
49年の逃亡の末、昨年1月に亡くなった「東アジア反日武装戦線」のメンバー、桐島聡を主人公にした映画『逃走』が3月に公開される。
同作の足立正生監督は、1960年代後半に若松孝二や大島渚らと共に多くの意欲的映画を製作したのち、1974年に重信房子率いる日本赤軍にレバノンで合流し、1997年に現地で逮捕。
昨年7月には完成していた
足立は現在85歳だが、山上徹也の映画は事件から2ヶ月半で上映にこぎつけるという驚異のスピード感だった。
「『逃走』も昨年の7月には編集が終わっていたから、本当はもっと早く上映したかったんです。ただ、(映画監督の高橋)伴明も桐島の映画を作るって聞いたから、じゃあ、合わせようかとタイミングを見ていたら、公開がこの時期になっちゃった(高橋監督の映画『桐島です』は7月公開)。
桐島死亡のニュースを聞いたときは、別の企画を進めていたんだけど、“足立さん、桐島どうしますか”って聞かれたから、“じゃあ、やろう”って、すぐにこちらの企画を動き出した。それを知った公安からは、すぐに連絡がありましたよ(笑)」(足立正生、以下同)
桐島役で主演をつとめるのは、古舘寛治。演技力の定評もさることながら、かねて政治的な発信をSNSでしてきた俳優だ。
音楽は『あまちゃん』『花束みたいな恋をした』でも知られる大友良英。本作のオープニングでは1970年代を想起させるフリージャズが流れる。
「大友さんはもともと(音楽家)ジム・オルークからの紹介で、何作も劇伴を書いてもらってます。
古舘さんは表情が少ない役柄でも、ちゃんと内面を出せる演技のできる人。このセリフはいる? いらない? を現場で論議しながら、彼が納得してくれるように進めていました。
私は自分が言いたいことをそのままセリフにするので、脚本家としてはデタラメな奴なんですが、古舘さんが直したいと言えば、いくらでも受け入れる余地はある。
桐島聡が引き受けたもの
全国指名手配犯として日本中に顔写真のポスターが貼られ、約半世紀のあいだ潜伏生活を続けていた桐島聡という人物を、足立監督はどう捉えているのだろう。
「49年間、あの笑顔のポスターがずっと貼られていたわけですからね。保険証を作れないから、歯がボロボロになっても、飲んで内臓が壊れても病院にも行けない、そういうことも含めて、引き受ける生き方を選んだんでしょうね。
彼はメンバーの中でも若かったから、パシリみたいに扱われていたんですよ。大学を追い出されて仲間と(東京・)山谷に行くんだけど、みんなのように日雇い労働しながらパチンコやったりせず、ただ勉強していた。いずれバンドをやりたいだけの若者だったから、政治的にも思想的にも鍛えられていなかったんですよ。
それで彼は革命を起こすのではなく、革命を成功させるためのキャンペーン──政治的思想を広めるよりも行動することを自分に課すんですね。これが他の活動家とは違った点です」
ラストで描かれる、公安警察からの勝利
企業爆破ののち逃亡した桐島は工事現場で職を得る。はじめは普通の生活を送れることに安堵していたが、やがてこのまま逃亡生活を続けていいのかという葛藤に苦しむようになり、もう1人の自分と問答を始める。
「誰にも知られず死んだらまだ逃走を続けていることになったのに、なぜ死期の直前にわざわざ本名を名乗り出たのか? 一つは、彼は大道寺(将司/東アジア反日武装戦線のリーダー格。獄中で死亡)みたいに獄中で詩を詠むような表現者じゃなかったから、死に際に今まで闘ったことを表現したかったんだと思う。
自分は革命家ではないけど、パクられたり死んだりした同胞を引き受けて闘ったことを、“本名を名乗り出て死にやがって、馬鹿”って言われても、表現せずにはいられなかったんだろうな」
タイトルの『逃走』は桐島の「闘争」とのダブルミーニングなのだろうか?
「それもあるけど、そうは言いたくないんです。
彼の生き様はラプソディなんだけど、そんなかっこいいものじゃなくて、本当は逃げたくないんだけど、細々と東京の片隅で生きることが、みんなの無念と敗北を引き受けて闘うことになる、そこへ主軸を持っていきたかった」
映画のラスト近く、病棟で自分の本名を明かし、亡くなったのち、この映画はハッピーエンドのような祝祭をまとって終わる。
「公安警察に勝ったわけでしょ? 最後は特捜の親分に“俺はあんたから逃げ切ってやったぜ”って言うだけで終わってるけど、横たわっている口が“ざまあみろ”って動いてるんです。そのセリフは声にするのでなく、彼自身が闘いを全うしたっていうだけの見え方にしたかった。
どこまで正しい数字かわかりませんが、日本赤軍とか東アジア(反日武装戦線)の人たちではなく、表に出ていない、警察しか知らない案件で逃げて暮らしている桐島世代の人たちが、日本で約1万人近くいるらしいんですよ。
その半分ぐらいはたぶん本名では生活していない、桐島と同じだよね。桐島はそういう人たちの1人でしかないわけで、僕はね、逃げられる人は逃げたらいいと思います(笑)」
ちなみに次回作の構想は「オレオレ詐欺」だとという。老いてなお、人騒がせな監督である。
取材・文/高田秀之 撮影/杉山慶伍
〈作品詳細〉
『逃走』監督・脚本:足立正生
出演:古舘寛治 杉田雷麟 中村映里子
企画:足立組
エグゼクティブプロデューサー:平野悠 統括プロデュ―サー:小林三四郎
アソシエイトプロデュ―サー:加藤梅造 ラインプロデューサー:藤原恵美子
音楽:大友良英
撮影監督:山崎裕 録音:大竹修二 美術:黒川通利
スタイリスト:網野正和 ヘアメイク:清水美穂
編集:蛭田智子 スチール:西垣内牧子 題字:赤松陽構造 キャスティング:新井康太
挿入曲:「DANCING古事記」(山下洋輔トリオ)
【2025年|日本|DCP|5.1ch|110分】(英題:ESCAPE)©「逃走」制作プロジェクト2025
配給・制作:太秦 製作:LOFT CINEMA 太秦 足立組
公式:kirishima-tousou.com