
一般的にアスリートの世界では肉体的にも精神的にも20~30代が最盛期といわれる。しかし、47歳となった2024年シーズンに“キャリアハイ”の成績を残した競技者がいる。
彼女はなぜその年齢でも世界のトップに居続けられるのか。そこには肉体の衰えを補う、たゆまぬ努力と工夫があった。〈前後編の前編〉
海外ミセスの影響でトレーニングを開始
極限まで脂肪をしぼり、鍛え抜かれた筋肉をまとって究極の肉体をつくりあげる「ボディビル」。その女子カテゴリーの中には筋肉だけでなく、しなやかなプロポーションなど女性らしいトータルの美を追求する「ビキニフィットネス」という競技がある。
この世界の第一線で活躍し続け、時にレジェンドと称される長瀬陽子さん。
昨年、2024年シーズンは47歳にもかかわらず、キャリアハイともいえる成績をたたき出した。そんな“美魔女”長瀬さんに、年齢に負けず、美を極める極意を伺った。
――昨年は10月にスペインで開催された国際大会「IFBBアーノルドクラシックヨーロッパ」に出場し、ビキニ45歳以上級で日本女子選手初の金メダルに輝くなど、まさにキャリアハイ(※)の1年でした。ご自身で振り返ってみていかがですか?
長瀬陽子(以下、同) ずっと変わらずやってきたことが薄皮のように地層となって、ひとつの結果になったのかなと思います。
今年でビキニ競技を初めて10年目。後ろを振り返ったら私がコンテストに出始めた頃に出場していた選手は、みなさん辞めていたというのもありますが(笑)。
――10年前というと37歳。
そうですね。美術系の高校から美大へと進学して、最初の就職先はデザイン会社でしたから、トレーニングはまったくしていませんでした。
――なぜビキニフィットネスの世界へ?
結婚後はボディコンシャスドレスのデザインや販売を行なったり、女性がイブニングドレスを着て参加するようなパーティを企画していたんです。
それで単純に自分の扱ってるドレスをもっと売りたいと思い(笑)、ネットワークをつくるためにドレスを着る人がたくさん集まるだろうミセスコンにエントリーしたんです。それが「ミセスクイーン2015」ですね。
――これは日本人向けのコンテスト?
はい。そこでファイナリストに残って、翌年開かれた「Mrs. World 2016」という世界大会に日本代表として出場したことがトレーニングを始めるきっかけになりましたね。
――というと……?
コンテストでは40か国のミセスと2週間の合宿を行なうのですが、海外のミセスたちは少しでも時間があると必ずワークアウトをしていたんです。体形も“ボン・キュッ・ボン”という感じで、タイトにドレスを着こなしていてカッコよかった。
一方、私は「スレンダーがいい」という日本の風潮もあって、棒みたいな体でドレスを着ていて……。「私もドレスを似合う体にならなくちゃ」と思い、鍛え始めました。
(※)2024年シーズンは「IFBBアーノルドクラシックヨーロッパ」での金メダルの他、国内最大規模の競技団体JBBFが主催する35歳以上の選手に出場資格のある最高峰のコンテスト「オールジャパン マスターズ フィットネスチャンピオンシップス」45歳以上160センチ超級で優勝して6連覇、オーバーオール(無差別級)でも初優勝。
年齢制限なしで各階級の優勝者が集って真の王者を決める「オールジャパン グランドチャンピオンシップス」では自己最高の3位を獲得した。
「若い子と戦うのはしんどい」
――そうして出合ったビキニフィットネス。競技を始めて2年目の2017年は「オールジャパン」35歳以上163センチ超級で見事2位。翌年からは同大会のカテゴリー別で6連覇を達成中。若い選手とも戦うグラチャン(「オールジャパン グランドチャンピオンシップス」)でも昨年の自己最高3位を含め、毎年好成績をおさめています。
毎年、「来年は出場しない!」って思ってます(笑)。だって若い子と戦うのはしんどいですから……。
――やっぱりハンデは大きいですか?
もちろん。ビキニは筋肉だけじゃなく、皮膚感も美しくなくちゃいけない。減量後は皮が余っちゃいけないんですが、若い子は肌にハリがあるだけに有利ですよ。私の年齢だと絞りが甘いと全然キレイに見えません。
筋肉だって若い子のほうが分泌される成長ホルモンが多いからつきやすいですしね。
――年齢をカバーする方法は?
ビキニ競技の審査基準はファッションなどと一緒で、仕上げる肉体のトレンドが毎年変わるんです。
それと毎年、ビキニと親和性がありそうなトレーニングを新しく取り入れるようにしています。昨年はクラシックバレエのアスレティックトレーナーをつけましたし、今年は陸上競技を取り入れようと思っています。
――陸上……ですか。
昨今は股関節から四頭筋(太もも前部)までのラインをつくる縫工筋をビシッと仕上げるのがトレンドになっていて。縫工筋って機材でのトレーニングでは鍛えるのが難しく、私の足りない部分でもあります。
縫工筋が発達している世界のトップビキニ選手は陸上出身の方が多いので、実際に走ったり、走るまでの準備を学べばビキニ競技に活かせるんじゃないかと。
――ストイックですね。
この年齢で世界で戦おうと思ったらストレッチやトレーニング、ポージング練習だけじゃ全然足りませんからね。
サハラ砂漠旅行でもトレーニング
もうひとつ、長く続けるコツは“オンオフ”をつくらないことです。
――トップ選手でもコンテストのない12月から4月くらいまでのオフシーズンは好きなものを食べるようですね。
私がポージング指導をしている生徒の中にも、シーズン最後の大会が終わった瞬間にトレーニングがおざなりになる子もいます(笑)。
それはそれで悪いことじゃないけど、私はオンオフ関係なくトレーニング内容やライフスタイルがずっと一緒ですね。毎日、家とジム、自分で経営しているスタジオへ行く生活で行動範囲が狭くてそれ以外のことはあまりしない。
オフで気が緩むとまた苦しいシーズンに入るときに気が重いじゃないですか。だからオフをつくらないのが長く続けられている秘訣かもしれません。
――あまりレジャーもやらない?
オンシーズンはすべて我慢です。毎年、年始に夫と行く旅行でもトレーニングのことは忘れられません。以前行ったモロッコ旅行のホテル選びもジムのマシンの充実度で決めました。サハラ砂漠はテント泊だったのでさすがに諦めましたけど、砂漠でランジウォークして鍛えてました(笑)。
夫はトレーニングにまったく興味がないんですけどね!
――旦那さんも大変(笑)。オンとオフで体重の違いは?
オフシーズンは57.5キロ、オンシーズン50.5キロくらいです。
食事量を落として減量すると筋肉量も落ちてしまうので、食べる量は変えずに、例えば白米などの炭水化物をサツマイモやカボチャ、オートミールといった低GI値のものに変えて、お肉も低脂質のものを選びます。大好きなワインもシーズンに入ったら一滴も飲みません。
――そんな生活を10年間……。
たまに、いろいろ我慢してコンテストに勝つ競技人生と、いつでも好きなものを食べられる生活、どちらが幸せなんだろう……と考えるときはありますね(笑)。
――そのなかで一番うれしかった瞬間はありますか?
「アーノルド」(IFBBアーノルドクラシックヨーロッパ)で勝ったのはうれしかったですが、それもあくまで通過点。
というのも私よりもはるかに長い、30年というキャリアを持つトップボディビルダーの佐藤茂男さんから「フィットネス競技は短距離走じゃなくて、ゴールを自分で決められるマラソンだ」と言われたんです。
どんな紆余曲折があろうと、ゴール前のちょっとした出来事ということですよね。だから引退試合が一番うれしいと思えるように頑張りたい。そして、そんな競技人生を若い子たちに見せられたらと思います。
後編ではその紆余曲折、自身を襲った子宮頸がんについて長瀬さんが語る。
取材・文/武松佑季
撮影/下城英悟