「肉体こそ相手を動揺させる一番強力な武器だ」筋肉アクター“シュワちゃん”が振り返る、ボディビル大会での心理バトル「よぉ、ベイビー、すごいポーズを見せてやるぜ」
「肉体こそ相手を動揺させる一番強力な武器だ」筋肉アクター“シュワちゃん”が振り返る、ボディビル大会での心理バトル「よぉ、ベイビー、すごいポーズを見せてやるぜ」

ボディビルダーとして、ミスター・オリンピア・コンテストで7回優勝したほか、ミスター・ユニバースのタイトルも獲得している俳優・政治家のアーノルド・シュワルツネッガー。自身が書き下ろした筋トレ解説書『王者の筋トレ』では、過去のボディビル大会でのエピソード等もつぶさに記されている。

 

本稿では同著より、シュワルツネッガーが「罠に嵌った」という“心理戦”について、一部抜粋・再構成してお届けする。

スポーツにおける“心理戦”の重要性

いかなるスポーツの大会であっても、必ず心理的要素が存在する。

特にトップレベルの大会でパフォーマンスするとなれば、ずば抜けた自信と集中力が求められるだろう。そのいずれかを揺るがす要素は何であれ、勝利を目指す者にとって大きな脅威となる。

相手に精神的動揺を与えたり、巧妙な心理戦を仕掛けたりするのは、どのスポーツにおいてもよく見られる光景だ。

たとえば、1960年代に行われたボクシングタイトルマッチの一戦に際して、モハメド・アリはヒステリックに叫びながら計量会場に姿を現した。完全に正気を失った様子で、当時ヘビー級王者だったソニー・リストンに揺さぶりをかけたのだ。

また、競泳レースにおいてスタートの号砲が鳴る直前、にわかに自らの水着をわざと見るスイマーもいる。

すると、ライバルの1~2人がつられて自分の水着もきちんと着用されているか確認するため視線を落とすという。その瞬間、号砲が響くというわけだ。つられた選手は集中力が削がれ、ほんのわずかにスタートが遅れるはめになる。

このような行為は決して不正行為ではない。不正行為とは、あくまでルールに違反する行為である。

したがって、相手選手の精神的な弱さにつけこむ行為は不正行為にあたらない。

その点を踏まえれば、チャンピオンを名乗らんとする者は例外なく、自らの競技パフォーマンスに加え、心理コントロールにおいても並外れた能力を備えているべきだろう。

その努力を怠るのであれば、たとえ相手の揺さぶりで調子を狂わされたとしても、文句を言うのは筋違いである。

実力が僅差の場合は、心理的要素が勝敗を決める

選手が心理的動揺を見せた事例のうち最も有名なものの1つに、南アフリカで行われた1975年IFBBミスターユニバースでの出来事がある(映画『パンピング・アイアン』に収録)。

ケン・ウォーラーが優勝することになるのだが、そのケンが大会中、単なるいたずらとしてマイク・カッツのTシャツをどこかに持っていってしまったのだ。

Tシャツが見当たらないからといって競技ができなくなるわけではないが、マイクにとってはプレッシャーに押しつぶされそうな状況の中で対応すべきことが1つ増えたわけである。

映画ではマイクが振り回される様子が大げさに描かれているが、余分な時間と集中力をTシャツ探しに費やすことになったのはたしかだろう。

このようなトップレベルでの争いにおいて、無駄に費やせるものなど1つもないにも関わらず。

実は私も大会で前述のいたずらと似たような戦術を使ったことがある。

それは1980年ミスターオリンピアのステージでのこと。私は隣に立つフランク・ゼーンに対してジョークを飛ばしにかかったのだ。彼はすぐに笑い転げ、ポーズをとるどころではなくなってしまった。

また別の大会では、セルジュ・ヌブレに対してちょっかいを出した。

体が小さすぎるから階級を下げたほうがよい、というある審査員のセルジュ評を繰り返し彼本人に伝えたのである。「そう評価されるのを恐れていたんだ」と彼は答えた。

それ以降セルジュはそのことで頭がいっぱいになり、自分の体がどう見えるか私に尋ね続けた。

さらに自らの体が小さすぎるとの考えから特定のポーズを敬遠し、ポージング中、明らかに集中力を欠くようになった。

セルジュと私のように、選手同士の実力が僅差の場合、心理的要素が勝敗に大きく影響するのである。

セルジオ・オリバの罠に嵌ったシュワルツネッガー

このような揺さぶりをかけられて平気な選手など、まずいないだろう。事実、私も心理戦を仕掛けるばかりではなく、動揺させられる側でもあった。

たとえば1969年、私はセルジオ・オリバの罠にまんまとはまり、心理戦とはいかなるものかを学んだ。

その大会の本番前、セルジオは始終、私の周りをうろついていた。丈の長いブッチャーコートを羽織り、肩をすぼめて、いかにもほっそりした印象を与えながら、である。

その様子を見て、さほど大きくない背部だな、と思ったのを私は今でも覚えている。その後、彼は部屋の隅に行き、オイルを塗り始めた。それでもなお、彼の体に目を引きつけられることはなかった。

が、次の瞬間、私は虚を突かれる。セルジオはステージに向かう途中、ちょうど照明が当たる場所で足を止め、私にこう言った。

「これを見ろよ!」彼の広背筋が広がっていく。

誓ってもいいが、それはかつて見たこともないほどの迫力だった。どうだ、敵わないだろ、セルジオは背中で語っていた。

図星だった。私はすっかり打ちのめされていた。たまらずフランコに目をやると、彼は照明のせいにしようとした。が、そうではないことは明らかだった。

ステージにいる間、セルジオは私のことを何度も「ベイビー」と呼んだ。彼は完全に舞台を支配し、楽しんでいた。「よぉ、ベイビー、すごいポーズを見せてやるぜ」といった調子で。

私には勝ち目がなかったと言えるだろう。だが、ここで留意したいのは、セルジオの肉体が真にすばらしいからこそ、そのような芸当ができたという点だ。

それほどでもない選手に同じようなことをされていたら、私はその選手を笑い者にしていただろう。

そう、肉体こそ相手を動揺させる一番強力な武器なのだ。

一言で言えば格の違い、つまり圧倒的な肉体を持ち、見せ方もわかっていることが最も効果的なのである。

文/アーノルド・シュワルツェネッガー

『王者の筋トレ』(マイナビ出版)

アーノルド・シュワルツェネッガー
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