2020年までにEVに拠出された購買補助金は489億ドル(約6兆9000億円)に上る。これだけの金額をぶっこんでもEVが普及する気配はない。これでは、単なる税金の浪費だ。補助金はやめてしまえ。EV企業が潰れるならそれもしかたがない……という声が高まっていった。
中国政府はEV支援を撤回することこそなかったものの、購買補助金の支給額は次第に引き下げており、EV産業全体がもはや風前の灯火とも噂されていた。
象徴的な存在が中国版テスラと言われるニオ(NIO、蔚来汽車)だ。2018年9月にニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場したが、その直後から株価は低迷。巨額の赤字に加え、将来の利益の見通しが立たないと投資家に嫌われた。
20年初頭には倒産の危機に見舞われていたが、安徽省合肥市(あんきしょうごうひし)の政府系投資ファンドからの出資でどうにか生きながらえる。ある中国ベンチャーキャピタルの関係者によると、ニオは日本のベンチャーキャピタルを含め多くの機関投資家に支援を打診したが、ほとんど断られたという。
なぜ? 突然受け入れられたEV
ところが2021年からこの状況が一気に変わる。それまで100万台強で停滞していたEV・PHEV販売台数が爆発的に伸び始めたのだ。
いったい、何が起きたのだろうか。このEV急成長のタイミングはちょうどコロナ禍真っ只中で、私も中国を現地調査することができなかったが、2023年の中国訪問でこの疑問は氷解することになる。
「ガソリン車?買うのはバカでしょ。だってEVのほうが安いもの。燃費(電費)はざっとガソリン車の5分の1ぐらい」
北京市のライドシェア・ドライバーになぜEVを買ったのかと聞くと、こんな答えが返ってきた。
寒い北京の冬では航続距離が落ちるのでは、充電している間は仕事ができないのでは? 自宅充電は安いが外部の充電ステーションは高いのでは?と、EVがほとんど普及していない国・日本で得た耳学問の疑問をぶつけると、
「カタログスペックで500キロ、冬は半分ぐらいになるけどそれでも十分だろう。30分の高速充電でかなり走れるから休憩にはちょうど良い。充電ステーションの正規料金は確かに高いが、地方政府や自動車メーカーの補助があるからガソリンよりは明らかに安い」ときっぱり。
それでもEVは車両価格が高いのではと食い下がると、それも違うらしい。
「グローバルEVアウトルック」(※世界における電動モビリティの最近の動向を特定・評価する国際エネルギー機関 (IEA)の年次刊行物)によると、中国のEV価格は2018年時点では内燃車よりも16%高かったが、その後コストダウンが進み、2022年時点で同クラスの内燃車よりも14%安くなっている。
クラス別に見ると、中型車で29%、SUVで10%内燃車より高いが、価格差はかなり縮まっている。何より驚異的なのは小型車だ。2018年時点では71%割高だったのに対し、2022年時点では37%の割安になっている。
価格低下が続く中、2024年には「油電同価」(ヨウディエントンジャー、内燃車とEVが同価格)、さらには「電比油低」(ディエンビーヨウディエン、内燃車よりEVのほうが安い)が広告コピーに使われるようになっている。
車両価格、燃費、保険、メンテナンス費用などを全部ひっくるめると
しかし、自動車にかかるコストは燃費と車体価格だけでは評価できない。修理費用を考えると、EVにはバッテリーという、製造コストの20~30%に相当する高額な部品があることがネックとなる。
故障や経年劣化での交換は高額だ。劣化によって年々航続距離が落ちていくのはあまり楽しい話ではない。何より中古で売却する時に価格が落ちてしまうのではないかという不安もある。また、修理費の高さから自動車保険も高い。
購入後の費用を見ると、燃料代(電気代)とメンテナンス費用はEVが安く、修理費と自動車保険はEVが高い。付け加えると、残価率(新車と比べた場合の中古車の売却価格比率)ではEVの分が悪い。
俗にバッテリーが劣化するためと言われるが、より高性能な新車がもっと安く売られるようになるので、旧車の価値が落ちるという要因が大きい。
もちろん、人によって車へのこだわりは違うが、「なぜ中国でEVが売れるのか?」という問いの答えは「安いから」という経済合理性で説明がつく。
日本だとエコのために高いEVを買いましょう的な話となっているが、中国はまるで違う。「安くてお得だからEV」という別世界が広がっている。
写真/shutterstock
ピークアウトする中国 「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界
梶谷 懐 (著), 高口 康太 (著)
「2020年新書大賞」にランクイン
『幸福な監視国家・中国』の著者2人による第2作目!
不動産バブルが崩壊し、今世紀最大の分岐点を迎えた中国経済。
このまま衰退へと向かうのか、それとも、持ち前の粘り強さを発揮するのか?
『幸福な監視国家・中国』で知られる気鋭の経済学者とジャーナリストが、ディープすぎる現地ルポと経済学の視点を通し、世界を翻弄する大国の「宿痾」を解き明かす。
◎「はじめに」より
中国経済に関する書籍はしばしば、楽観論もしくは悲観論、どちらかに大きく偏りがちである。
そうした中で本書の特徴は、不動産市場の低迷による需要の落ち込みと、EVをはじめとする新興産業の快進撃と生産過剰という二つの異なる問題を、中国経済が抱えている課題のいわばコインの裏と表としてとらえる点にある。
なぜなら、これら二つの問題はいずれも「供給能力が過剰で、消費需要が不足しがちである」という中国経済の宿痾とも言うべき性質に起因しており、それが異なる形で顕在化したものにほかならないからだ。
「光」と「影」は同じ問題から発しているのだ。