
国内最高峰のコンテストで6連覇を達成するなど、47歳でトップビキニアスリートとして活躍する長瀬陽子さん。しかし、ここまでの道のりは決して平たんなものではなかった。
手術をすれば競技生活が終わるかも…
37歳でトレーニングに目覚めて以降、これまで数々のコンテストで結果を残し、昨年10月、スペインで開催された国際大会「IFBBアーノルドクラシックヨーロッパ」では、日本女子選手初の金メダルにも輝いた。
そんな順風満帆に見える長瀬さんの競技人生には、数々の困難が立ちはだかった。その最初にして最大の試練となったのが、2018年に発覚した子宮頸がんだ。
「初めて出場した2017年の『オールジャパン』(※)は2位に終わり、リベンジを誓った2018年大会直前のことでした。そのとき、生理が2日遅れたんです。
今までどんなに追い込んで鍛えても激しい減量をしても、周期が乱れなかったのでおかしいなと思い、念のため婦人科に行ってみると、『そのくらいの年齢じゃよくあること』と言われました。安心してせっかく婦人科に来たのだから、ついでにいろいろ検査してもらってその日は帰ったんです」
(※)「オールジャパン フィットネスチャンピオンシップス」=JBBFが主催する国内最高峰のコンテスト。当時の名称はオールジャパンフィットネスビキニ選手権
しかし1週間後、検査の結果、子宮頸がんであることが伝えられた。ステージはⅡB。
とにかく早く手術が必要な段階だ。しかし……。
「去年の雪辱に燃えていて、その後には初めての世界選手権(IFBB世界マスターズ選手権)に出られるかもしれないという状況でした。
これが最後のチャンスになるかもしれない。だから手術を2か月待ってほしいとお願いしたんです」
筋力は0まで落ち込み…
当然、医者とは押し問答となったが、長瀬さんの情熱に折れ、手術は延期。がんの影響で子宮は2倍に膨れ上がり、下腹は視認できるほどむくんでいたが、なんとかオールジャパン(35歳以上163センチ超級)で初優勝を飾り、世界選手権にも出場。
「日本に帰って即入院です。ふだんはサロンに行って大会用のネイルやまつ毛を落とすのですが、そのときはそんな時間はないから飛行機の中でやりました」と笑って振り返るドタバタの帰国劇。そして見事に手術は成功し、予後も良好だった。
「これで競技が続けられる」と安堵した長瀬さんだが、子宮頸がん摘出のための開腹手術はトレーニングにもステージングにもよくない影響を与える。
「手術して2か月でトレーニングを再開したものの、やっぱりお腹が痛かったですね……。手術前はスクワットで80キロの重量を持てたのに、バーもかつげなくなっていてショックでした。
お医者さんも競技のことを知っていたので丁寧に縫合してくれましたが、トレーニングで腹圧がかかって傷口が開いてしまい、今も手術痕はあまりキレイじゃないです。
翌年の世界選手権で海外の選手に『あなたはどうして腹筋を書いてるの?』なんてことも言われました。もし筋肉のカットを(ペンなどで)自分で書いてたら失格になってしまいます。
今はこの傷をいろんな人が勲章だと言ってくれます」
カムバックシーズンである2019年はオールジャパンの連覇に加え、アジアマスターズ選手権2位、IFBB世界マスターズ選手権は3位と昨年の成績を大きく上回った。
「それまでは緊張しいだったのが、手術を受けて死ぬこと以外、大したことないって思えるようになったことが大きいかも」と彼女は言うが、それもすさまじい精神力あってのことだろう。
更年期障害は常に頭の芯に汗をかいている感覚
その後、2021年には職場での嫌がらせを受けたことから精神的に不安定になり、食べては吐き、眠れない日々を過ごす時期もあった。2023年からは更年期障害にも悩まされている。
「それ以来、頭の芯が汗をかいているような感覚になることが多く、絶好調だと思える日はほとんどありませんね。そういう意味では、この年になっても競技を続けることは若い人にはない苦労が多いかもしれません」
それでも、彼女はレジェンドとして結果を残し続け、コツコツとトレーニングを積み重ねていくことの大事さを体現している。一時期はバーを持つこともできなくなるほど衰えたスクワットの重量は、今ではオフシーズンでも120キロまで上げるという。
「でも、120キロのラックアウト(バーをラックから外す動作)って、私にとって生きるか死ぬかみたいなギリギリの瞬間。余計なことなんて考えられない。脚やお尻を鍛えられる種目は他にもありますけど、その感覚が味わえるのはスクワットだけ。
だから、更年期障害や心や体の不調で悩んでる人はスクワットをやってみるのもいいかもしれませんね」
彼女自身、数々の困難を乗り越えられた要因は「間違いなくビキニ競技のおかげだと思います」と断言する。
体を鍛えることは心を鍛えること。長瀬さんの競技人生を見ていると、現代人こそハートビルディングが必要なのではないかと思えてくる。
取材・文/武松佑季
撮影/下城英悟