
大阪・関西万博2025の運営を担う万博協会の十倉雅和会長は3月17日、前売り券の売上が合計で「1021万枚」に達し、2005年に開催された愛知万博の939万枚を上回ったと記者会見で述べた。
チケットが売れていないと不安視する世間の声を牽制した形だが、これは企業の購入分や修学旅行などの団体旅行が大部分を占める。
愛知万博と異なる一般客の来場機運
前売り券の販売数が1000万枚を超えたとはいえ、十倉氏は目標販売数の1400万枚には届かないとの見方を示している。その内訳を見ると、目標未達も当然のなりゆきと考えられる。
販売したチケットのうち、企業購入分が約700万枚で、修学旅行や団体旅行が約200万枚。特に企業購入分の比率が高く、全体の7割程度を占め、一般客は1割程度である。
愛知万博は、開催の一年ほど前にあたる2004年4月に前売り券が700万枚を突破していたが、経済界や地元企業の購入分にあたる協会直販の割合は、5割にも満たなかった。チケットぴあ、デパート、スーパー、旅行会社などへの委託販売のほうが比率が高かったのだ。
この年の3月の委託販売における単月売上は、2月比で10倍に急増しており、万博開催に向けて世間の来場機運が高まっていた様子がわかる。
大阪・関西万博の集客力が不十分であれば、チケット代で運営費が賄いきれずに赤字に陥るだけでなく、出展した企業が失望感を抱くことにもなる。将来的な大規模イベントへの企業誘致にも影響しかねないのだ。
大阪・関西万博が世間の来場ムードの高まりに失敗しているのは、一般客の集客を甘く見ていたことに尽きる。運営体制やPR費用、その使い道に片鱗が見られるからだ。そしてその根底には万博の先にカジノがあるという青写真を描いていることが透けて見える。
インバウンドは本当に死角だったのか?
万博の準備で中心的な役割を担ったのは関西経済連合会の松本正義会長だが、誘致活動には熱心だった。それもそのはずで、松本氏が関経連会長に就任したのも、住友電気工業のトップとして活躍する国際派であることが高く評価されたためだ。
結果として、万博の誘致には成功した。そして、2025年1月に関経連会長の続投を表明している。なお、松本氏は万博の機運醸成委員会の委員長にも選出されており、集客の総責任者でもある。
続投会見では「最後まで全力を投じる」と万博の成功に強い熱意を見せており、実際に前売り券の企業への販売目標である700万枚は売り切った。経団連と連携し、企業や団体に購入を働きかけたのだ。
松本氏の財界ネットワークをフル活用した成果が出たわけだが、肝心の一般向けチケット販売が不十分だったのは、続投を表明した2025年1月の時点で明らかだった。誘致活動の成功と企業購入分の目標の達成を果たしたタイミングで、その役目を終えてもよかったのではないか。
松本氏は開幕まで1ヶ月を切った3月19日の会見で、目標の1400万枚に達さない見通しであることに触れ、「インバウンドを見過ごしていた」などと語っている。外国人旅行客のチケット販売を今から伸ばし、最終目標である2300万枚を達成するという。
しかし、この発言には違和感がある。松本氏は関西3空港の役割を官民で議論する「関西3空港懇談会」の座長を務めており、万博開催に合わせて3空港全体の年間発着回数を3割増の50万回にすることで合意させている。
つまり、松本氏が万博の重要なターゲットであるインバウンドなどを見過ごすはずがない。要は国内の一般客の集客計画を十分に整えることができなかった、あるいはそれをやり切ることができなかったということではないのだろうか。
PR費用を国に肩代わりさせたのはなぜか?
PR費用についても、著しく低く見積もっていた様子がうかがえる。
万博の集客対策などに使われる「機運醸成費」は2024年12月に大幅に引き上げられ、40億円から69億円となった。開催直前になって慌てて予算を増額しているのは明らかだが、この予算組みにも甘さが目立つ。
もともとの予算40億円のうち、広報やプロモーションなどを行なう費用はわずか17億円だった。愛知万博の広報宣伝費はおよそ15億円だった。愛知万博を大きく上回る目標を掲げている一方で、予算は心もとない。
近年の物価上昇や、マーケティングの難易度が20年前と比べて格段に上がっていることを考えると、予算不足は明らかだ。もっと早い段階で、多くの予算を確保するべきだったはずだ。
この「機運醸成費」というのも眉唾ものだ。予算全体で集客にどれだけ貢献するのかわかりづらいという、別の問題も抱えているのだ。
注意したいのは、この費用は国が負担をしている点だ。国費が使われているのは、万博を通じて国や地方自治体との交流促進を図るものであり、万博の入場券販売促進を目的としたものではないからだ、という建付けになっている。
そのため、地方自治体へのバラ撒きとの批判も根強い「デジタル田園都市国家構想交付金」がこの中に組み込まれているのだ。「大阪・関西万博の開催を契機として、各都道府県において新たに実施する地方創生に資する取組を支援する」というものだ。
採択された事業の一つに群馬県のものがあるが、交付対象事業費は2300万円で、万博に来場する外国人観光客の旅行先に群馬県を選んでもらうためのPR活動費などと、その目的が掲げられている。この経費のうち、2000万円は温泉の魅力を発信するプロモーション動画の制作費だという。
これは万博の機運醸成とはまったく関係なく、万博予算の中に地方創生に必要な資金を無理やりねじ込んでいるように見える。つまり、万博の集客に必要な費用を国が負担するという形になったがゆえに、認知度拡大や来場機運醸成とは関係ない要素が複雑に絡み合い、本来の集客という役割が弱体化しているのだ。
これについては万博の運営側が、集客に必要なプロモーション費用もチケット代で賄うと、覚悟をきめればよかったのではないか。ここにも甘さが見て取れる。
万博会場である大阪「夢洲」は、2030年にカジノを含む統合型リゾートに生まれ変わる予定だ。そこで透けて見えるのは、万博会場の準備は、統合型リゾートのインフラ整備と表裏一体であるということだ。
集客の不備は、万博の先にあるカジノを見据えているからで、誘致そのものが目的だったのではと思えてならない。
取材・文/不破聡