
山田孝之が伝説のAV監督・村西とおるを体当たりで熱演し、世界各国で話題となったNetflix作品『全裸監督』。その原作『全裸監督 村西とおる伝』(新潮文庫)を書いたのが、ノンフィクションライターで作家の本橋信宏さんだ。
「歴史の生き証人」が明かすみのもんたさんの若き頃
昭和後期から平成にかけての熱量に溢れ混沌とした時代を、当事者として記者として見つめ続けてきた本橋さん。
取材をきっかけに、裏本の制作・流通グループの会長で、のちのAV監督・村西とおる氏と知り合うと、すぐに気に入られ、ビジネスパートナーとなった。
そこでまず任されたのが、村西氏が実質的経営者だった出版社が創刊を決めた、写真誌の編集長だった。
「1983年のことです。当時は写真週刊誌の『FOCUS』(新潮社・2001年休刊)が毎週200万部近く売れていて、それを当て込んで、村西さんが創刊したんです。
編集長を任され、粋のいい若手をかき集め、創刊したのですが、人件費で赤字がかさんでしまって。
おまけに会社の収入源である裏本が摘発されたり、村西さんが逮捕されたりと、踏んだり蹴ったりな状態が続き、結局創刊からわずか10号で廃刊になってしまいました。
それでも、デビュー前の中森明菜の初々しい写真とか、人気GSザ・タイガースのドラマーで人気絶頂期に引退して消えてしまった瞳みのる(ピー)の近影とか、迷宮入り事件とかスクープはいくつもありましたよ」(本橋さん、以下同)
しばらく隠遁した後、フリーライターに戻った本橋さん。
アンダーグランドな世界を追ってみようと、当時、債務者への暴力的な取り立てで問題になった消費者金融、杉山グループの故・杉山治夫会長を直撃した。
「杉山さんは借金返済のために、債権者に臓器売買を提案したりしていました。
また、ワイドショーの取材中に、取り立てた紙幣をばらまいたり、取材者に激昂して杖を振り回したりするなど過激な面がよく取り上げられていて。
でも会うと、苦労人だったからか、サービス精神旺盛なんですよ。
その後1990年代になって、テリー(伊藤)さんが『浅草橋ヤング洋品店』(テレビ東京系)に出演させるんですけど、コンプライアンス的にまずかったらしくて1回きりで終わってしまった。でもいまは亡き消しゴム版画家のナンシー関が、いままで観た番組で最高だったと激賞してましたけど」
その後、杉山会長は2002年に詐欺罪で逮捕され、服役中にがんが発覚。2009年、そのまま獄中死したという。
「あなたの娘さんを殺した犯人なんです。どう思われますか」
同じころ、かつて世間を騒がせた殺人事件に再び脚光が当たったことがあった。
「1976年に愛人を殺害した罪で服役していた歌手の克美しげるが、1983年に出所したんですね。
克美さんは報道陣の前で被害者の父親に公開謝罪。共に記者会見を行った。
「記者やレポーターが『お父さん、あなたの横にいるのは、あなたの娘さんを殺した犯人ですよ。どう思われますか』と質問するんです。
今年はフジテレビの記者会見が話題になりましたし、ネットの過激な炎上が問題視されていますけど、昔はテレビの中でそれが行われていた。
克美氏はその後、再婚、2013年に脳出血により死去した。
巨乳ブームが到来
時は経ち、フリーライターとしての仕事も増え始めた本橋さん。その間も、村西監督につかず離れず、併走していた。
「村西さんが1984年にAVメーカー『クリスタル映像』の監督になると、黎明期のAVを取材すべく、現場に潜入したり、同時期にデビューしたAV女優たちのインタビューをおこないました。
AV専門誌『ビデオ・ザ・ワールド』(コアマガジン)の巻頭インタビュー(1987年~2008年)、22年間続きました。20代だった彼女たちも還暦越えです。いま、どうしてるんでしょう。
1988年、村西監督がクリスタル映像から独立してダイヤモンド映像を設立すると、AV制作だけでなく、スポーツや芸能人のイメージビデオを作る部署『パワースポーツ』というレーベルもできたんですね。
そこの制作部門でキャスティングプロデューサーを任されていたのが、イエローキャブを設立して間もない野田義治さんでした。
イエローキャブは堀江しのぶというタレントがいたのですが、彼女にスキルス性の胃がんが発覚して、高額な医療費がかかるため、野田さんはその補填のために村西さんを手伝うことになったんです」
村西監督は理由も聞かず、プロデュース料として毎回コンビニ袋に数百万円を無造作に放り込み、野田さんに手渡していたという。
「ダイヤモンド映像は1989年に、松坂季実子という胸の大きな女性を専属女優としてデビューさせました。作品発売日を大々的に宣伝したり、松坂を積極的にメディアに登場させたことにより、巨乳ブームが到来した。
巨乳マイスター野田義治氏は、他所のプロダクションの新人でも、胸の形が整っていないと、見ていられなくなるのか、勝手にブラをいじり、たちまち巨乳・美乳に変えてしまう。
堀江しのぶさんは結局亡くなってしまったのですが、野田さんは、村西監督への恩義を忘れず、村西監督がダイヤモンド映像を倒産させ借金を背負ったときでも、メディアで『自分がいまあるのは村西監督のおかげ』と公言していました」
「世の中を書き留めていきたい」
数々の怪人たちと仕事で関わってきた本橋さんだが、その原点となる村西氏の現在についてこう語る。
「村西監督のスタッフたちは、”サンドバッグ軍団”と呼ばれていました。社屋に寝泊まり、働きずくめ、時には男優に早変わり(笑)。
普段は沙羅樹、藤小雪といった専属女優たちの作った料理を食べていました。Netflixの『全裸監督』でも食事シーンが出てきます。
村西監督とは今でも交流はありますよ。『全裸監督』が世界配信されたことで、日本国内のみならず世界各国から取材を受けています。
前科7犯、借金50億、アメリカ司法当局から370年求刑されるという極めて希有な半生を送りましたが、さまざまな苦難を乗り越えたことと、現在マネジメントをしている女性マネージャーが優秀ということもあって、かつての暴君もだいぶ穏やかな顔つきになりました(笑)」
男性の欲望を満たすものが街に堂々と溢れ、女性は肉体を誇示し、札束が乱れ飛ぶ……そんな、昭和後期からバブル期の狂乱の時代を傍観し続け、したためてきた本橋さん。取材中、意外なことに、「あのころはよかった」という言葉が、一度も出てこなかった。
「シャイで人見知りだった男が、俗悪で過激な世界に飛び込んだり、初対面の女子大生に突っ込んだ質問をしたり、AV女優に試行錯誤しながらインタビューしたり。
普段は無口で無愛想な役者でも、いざ台本の役柄を演じると、別人のように変身するようなものですね。コンプレックスがバネになって行動の原点になっている。
Netflix『全裸監督』で柄本時生が演じた助監督のモデルとされるのが、AV監督の日比野正明なんですが、夜の街でキャバクラに通い詰め、半年間で300万円注ぎ込んでも、手しか握れなかった、という純なところがある(笑)。
私もキャバクラに行きながら、実は下戸だったという(笑)。これからも、自分をさらけ出して、世の中を書き留めていきたいと思っています」
「全裸監督」の傍らには、「全裸記者」がいたのだ。
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PROFILLE●本橋信宏(もとはし・のぶひろ)作家、ノンフィクションライター。
1956年埼玉県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。フリーランス記者、写真隔週誌編集長を経て、現在は、忘れ去られた英雄、集合写真で「1人おいて」とキャプションにある人物を追う。2016年刊行『全裸監督 村西とおる伝』(太田出版/新潮文庫)は2019年、2021年にNetflixで世界190ヶ国に配信され、大ヒットを記録する。他に、『裏本時代』『AV時代』『フルーツの夜』(幻冬舎アウトロー文庫)、『新・AV時代 全裸監督後の世界』(文春文庫)、『ベストセラー伝説』(新潮新書)、『新・巨乳バカ一代 野田義治の手腕と男気』(河出書房新社)、『出禁の男 テリー伊藤伝』『僕とジャニーズ』(イースト・プレス)、『アンダーグラウンド・ビートルズ』(共著・藤本国彦/毎日新聞出版)、『東京裏23区』『東京降りたことのない駅』(大洋図書)、『ハーフの子供たち」(角川新書)、『風俗体験ルポ やってみたらこうだった』『東京最後の異界鶯谷』(宝島SUGOI文庫)、「新橋アンダーグランド」「高田馬場アンダーグラウンド」「歌舞伎町アンダーグラウンド」(駒草出版)、『東京の異界渋谷円山町』『上野アンダーグラウンド』(新潮文庫)など多数。最新刊は『全裸編集部 青春戦記1980』(双葉社)。
取材・文/木原みぎわ