ミュージシャン・小袋成彬…日雇いでマンションの解体工からメジャーデビューもロンドンに移住したワケ 「やる気が出ないのは環境が原因」
ミュージシャン・小袋成彬…日雇いでマンションの解体工からメジャーデビューもロンドンに移住したワケ 「やる気が出ないのは環境が原因」

2018年、宇多田ヒカルのプロデュースでメジャーデビューを果たしたミュージシャンの小袋成彬。世間から注目を集める中、イギリスへ単身移住し5年が経った。

そんな5年の日々をつづったエッセイ『消息』が発売。
本書には社会や生き方についての深い洞察が込められている。彼はどのようにして今の地点へとたどり着いたのか。〈前後編の前編〉
 

ニルヴァーナを聴きながら、日雇いでマンションを解体した日々

──新刊『消息』は「自己紹介」というタイトルのエッセイから始まりますが、音楽活動についてはほとんど触れずに、日雇いで解体工事をしていたとか、ゴミ収集車に乗っていたとか、華やかなパブリックイメージと違うことが書かれていて驚きました。

小袋成彬(以下同) 確かに音楽のことを書いてもよかったですね。エッセイは音楽で出しきれなかったことを書きたかったので、自然とこうなったのかな。

音楽では食っていけない時期でも、楽しかった。ニルヴァーナを聴きながらマンションを壊すのは快感。治安が悪くて、現場で財布を盗まれたこともあったんですが。

──こうした生活に行き着く前には就活もしていて、「内定がもらえなくて焦ってた」とも書いてます。もし、内定していたら音楽はやめていたと思いますか?

本では具体名こそ伏せましたけど、俺はマガジンハウスの最終面接までいったんです。もし受かってたら、今ごろ一生懸命「BRUTUS」を作ってたかもしれない(笑)。

当時は、大学を卒業したら「社会人」になり、毎日働いて結婚して郊外に家を買って……みたいなレール上にある人生を「いいもの」だと思い込んでいました。

音楽活動は学生時代からしてましたけど、就活が終わって逃げるように実家を出ました。

俺は「やる気がでないのは環境が原因」だと思っていて、このままいくとダメな方向にしかいかない気がしたんです。あと単純に一人暮らしもしてみたかった。

──住んだ先は茗荷谷にある曹洞宗のお寺。どうやって見つけたんですか?

バイト先の先輩がそのお寺の宿舎に住んでる坊主だったので、彼から「1年後に取り壊しが決まってるけれど、それでもいいなら住んでいいよ」と紹介してもらいました。その先輩は坊主でありながら、ダンスもやっていて、マッシブ・アタック(イギリスの音楽ユニット)を愛聴してるようなかっこいい人だったんですよ。

そんな風に、水道とガスが止まった5畳ほどのスペースで、自主レーベル「Tokyo Recordings」を立ち上げて、バイトと音楽制作に明け暮れてました。

デニーズで受け取った電話「宇多田さんとレコーディングしませんか」

──その後に、デザイン会社で働きながら、自主レーベルで裏方として楽曲制作もするという……怒涛の生活を送っているときに宇多田ヒカルさんから「ともだち with 小袋成彬」のオファーが来たんですよね。

20代前半の頃は、CMの楽曲制作にアーティストのコーラスや編曲とか、いろいろやりました。

ある日、南平台でレコーディングした後にデニーズで食事をしていたら、制作ディレクターの方から「宇多田さんと一緒にレコーディングしませんか」という連絡が来たんです。急だったから驚きましたけれど、裏方の仕事に疑問を感じていた時期だったので「次はここか」みたいな気持ちでした。

──疑問?

リリースのサイクルが決まっていて、追われるように楽曲を作る慣習があるような感覚がありました。自分が付き合いのある会社ではないのですが、レーベルと仲違いしたこともありました。

──いいタイミングでチャンスが巡ってきたわけですが、ソニーからメジャーデビューした直後に渡英してますよね。それは「やる気を出すため」だったりしますか?

絶対そうですね。デビューアルバム出して、ツアーも終わって「この先に何があるんだろう?」とモチベーションが下がっていた。

宇多田さんみたいなアーティストと一緒に音楽を作れたら、日本でそれ以上に驚きに満ちた仕事ってあるんだろうか……とも思ってしまって。別の何かを吸収しないと、音楽を作り続けられないと思いました。

──エッセイでは移住の理由として「(日本の)現状に諦めがついた」とも書かれています。日本で暮らす難しさも感じていたのでしょうか?

個別具体的なきっかけはないものの、監視されてる感覚がずっとありました。

テレビをつけると、どの局もほぼ同じニュースを、同じようなトーンで放送しているし、電車の中ではみんな黙ってスマホを見てる。混雑具合によりますけど、ロンドンだと電車内でスピーカー置いて音楽を流す人が普通にいますからね。そういう自由なふるまいが日本では白い目で見られ、基本的に許されない。

日本人は世間の目を過剰に気にし、日本の社会には恥ずかしいことをしてはならない同調圧力や美学みたいなものがあって、そのバイブスが自分には合わない。恥なんて、かかないと何もできないじゃないですか。

海外で暮らしていると、あまりにのびのびしているので「どうして自分は今まで日本で暮らしていたんだろう?」と思うこともありました。ホームシックになったことはありません。俺は孤独よりも世界が広がっていく感覚を楽しんでいたんだと思います。

日本では出せないようなデカい音量で音楽を聴いて、ビールを飲んで、耳が肥えていく。20代の最後をそうやってすごせたので、ロンドンへの移住は最良の選択でした。

※取材は3月23日に発表されたさいたま市長選挙への立候補前に行われた。

#2 に続く

取材・文/嘉島唯 撮影/マスダレンゾ

消息

小袋 成彬
ミュージシャン・小袋成彬…日雇いでマンションの解体工からメジャーデビューもロンドンに移住したワケ 「やる気が出ないのは環境が原因」
消息
2025年2月27日1980円(税込)160ページISBN: 978-4103560319雑踏に転がる新時代の言葉。最注目のミュージシャンによる初のエッセイ集! SNSから距離を置き、エッセイを書くことで、自己と対話していたーー。1stアルバム「分離派の夏」で話題沸騰の最中にイギリスへ移住した。直後にコロナ禍に襲われ、戦争が始まり、虐殺がつづいている……時代の大きなうねりの渦中だから見出せた、価値観と最強の武器。明るい未来へのヒップでグルーヴィなガイドブック。
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