
1952年2月23日生まれの中島みゆき。今なお、多くの人をその高い歌唱力と心に残る歌詞で引きつけるシンガー・ソングライターの彼女は、1975年『アザミ嬢のララバイ』でデビューしてから今年で50年になる。
ボブ・ディランと谷川俊太郎の共通点
1960年代半ば、アメリカでは若い世代の間で、フォークソング・ムーブメントの風が吹き荒れていた。
ベトナム戦争に対しての新しい反戦歌が次々に作られ、ジョーン・バエズ、バフィー・セントメリー、フィル・オクス、トム・パクストンなど、若いフォークシンガーたちが頭角をあらわしていた。
そんな中、ボブ・ディランの『Blowin' in the Wind(風に吹かれて)』は、時代を象徴する曲として圧倒的な支持される。
1963年5月に同曲をリリースしたディランは、同年8月にジョーン・バエズに誘われてワシントン大行進に参加し、特設ステージで『Only a Pawn in Their Game(しがない歩兵)』を歌った。
黒人の公民権運動活動家メドガー・エヴァーズが、家族の見ている自宅前で射殺され、陪審員全員が白人の法廷で、犯人の白人が“無罪”になるという実際の事件があった。
ディランはこの出来事をもとに『しがない歩兵』を作り、その中で犯人もチェスゲームのポーン(歩兵)に過ぎないと歌ったのだ。
当時、公民権運動で歌われていた『We Shall Overcome(勝利を我等に)』も含め、それらの歌は「プロテストソング」と呼ばれた。
『風に吹かれて』のヒットにより、「プロテストソングの旗手」として祀り上げられたディランだったが、「正面を切って歌っても通用しない」といち早く見抜くと、一時期からプロテストソングを歌わなくなった。
政治的なメッセージに対して“正面を切る”という手法を変えたディランだが、日本でも、詩人の谷川俊太郎にはある種の共通点があると言える。
そんな谷川俊太郎が、小室等ら日本のシンガー・ソングライターに与えた影響は計り知れない。
実は、若き日の中島みゆきもその一人だった。
「天狗になって舞い上がっていた自分」
大学の卒論に「谷川俊太郎論」を書いたほど影響を受けていたという当時の中島は、札幌では有名なフォークシンガーとして、「コンテスト荒らし」と呼ばれるほどの存在だった。
1972年5月28日、中島はニッポン放送主催の全国フォーク音楽祭全国大会に、北海道地区代表として出場。
大会の1週間ほど前に、谷川俊太郎の「私が歌う理由」という詩を渡され、それに曲をつけるというのが課題になっていた。その詩を目にした時に、中島は大きな衝撃を受けた。
「天狗になって舞い上がっていた自分が、谷川さんの詩を見た瞬間にガーンとやられたと思いました」
何のために歌っているのか? 歌とは何なのか? ということを、強く自分に問い詰め始めた中島は、最終審査まで勝ち抜いて、プロデビューのチャンスを与えられるも、辞退することとなる。
その後の作風、そして歌手としての運命を決めたのは、この一篇の詩との出会いによるものだった。
その後、大学で教員課程を取っていたため、中島は母校の柏葉高校で教員実習を行う。国語の実習にもかかわらず、壇上に立つと、生徒たちに向かってこんな挨拶をした。
「私は将来、シンガーソングライターになるつもりです。実習に来たのは単位を取るためです」
そして、ギターを取り出して歌い出した。
谷川俊太郎の詩にショックを受け、自らを追い詰めて、一度はデビューを断念したが、プロの歌手になるという情熱は失っていなかった。
そして1975年、ヤマハが主催するポプコン(ポピュラーソングコンテスト)での入賞を経て、念願のレコードデビューを果たしたのだった。
中島みゆきのロック・スピリット
そんな中島みゆきの歌で、歌い出しの1行目の歌詞で驚かされると同時に、心のなかで快哉をあげたことを覚えている。
1979年にリリースされた中島みゆきのアルバム『親愛なる者へ』に収録された、24時間営業の飲食店を舞台にした『狼になりたい』だ。
「夜明け間際の吉野屋では」と始まるこの曲を、初めてNHKのスタジオで聴いたのは、アルバムが発売になる直前だった。
日本にもついに一幕物の舞台劇、それもリアルな現実を描いて歌えるシンガー・ソングライターが登場してきた。そう思ったのだった。
牛丼屋チェーンの店内における情景描写と、居合わせた客の心象風景、そこにある鬱屈や屈折。それらを自分の心のなかで語ったり、あるいは登場人物の代わりにつぶやいたり……そんな言葉の断片が、中島みゆきの歌声で綴られていく。
歌詞のイメージをふくらませる石川鷹彦のアレンジは、包容感と緊張感があって、サウンドも印象に残るものだった。
NHK-FMで月曜から金曜の夜10時台にオンエアしていた『サウンドストリート』という音楽番組でオンエアすると、リスナーからのハガキで「心を撃ち抜かれた」とか、「頭をぶっ叩かれたようです」といった反応が寄せられた。
主人公の心の奥で溜まっていく不満とやるせない気持ち、「みんないいことしてやがるのに」という妬みが募ってくる。そんな気分を抱えたまま抑え込んで、それでも日々の暮らしを続ける人々。
唐突に「ビールはまだかぁ!」という言葉が店内に響く。吐き捨てるようなその怒声からは、中島みゆきのロック・スピリットが感じられる。
一瞬だけ想像のなかで思い浮かべる、希望的な未来。
そんな束の間の明るさもまた、「どこまでも」という言葉を4回も繰り返すうちに、どうしようもないあきらめに覆われていく。
中島みゆきは日常で使われる話し言葉と字数がふぞろいの歌詞で、主人公の内面だけではなく、登場人物一人ひとりの気配まで感じさせて歌っている。
理不尽で酷薄な社会が、そこから否応なく顏をのぞかせてくる。プロテストソング、ボブ・ディラン、谷川俊太郎、中島みゆき。そして現在の若きシンガー・ソングライターたち。
“音楽の繋がり”はこれからも続いていく。
文/佐藤剛 編集/TAP the POP サムネイル/『ここにいるよ【通常盤】』(2020年12月2日発売、株式会社ヤマハミュージックコミュニケーションズ)
<�引用元・参考文献>
『プロテストソング』小室等・谷川俊太郎著(旬報社)