〈NHK・400億円の赤字〉「受信料支払いを拒否したら2倍」に続く徴収施策…狙いは「タワマン住民」と「テレビを持たない若年層」
〈NHK・400億円の赤字〉「受信料支払いを拒否したら2倍」に続く徴収施策…狙いは「タワマン住民」と「テレビを持たない若年層」

3月にNHKの2025年度予算が衆議院総務委員会で承認された。2023年10月の受信料1割引き下げの影響もあり、2025年度は400億円もの赤字が発生する見込みだ。

強気の料金引き下げを行なったNHKだが、予算ベースでは3年連続の赤字となる。NHKの受信料の推計世帯支払率はおよそ8割で、高止まりの状態が続いていたが、赤字が続いたことで徴収を強化する未来も見えてくる。

2026年度までは赤字を継続

2025年度のNHKの赤字400億円の発端は2023年に遡る。

2023年1月にNHKの会長に就任した稲葉延雄氏は、日本銀行の理事を務め、かつては日銀の総裁候補の一人と目されたほどのやり手の人物だ。日銀の理事を退任した後はリコーの取締役として経営に参画、ガバナンス改革を主導したことで知られている。

稲葉会長はNHKの会長就任会見で、「私の役割は改革の検証と発展」だと語った。そして、「実際かなり大胆な改革」と付け加えている。

それもそのはずで、NHKは2023年1月に経営計画を策定。受信料を過去最大の1割引き下げる案を盛り込んだのだ。そして同月、前会長の前田晃伸氏は任期を終えて退任、稲葉氏にそのバトンが渡ったわけだ。

NHKは値下げをした2023年度は136億円の赤字、2024年度は570億円程度の赤字を見込んでいる。2024-2026年度の経営計画においては、2026年度までは支出が収入を上回る状態、すなわち赤字が続く計画を立てている。

 差額は積立金で補う。

NHKは2023年度に2000億円近い繰越剰余金を取り崩し、受信料の値下げで生じる赤字補填に備えていた。数年にわたって数百億円単位の赤字の補填を捻出できているのはこのためだが、積立金の原資はこれまで支払われてきた受信料であり、いたずらに垂れ流すわけにはいかない。

公平負担という観点からも、正当な理由なく支払いを拒否する世帯からの徴収が重要になってくる。NHKは従来の外部事業者による受信料の徴収方法を2023年に撤廃しているが、経営計画によれば「新たな営業アプローチ」を推進するという。

セキュリティが堅牢なタワマン勢を切り崩す策とは?

NHKは2023年4月に受信料割増金制度を導入した。「支払いを拒否する世帯に対して、2倍の受信料を求める」というものだ。すでにNHKは複数の世帯に対して提訴しており、東京の世帯では6万8000円、大阪の世帯では11万6640円の支払いを命じるという判決が出ている。

提訴された多くの世帯は契約締結と受信料の支払いに応じ、和解による幕引きを図っているようだ。「受信料2倍」という強力な武器を手にしたNHKが、「新たな営業アプローチ」に邁進している様子がわかる。

次に狙いうちされそうな世帯が、タワーマンションに住みながら支払いを拒否する層だ。2025年4月9日の参議院決算委員会で公明党の新妻秀規議員が、タワマンなどのマンションにおける契約締結割合が低調になっていることを問題視した。

これに対し、NHKの小池英夫専務理事は「マンションの分譲事業者などを通した受信契約のお願いも効果的だ」とし、対応を進めていると回答したのだ。

タワーマンションはセキュリティが厳しく、訪問による契約がとりづらかった。

小池専務理事の回答から見えてくるのは、マンションの販売会社や管理組合などを通して、契約締結する方法の模索だ。

NHKはこれまでタワマン居住者に対して不動産登記情報などのデータを活用し、ダイレクトメールを送付するなど古典的な手を打ってきたが、今後は分譲事業者と手を組むことで、契約率が上がる可能性は高い。

 テレビを持たない人も徴収の対象に?

受信料の支払いで、長年課題になっていたのが国民の「テレビ離れ」だ。特に若者は深刻で、アンテナ工事サービスのアンテナドクターによる10~20代の若者調査では、2割近くの世帯がテレビをまったく見ないと回答している。そのうち、約4割は家にテレビがないという。

テレビがお茶の間の中心にある時代は去り、今やオールドメディアなどと呼ばれる始末だ。若者のテレビ離れが進むのも時代の流れとしては当然だ。

NHKは2025年10月にインターネットを通じた番組配信が義務付けられ、これに伴ってネット配信の受信料を新たに設けた。

地上契約と同じ月額1100円を視聴者から徴収し、初年度の2025年下半期は1.2万件、2026年度に2.4万件の契約を見込んでいる。これでテレビを持たない層も徴収の対象にしたわけだ。中長期的に見れば当然の措置だと言えるだろう。

ただし、これは然るべき手続きを経て契約を締結するもので、テレビを持たずにスマホを持つ人に対して強制的に徴収するものではない。Netflixなどの動画配信サービスと同じような位置づけである。

つまり、テレビ離れが進む潮流の中で、NHKは中長期的にコンテンツ力で国民を魅了し続けなければならないことになる。それなくして健全な組織を永続的に支えることはできないのだ。

NHKの最大の強みは?

NHKは公平な負担という大義名分で受信料の徴収を進めているが、視聴者が支払わない理由の大部分は「支払うメリットが見当たらない」というものだ。確かに、NetflixやYouTubeなどの動画配信サービスはNHKの受信料とほぼ変わらず、広告なしで視聴することができる。

動画配信サービスは好きなコンテンツを選べるという点において、タイパ重視時代に沿ったサービスだ。NHKのデジタル版も番組を選ぶことはできるものの、放送から1週間から2週間程度で消失してしまう。

NHKが最も強みを出せるのは、速報性の高いジャーナリズムだ。経営計画に盛り込んだコンテンツ戦略6つの柱の一つが「“フェイク”の時代だからこそ顔の見える信頼のジャーナリズム」だった。NHKは受信料引き下げに伴う減収に対応できるよう、ごっそりと経費を削った。大胆な構造改革の中で、骨太のジャーナリズムを維持しなければならない。

4月13日の「NHKスペシャル」にて、財務省の国債企画課に密着するドキュメンタリー番組が放送された。日本の国債発行残高が1100兆円にものぼる一方、日銀は買い入れを控える方針を掲げている。

厳しい状況の中、財務省の職員が中東の投資会社などとハードな交渉を重ねるというものだ。

「国債発行で消費税の引き下げは可能」などと野党の一部は喧伝するが、現場では日本国債の売り先に苦慮する姿が映し出されていた。巨額の国債を発行することのリスクを改めて浮き彫りにしたのだ。こうした番組を制作できるのも、公共放送たるNHKならではのものだ。

受信料の徴収方法にばかり目がいきがちだが、コンテンツの磨き上げとそれを国民に広く認知させる活動こそが重要になるはずだ。

取材・文/不破聡

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