
プロ野球開幕はすぐそこ。全143試合という長いシーズンを戦うことをみこして、監督は強いチームを作っていく必要がある。
著書『機嫌のいいチームをつくる』の中から一部抜粋・再編集してお届けする。
「1試合」と「1シーズン」を勝つことの違い
私は1998年から2002年まで、5シーズンにわたってメジャーリーグを経験している。ニューヨーク・メッツ、コロラド・ロッキーズ、モントリオール・エクスポズ(当時・現ワシントン・ナショナルズ)と3球団を渡り歩いた。どの球団でも感じたのは、メジャーリーガーが「みんなのために」という協調性を持っていることだった。
アメリカ人は個人主義が強く、自分を最優先で考えるという勝手なイメージを持っていた。分業制も進んでいたため、協調性をもって力を結集するイメージがほとんど湧かなかった。
しかし、その先入観はすぐに覆された。普段はあまり見えないが、目的が決まったときには、結束力を発揮する。
「自分としてはこうしたいけれど、現時点のチームの状況がこうなっているので、いまは
こうしなければならない」
メジャーに行ってすぐは、選手たちがバラバラに見えた。だが、シーズンが進むにつれて優勝の目標が近づくと、見事に結束する。ほかのスポーツを見ても、エゴイスティックな振る舞いに走る選手は評価されない。そういう選手はチームメイトの協力が得られないから、自分のパフォーマンスも伸ばせない。
2022年の夏にピッチングコーディネーターとしてドジャースに留学したときも、ロッカールームにこんなフレーズが大きく貼り出されていた。
「1試合に勝つには、選手だけで勝てる。しかし、チャンピオンになるためには、チーム
みんなで戦わなければならない」
これはおそらく、宗教も関係していると思う。欧米はキリスト教文化なので、聖書に書
かれた「汝の隣人を愛せよ」という考え方が根底にある。それぞれが自分勝手に動いてい
るようでいても、自分のエゴが周りを不幸にしているかどうかを気にする。それが彼らの
道徳を形成している。
日本は、高校生や大学生のころから「チームのために」というスローガンを掲げるチームが多い。だが、それがお題目になっていて、そこにフォーカスされていない。実際はチームのためにと上から押しつけられているだけで、選手自身がそれについて真剣に考えていないのだ。選手がプロに入る前のこうした環境が、協調性が身についていないことと関係しているのかもしれない。
主体的になることは、ある意味でエゴイスティックになることだ。
パワハラは許されないが、厳しく取り締まる弊害で…
選手をよく観察すると、どちらかに偏っている場合が多い。自分の頭で考えず、協調性ばかり意識して周囲に流されている人、つまり烏合の衆になってしまい、みんながこうやるから自分もこうすると考える人だ。もう一方は、エゴイスティックに走って協調性をまったく考えない人である。その両極端に偏り、うまくバランスが取れていないように見える。この点をどうバランスを取らせるかが、監督の手腕になる。
2023年、プロ野球チームでパワハラのニュースがあった。ハラスメントは、絶対にあってはならない。それは大前提だ。
そのうえで言うと、パワハラは受け取る側の受け取り方によって変わるという難しい問題をはらんでいる。
チームには、監督、コーチ、選手のパワーバランスがある。監督がすべての意思決定権を持つため、社会的パワーはもっとも強い。コーチがそれに準じ、選手は年齢が若いこともあって、最下層に位置する。しかも、選手のなかにも先輩、後輩というパワーバランスがある。どの世界でも、社会人として直面するさまざまなパワーバランスがある。
そうしたパワーバランスの上下を、私はできるだけ外したいとは思っている。しかしながら、パワーバランスがまったく消え、完全にフラットな組織になってしまうと、多くのことがうまくいかない「いびつな」チームになってしまうのではないだろうか。
つまり、チームに必要な協調性のなかで、上下関係のバランスも無視できない。なぜなら、選手の集中力にも影響を及ぼすからだ。それは、パワーバランスによる恐怖心や抑圧ではなく、適度な緊張感である。
私が学生のころは、上下関係が厳しいことが当たり前だった。顧問の先生と選手、先輩と後輩。しかし、最近の若者はその意識が希薄になっている。パワハラに厳しい目が向けられるようになったことで、指導者が昔のような厳しい指導ができなくなったことが原因だ。先輩が後輩に強く指導することも、問題視される。
もちろん、パワハラは許されない。体罰や言葉の暴力を認めろと言っているわけでもない。正しく厳しい指導のなかには、個の強化はもちろん、チームスポーツの協調性や結束力の要素が含まれているということだ。それが徹底されなくなり、協調性を持てず、自由をはき違える若者が多くなっているのは否定できない。
イチローの金言
メジャーリーグを引退後、全国の高校を回って指導をしているイチロー氏も、その問題意識を強く持っているようだ。2023年11月4日、5日の2日間にわたって、北海道の旭川東高校で行われた選手指導のなかで、イチロー氏は高校生に向けてこんなメッセージを贈っている。少し長くなるが、当時の新聞記事(スポニチアネックス 2023年11月6日)から引用する。
「今の時代、指導する側が厳しくできなくなって。何年くらいなるかな。僕が初めて高校野球の指導にいったのが2020年の秋、智弁和歌山だね。このとき既に智弁和歌山の中谷監督もそんなこと言ってた。なかなか難しい、厳しくするのはと」
「これは酷なことなのよ。高校生たちに自分たちに厳しくして自分たちでうまくなれって、酷なことなんだけど、でも今そうなっちゃっているからね。迷ったときに、この人ならどう考えるんだろって存在は、そんな自分で整理してこれが正解だと思うっていけないですよ、なかなか」
「自分たちを尊重してくれるのはありがたいけど、分からないこともいっぱいあるからもう少しほしいんだけどってない? あるよね? これは高校野球というよりも大きな、もうちょっと大きな話になっちゃうね」
「でも自分たちで厳しくするしかないんですよ。ある時代まではね、遊んでいても勝手に監督・コーチが厳しいから全然できないやつがあるところまでは上がってこられた。やんなきゃしょうがなくなるからね。でも、今は全然できない子は上げてもらえないから。上がってこられなくなっちゃう。それ自分でやらなきゃ。
イチロー氏のメッセージは、直接的には高校生に自律を促すものだった。一方で、チームのあり方に踏み込むメッセージも贈っている。
「本当はこれ言いたいけどやめとこうかなってあるでしょ。でも、信頼関係が築けていたらできる。おまえそれ違うだろって。いいことはもちろん褒める。でも、そうじゃない。言わなきゃいけないことは同級生・先輩・後輩あるけど……1年から2年に言ったっていいよ今は、大丈夫。そういう関係が築けたらチームや組織は絶対強くなりますよ。でもそれを遠慮して、みんなとうまく仲良くやる、ではいずれ壁が来ると思う」
監督やコーチ、先輩が選手に与える恐怖心は、短期間に限って言えば一定の効果が見込まれる。だから、クライマックスシリーズや日本シリーズなどの短期決戦では、奥の手として使う監督もいるかもしれない。
しかし、選手のモチベーションを考慮すると、長い期間は続けられない。長期にわたるチームづくりをするうえでは、それは目指すところではない。
恐怖心ではなく緊張感。その意味に限ってだけ、パワーバランスがあってもいいのではないか。イチロー氏が示唆したのも、緊張感を持った個が集まることで、チームに計り知れない好影響がもたらされるという意味合いだと私は解釈した。
『機嫌のいいチームをつくる』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
吉井理人
侍ジャパン前監督・栗山英樹氏推薦!
「実績と学び続ける姿
これほど相反するものはないと思うが、
見事に実行し続ける姿こそ、選手誰もが慕い、敬する要因。
私が絶対的に信用した理由がここに記されているのだ!」
栗山英樹
心理的安全性が一人ひとりの可能性を引き出す
WBCで投手コーチとして侍ジャパンと共闘し、
千葉ロッテマリーンズで監督として就任初年度で前年5位のチームを2位にまで引き上げた
吉井理人監督による「自ら伸びる強い組織=機嫌のいいチーム」の秘訣とは?
「本書では、選手が主体的に「勝手に」成長していくための環境を整え、すべての関係者がチームの勝利に貢献できる心理的安全性の高い「機嫌のいいチーム」をつくることの重要性を説く。そうしたチームこそが「強い」のであり、リーダーにはそのための力量が求められるのである。
就任1年目だった2023年に、監督とは何かを考え、実践し、失敗し、学び、さらに考えるという果てしないループから体得した監督としてのあり方を、とくにビジネスパーソンに向けて伝えたい。プロ野球の世界とビジネスの世界。一見すると違いが大きいようで、組織をまとめるリーダーのあり方については、実は多くの共通点がある。
采配という「意思決定」、コミュニケーションを通じて「心理的安全性」を担保すること、データを駆使しつつ時には「経験と勘」で決断すること......。本書で論じる内容は、きっとマネジメント層やリーダーの指南書としても参考になるはずだ。」(「プロローグ」より)
▼偶然のコミュニケーションを創出する
▼恐怖心より、適度な緊張感
▼理想の監督像は「目立たない」
こんな方におすすめ!
・責任感があり、リーダーとして役目を果たしたいビジネスパーソン
・野球が好きで、強いチームづくりに興味がある人
・教師やコーチなど誰かを教える、教育する立場にある人
<目次>
プロローグ まさかの監督就任
第1章 監督としての「心得」を定める
選手に主体性を持たせる
恐怖心より適度な緊張感
キャプテン不在のリーダーシップ
すべての責任を引き受ける
勝つことにどん欲になる
あらゆる情報をオープンにする
勝利へのプロセスを考え抜く
栗山英樹監督から得た「軸」の置き方
臆さずに意見を言える環境を整える
第2章 チームの「土台」をつくる
コミュニケーションをチームの土台にする
全体ミーティングという名の化学反応
偶然のコミュニケーションを創出する
話す内容を吟味する
相手の個性に響くコミュニケーションとは
① ベテランとのコミュニケーション
② 若手や協調性が低い選手とのコミュニケーション
③ 専門スタッフとのコミュニケーション
④ コーチとのコミュニケーション
⑤ 不満を抱えている選手とのコミュニケーション
勝つために必要な「演技」
① 表情をつくる
② 怒る
③ 演じる
④ 伝える
⑤ 通達する
第3章 勝利を狙いつつ「育成」を推進する
勝利と育成は車の両輪
現場のコーチを生かす
的確な目標を引き出す「質問」「観察」「代行」
監督の顔色を見て行動するコーチはいらない
選手を自立させるコーチであれ
期待値と実績のギャップを埋める
コーチを分業制にして能力を際立たせる
「ひとりで考える時間」を確保する
第4章 「心理的安全性」を確立しチーム力を高める
勝てる組織に欠かせない「チーム力」とは
変えるべき文化、残すべき文化
安心して戦えるチームをつくる
チーム力を飛躍させる「打ち手」
チーム力を高めるコミュニケーション術
① 個別に呼んで話をする
② 雑談
③ 振り返り
④ 選手を鼓舞するミーティング
⑤ 全体ミーティング
第5章 チームを「勝利」に導く
チームが目指す究極のゴールとは
緻密な戦略・戦術が勝負を分ける
データと勘を融合させる
データを読み解き勝利を掴む
準備に優先順位をつける
選手の心に火をつける言葉
監督の意思決定とコミュニケーション戦略
エピローグ 機嫌のいいチームをつくる