
大阪・関西万博2025が4月からいよいよ始まる。その実態は会場建設費が2度も上ぶれし、パビリオンの建設が遅れるなど、問題が噴出し続けた。
『ルポ 大阪 関西万博の深層 迷走する維新政治』より一部抜粋・再構成してお届けする。
大屋根リング構想
2025年日本国際博覧会基本計画。
事務総長の石毛博行が率いる万博協会が2020年12月25日、公表した。会場のデザインやパビリオンの配置、イベント、来場者の輸送など万博全体について網羅した計画だ。
このなかでは、万博の支出と収入の資金計画を示した。支出は大きく分けて二つ。一つが運営費で、809億円を見込んだ。スタッフの人件費、イベントの運営、会場の清掃などにあてる。入場券の売り上げで702億円、その他の収入(パビリオンの賃料やグッズ販売)で107億円をまかなうとした。
もう一つの支出が、会場建設費の1850億円。当初の1250億円から1・5倍(600億円増)にした。これが1度目の上ぶれだった。
増えた600億円の内訳は、暑さ対策などに約320億円、飲食店や物販施設などの整備に約110億円。そして、通路上の屋根の整備で約170億円とした。
屋根はもともとつくる考えがあり、1250億円のうち約180億円を見込んでいた。さらに約170億円を積んで設計を変え、計約350億円の屋根をつくることになった。
これが後に波紋を呼ぶ「大屋根リング」への設計変更だった。
この時は「えいや」の大ざっぱな計算ではなく、それぞれの施設にかかる金額を積み上げて算出した。
万博担当相の井上信治は基本計画の公表に先立って11日、大阪府知事の吉村洋文、大阪市長の松井一郎と市役所で会った。
井上は「可能な限り経費は削減する」と話した。増えた分の負担についても、国、府市、経済界で3等分にしたい考えを伝えた。
吉村はこう応じた。
「万博成功のためと理解しているが、(建設費)増加の話はこれで最後にしてほしい」
それから13日後。府市は基本計画に同意した。
松井は記者団に、強調した。
「万博を成功させるための投資。必要経費だ」
一方、府市の議会は前後して、政府に意見書を出した。再び上ぶれする事態になれば3等分のルールにこだわらず、「国が責任をもって対応すること」とし、増えたら国がすべて負担すべきだと求めた。
過激なコンセプト
「これって誰が喜ぶの?」
「発想がハコモノ的だ。(高速通信の)『5G』で競う新たなデジタル時代に、誰が上ったり歩いたりするかも分からない不確かなものにそんな金を出すのか」
「この(未来志向の)万博で、海や空を見るために(大屋根リングを)つくるのかと思うと、何とも不思議だ」
大屋根リングの建設計画が2020年12月に明るみに出ると、関西の経済界からは疑問や批判の声が上がった。
考案したのは、建築家の藤本壮介だ。
1971年、北海道生まれ。東京大学工学部を卒業して、建築家になった。
2000年に建築設計事務所を東京で立ち上げ、その後はパリにもオフィスを構えた。フランス・モンペリエ国際設計競技最優秀賞(ラルブル・ブラン)を受賞するなど、世界でも知られた建築家だ。
日本では「マルホンまきあーとテラス」(宮城県)、「白井屋ホテル」(群馬県)、「武蔵野美術大学美術館・図書館」(東京都)などを手がけた。
藤本によると、19年冬から20年春にかけて、建築家の視点から万博協会の関係者と意見を交わす機会があったという。
「最初は万博に対して懐疑的というか、全く意識もしていなくて、『今の時代に万博をやる意味はあるのかな?』と思っていた。納得したうえで引き受けたかったので、いろいろと本を買って、万博の経緯や課題を勉強した。
僕の中では1970年の大阪万博のような最先端、未来を見せてくれる『見本市』としての万博では、もはやないんだろうと。当然、今回もいろんな新技術が見られると思うが、アップルなど各企業が個別に新たな技術を発表する時代なので、そこが主役の状況じゃないよな、と」
「ただ、当時は米国のトランプ大統領が世の中を騒がせて、『分断』が叫ばれていた。そんな時代に世界の約8割の国・地域が万博という小さな1カ所に集まり、半年間も一緒に過ごすのはすごいし、クレージーで過激なコンセプトだなと。
(170年超の歴史がある)万博は1周回って、そのフォーマット自体にすごくポテンシャルがありそうだと感じた。建築家としても『世界が集まる場所をつくる』という以上にやりがいのあるプロジェクトはなかなかないと思った」
「東京五輪もそうだったし、万博も批判はあるだろうなとは思っていた。しかし自分は建築家なので、たとえ批判されてもつくり上げる側に回る方が、自分にとって納得感はあるんじゃないかと思い、引き受けた」
藤本は朝日新聞の取材(2024年7月)で、そう振り返った。
空にはかなわない
大屋根リングは、突然思いついたわけではないという。藤本は、さまざまな考えをめぐらせていた。
入場ゲートから流れてきた人が会場を回る導線はどう考えれば良いだろうか。来場者がまっすぐ進むと一部に集中しすぎるので、丸く回るのがスムーズだろう。
2020年夏に夢洲へ行ったのが一つのきっかけとなり、丸い大屋根リングをつくる方向で考えが落ち着いたという。
「天気がよくて、雲が美しかった。めちゃめちゃきれいな空を見た時に、『建築はこの空にはかなわないな』と思った。それならば、(下から見上げることで)空を切り取れるようなリングをつくり、たくさんの国の人たちみんなで空を見上げるストーリーがいいなと」なぜ、大屋根リングを木造にしたのか。
藤本によると、欧州や米国など世界的に木造の大規模建築が注目されているという。
「リングを世界にアナウンスするなら、木造以外はないと思った。樹齢30年ぐらいまでの木は多くの二酸化炭素を吸い、それ以上に年をとると、あまり吸わなくなる。樹齢30年ぐらいで切って、また植林するサイクルができれば、二酸化炭素も吸ってくれるし、建材も半ば自然に供給される」
「(木は)『未来の建材』とも言われるが、日本ではそんな肌感覚はないだろう。1000年以上の木造の伝統がある日本で、大規模な木造建築が普及しないのはもったいなさすぎると思っていたところ、万博の話があった」
ただ当初は、大屋根リングのような大規模の木造建築を日本でつくれるかは見通せなかったという。木材を加工して、大屋根リングに使う大きさの集成材をつくれる工場が多くないためだ。
コストの問題もあるので、鉄骨で同じ規模の大屋根リングをつくった場合の値段を積算してもらった。それを超えない値段で、木造でつくれるなら、木造にしようという方針を万博協会と話し合って決めたという。
どこにお金をかけるかが大事
「(鉄骨の値段を)超えるならやっぱり、説明ができないなと。たしかに金額だけを見ると結構あるが、あの規模の建築で坪単価が約130万円は、専門家からすると安いと思っている。あの大きさや性能で344億円。いまの物価上昇の中でゼネコンさんが工夫をしてくれて、額を抑えてくれた」
「何の印象も残らない万博にならないよう、どこにお金をかけるかが大事だ。(会場建設の)ほかのところへの予算配分を少しずつ抑え、リングにどのぐらいお金をかけるか考えた。リングは日よけの屋根でもあるが、上にのぼれるし、ランドマークにもなる。
『大阪の万博と言えばこれだ』とわかりやすく伝わる。単に機能的な建物というだけでなく、どれだけ世界に伝わるかも含めた額としては、決して高くないと思っている」
藤本は大屋根リングの上で盆踊り大会などを開き、「世界のつながりを体感できる特別な場所になれば」と考えている。
写真/shutterstock
『ルポ 大阪 関西万博の深層 迷走する維新政治』(朝日新聞出版)
朝日新聞取材班
大阪・関西万博が2025年4月、ついに開幕する。各国パビリオンでの展示のほか、有名歌手のコンサート、大相撲、花火大会などさまざまな催しがあり、お祭りムードが醸成されるだろう。
しかし、本当にそれでいいのだろうか。
巨額の公費をつぎ込んだからには、成果は厳しく問われるべきだ。朝日新聞取材班が万博の深層に迫った渾身のルポ。
◆目次◆
第1章 維新混迷
第2章 膨らみ続けた経費
第3章 海外パビリオン騒動
第4章 夢洲が招いた危機
第5章 万博への直言