
昨年12月3日の尹錫悦大統領による唐突な非常戒厳令宣布以来、大きな混乱が続く韓国。憲法裁判所の弾劾審判の決定が近く見込まれる中、今後、韓国はどうなるのか? 人々が関心を寄せる3点に絞って、その行方を考えてみたい。
違憲の証拠が多すぎる
第1点目は尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領弾劾裁判の行方だ。現在、尹大統領は国会から「非常戒厳発令は違憲・違法」と弾劾訴追されている。
審判にあたる憲法裁判所の判事8名のうち、6名以上が不法性を認定すれば、尹大統領は懲戒罷免、つまりクビとなる。すでに最終弁論も終わり、3月中には弾劾の可否について判決が下る見込みだ。
11回に及ぶ弾劾審判すべてをネット傍聴してきた私自身は、尹大統領は罷免になると予測している。
そう考える理由はいたってシンプルだ。弾劾審では尹大統領の戒厳令発令が違憲だったことを裏付ける証言や映像などが数多く示され、その大部分が証拠として採用されている。軍が国会の窓を打ち破って国会内に侵入する映像はその典型だ。
戒厳令について定めた韓国憲法77条で、戒厳司令部が特別な措置をとることができる範囲は行政と司法だけで、戒厳令の解除権限を持つ国会は除外されている。
その国会を封鎖しようとする軍のシーンがネットなどに生中継され、多くの韓国民が固唾を飲んで見守った。尹大統領の戒厳発令の違憲性をこれほど雄弁に示す証拠もないだろう。
その一方で、尹大統領側は大統領本人も弁護団も「戒厳発令は合憲だった」と主張するのみで、その合憲性を裏付ける証拠を示すことができなかった。それどころか、11回の弁論で尹大統領は自身の罪を「自白」するかのような陳述をしている。
たとえば、最終弁論で尹大統領は「発令は戒厳の形式を借りた国民への訴えであり、啓蒙だった」と陳述した。だが、憲法77条で戒厳令は「戦時・事変またはこれに準ずる非常事態において」のみ発令できるとされている。国民へのアピールも啓蒙も戒厳の要件に該当しない。つまり、尹大統領は戒厳発令が違憲だったことを自ら認めてしまったのだ。
尹大統領は中央選挙管理委員会への軍投入も「自分の指示によるもの」と、やはり「自白」めいた陳述をしている。中央選挙管理委員会は憲法機関として国会と同じく、その独立性を保障されている。そこへの軍投入は国政紊乱にあたり、これまた違憲と判断されても仕方ない。
弾劾審判は8対0の「全員一致」で罷免も
現在、韓国では大統領罷免をめぐって賛成派と反対派が激しく対立しており、憲法裁判所の結論がどちらに転んでも判決を不服とする側が抗議行動に出ることが予想される。
2017年の朴クネ大統領弾劾決定時にも朴ク支持のデモ隊が警察と衝突し、4人もの死者が出てしまった。
弾劾審判後の混乱を考えれば、8人の裁判官は全員一致による評決を下そうと努力するはずだ。5対3や6対2など、評決が割れた状態では憲法裁判所の判断も2分されているとして、判決不服従の動きが出てもおかしくない。
実際、弾劾反対派の一部は罷免判決が下れば、憲法裁判所を襲撃すると予告している。そのため、国論2分の状態を解消するために「弾劾裁判は8対0の全員一致」、しかもその場合は「違憲は明白であり、罷免適当」の結論となる可能性が高い。
とはいえ、3月8日には逮捕から52日ぶりに尹大統領が釈放されるというサプライズも起きている。「これまで日数で計算してきた拘留期限を時間計算すると、起訴は拘留期限後に行われており、不法。すぐに釈放すべき」という尹大統領側の主張がまかり通ったためだ。
拘留期限の日数計算は刑事訴訟法にも明記されており、70年以上も続いてきた法慣例だった。それがあっさりと時間計算へとひっくり返ったというわけだ。しかも、検察は時間計算を尹大統領だけに適用し、他の被疑者に対しては従来通りに日数計算で対応すると宣言している。完全な大統領特恵、ダブルスタンダードだ。
だが、1度あることは2度あってもおかしくない。依然として強大な尹大統領の政治的影響力を考えれば、「8対0の全員一致で罷免決定」という大方の予測がひっくり返り、52日ぶりの釈放劇に続いて弾劾棄却、大統領職務復帰というサプライズが繰り返される可能性も、否定することはできない。
カギを握る中道層
仮に、もし尹大統領が罷免となれば、60日以内に次の大統領を決める選挙が実施されることになる。そこで2つ目の気になる行方――。だれが次期大統領になるのだろう?
最新の世論調査で圧倒的に支持を受けているのは進歩系野党の民主党・李在明(リ・ジェミョン)代表だ。ほとんどの調査で40%を超える支持を集めており、しかもじりじりと上昇している。
対抗馬は保守系与党「国民の力」の支持を受ける金文洙(キム・ムンス)雇用労働部長官だ。彼は20%近い支持率(3月初旬・韓国ギャラップ調べ)を集めており、韓東勲前「国民の力」代表(8.4%)、洪準杓(ホン・ジュンピョ)大邱市長(6.4%)、呉世勲(オ・セフン)ソウル市長(6.2%)といった保守系の有力候補を頭ひとつリードしている。
このまま推移すれば、次期韓国大統領選は進歩系・李在明氏、保守系・金文洙氏の一騎打ちとなりそうだ。
とはいえ、ふたりとも一定のリスクを抱えている。李代表は「司法リスク」、金長官は「極右リスク」だ。
李代表は現在、4つの裁判を抱えており、3月26日にはそのひとつ(公職選挙法違反容疑・1審有罪)の第2審判決が控えている。2審も有罪となれば、大統領候補としての適格性を問われかねない。支持率急落もありうる。
一方の金長官は国会議員3期、京畿道知事2期を務めた実績を持つが、「右翼中の右翼」と呼ばれるほど右派的性向が強烈で、これまでにも「(左派の)文在寅大統領は銃殺対象」などと発言するなど、たびたび物議をかもしてきた。今回の12・3戒厳についても徹底支持の姿勢で一貫している。
韓国大統領選は保守支持層30%、革新支持層30%とされる、いわゆる岩盤支持層は固定的で、残り40%の中間層の票の奪い合いで勝敗が決まる。
前回大統領選での尹錫悦大統領と2位で落選した李在明代表の票差はわずか0.7ポイント差、票数にして25万票ほどだった。金長官の極右性向に嫌気がさした中間層が数パーセントでも進歩系候補支持へと流れれば、保守陣営の当選はおぼつかない。
あくまでも弾劾成立が前提だが、次期大統領選は李代表の「司法リスク」、金長官の「極右リスク」の最小化をテーマに両陣営が激しく競い合う展開となるだろう。
どうなる日韓関係?
3つ目の気になる点は今後の日韓関係だ。
もし、弾劾が棄却されて尹大統領が復職すれば、これまで通りに日韓関係は平穏を保つだろう。また、尹大統領が罷免され、その代わりに出馬した与党系候補が当選した時も日韓関係は維持される。
問題は李代表が大統領になった時だ。李代表は反日的と評価されることがしばしばで、日本では李当選となれば、ふたたび徴用工問題などで日韓関係が悪化するという予測が多い。
だが、私自身は日本の人々が心配するほど、日韓関係は悪化しないだろうと予想している。今年に入り、李代表が「理念と陣営は(国民に)飯を食わせない。脱理念、脱陣営の現実的な実用主義が危機克服と経済成長に必要」と、実用主義を強調し始めたからだ。
この実用主義は日韓関係にも適用され、李代表はその後、ことあるごとに「現在の良好な日韓関係を維持する」、「日本の防衛力増強は韓国の脅威にならない」などと発言し、対日スタンスの変更を表明している。
ほぼ時期を同じくして、李代表自らが所属する最大野党・民主党の立ち位置を「保守中道」と定義したことも見逃せない。大統領選での中道票取り込みを意識した動きだが、その結果は上々で、中間層の61%が「野党への政権交代を望む」と、「与党の政権維持を望む」28%を大きく上回る状況となっている(韓国ギャラップ3月4~5日調べ)。
現在、与党「国民の力」は保守結集を急ぐあまり、憲法裁判所解体などを叫ぶ極右勢力の集会に積極的に顔を出して共闘を表明するなど、本来の保守ポジションから極右ポジションへと自党の立ち位置を移動させつつある。
そのため、ぽっかりと空白地帯となった穏健保守層の票田を「実用主義」と「保守中道」の2つの宣言で取り込もうという李代表の作戦が功を奏した形だ。
李代表にとって、この2つの宣言は大統領選の主要な公約となる。当然、李代表は新大統領になっても公約した実用主義の適用となる現在の良好な日韓関係を維持するはずだ。
次の総選挙が3年後に控えていることを考えると、少なくとも5年ある任期前半の2年ほどは公約スタンスを変えて日韓関係を悪化させることはないだろう。
取材・文/姜誠