
2022年8月16日に成立した原子力発電を支援する法案IRA。これにより、世界的に原子力発電が推進されることになった。
金融アナリスト、岩永憲治氏の『トランプ経済 グレート・クラッシュ後の世界』より一部抜粋、再編集してお届けする。〈全3回のうち3回目〉
近年の原子力エネルギー推進路線の背景
米国は国家として重要な国家安全保障に関する戦略、宇宙・軍事戦略、エネルギー戦略を次世代へ滞りなく移行するため、原子力エネルギーの推進に大きく舵を切った。
その証左が、2022年8月16日に原子力発電を支援する法案IRA(Inflation Reduction Act:インフレ抑制法)が成立したことだ。この法案では、CO2の削減を目的としたエネルギー政策を推進するもので、太陽光や風力のみならず、原子力発電の推進も含まれていた。
さらに2023年12月には「COP28(国連気候変動枠組み条約締約国会議)」で原子力発電量について従来の3倍に増やすことを22ケ国が合意した。
このIRAとは、新規の原子力発電を含むすべての温室効果ガス排出ゼロの発電の展開を支援するために、クリーン電力生産税額控除(Clean Electricity Production tax credit)(IRCセクション45Y)およびクリーン電力投資税額控除(Clean Electricity Investment tax credit)(IRCセクション48E)を制定したものである(日本原子力産業協会「米国の国内原子力強化に向けた取組について」2024年6月11日)。
要は、米国政府としては原子力エネルギー推進に参入する者には、減税をはじめ、あらゆる支援を惜しまないと表明したのだ。
そして、原子力発電を3倍にするという目標は、エネルギー転換を加速させ、化石燃料への依存を減らすための戦略として設定された。これにより、2050年までにカーボンニュートラルを達成するための道筋が明確になることにもなる。
そしてこの事業に米国エネルギー省(DOE)は2024年6月、第三世代炉プラス(軽水炉型)の小型モジュール炉(SMR)の初期導入を支援するため、最大9億ドル(約1350億円)の資金を提供する意向通知(NOI)を発表している(電気事業連合会「[米国]DOE、軽水炉型SMR導入加速に向けて最大9億ドルの資金提供を発表」2024年7月5日)。
同年6月、米上院は先進原子力の導入を促進する法案も可決した。
原子力の導入促進には、超党派の“支持”があった。法案は上院で賛成88、反対2で可決された。先進原子炉技術の認可を申請する企業に対し規制上のコストを減らすほか、次世代原子炉の導入に成功した場合にさらなる特典を設け、資金的支援を行うことも決まった。
さらに、一部の地域で原子力施設の認可手続きを迅速化することになった。これにはマイクロソフト創業者のビル・ゲイツが出資するTerra Powerなどが恩恵を受ける可能性がある(ロイター、2024年6月19日)。
次世代の目玉となる小型モジュール原子炉の導入
このように米国議会がSMRに関する技術を推進させる法案を可決したことは、近年のエネルギー政策において注目すべき動きであると、私は強調したい。SMRは従来の大型原子炉に比べ多くの利点があるため、次世代のクリーンエネルギー源として期待されているからでもある。
なぜ原子炉を小型化しなければならないのか? かねてより原子力エネルギーを取り扱うにはべらぼうな土地、建屋が必要な上に、相応なリスクを取らなければならなかった。それらのデメリットを解決できるのがSMRなのだ。
①安全面→1基がトラックほど小型であり、大型原子炉に比べて低出力なので、事故時に安全性が確保されやすい。安全系設備がシンプルゆえに故障、人為的ミスが削減される。
②工場生産面→モジュール製造のため、建設地での組み立てが基本。それによる品質維持、工期短縮、建設コスト削減。
③操業面→さまざまな立地、環境に応じて操業が可能という柔軟性を備えている。
米国エネルギー省の先進的原子炉実証プログラム(ARDP)からも、原子力実証およびリスク低減プロジェクトに多額の資金を提供している。
受賞企業(Awardees)には、第四世代原子炉ベンダーで開発者のTerraPower、X︲エナジー(X-energy)、ケイロス・パワー(Kairos Power)、ウェスチングハウス(Westing house Electric Company)、BWXテクノロジーズ(BWX Technologies)、サザン(Southern Company)などが含まれる。
さらに付け加えると米国国防総省(DOD)も、防衛施設で将来使用するためのプロトタイプのマイクロ原子炉(第四世代)を開発するために、プロジェクト・ペレ(ProjectPele)に資金を提供している。
米国輸出入銀行(EXIM)と米国国務省(DOS)も、SMRの展開を支援し、米国の輸出業者が世界のSMR市場で競争するための一連の金融ツールである「EXIMSMR資金調達ツールキット(EXIM SMR Financing Toolkit)」を発表した(前出「米国の国内原子力強化に向けた取組について」)。
自明の理だったトランプの大統領への返り咲き
ここで最も重要なのは、トランプ大統領が、まだ第45代大統領であった当時から、原子力エネルギーの利用促進に極めて強い関心を示していたことである。
彼の政策は「原子力2・0」とも呼ばれるであろう新たな原子力技術の導入やイノベーションを推進するものだ。これはSMRや高温ガス炉など最新の原子力技術の導入を支持し、より安全で効率的な原子力発電の実現を目指す。
さらにトランプは、原子力産業の規制を緩和し、技術革新を促進することにより、原子力エネルギーの商業化や利用拡大を図る姿勢を示している。
加えて、最重要課題となる米国の国家エネルギー戦略について、エネルギーの独立性を高めるためにも、原子力を含む幅広いエネルギー戦略の一環として、原子力エネルギーの重要性を強調している。
そして、原子力産業の規制側にある次期NCR(国家原子力委員会)リーダーの選出についても、トランプは最大の関心を払っていた。そのため原子力エネルギーの推進を重要視する新リーダーを任命する可能性は非常に高い。
原子力エネルギーは、米国の国家安全保障にとり最重要課題であるため、国家として原子力発電をより推進するお膳立てができ上がっているのだ。
米国が国家として次に進むべく政策はすでに始動しており、トランプが前任期の大統領のときに打ち出した「原子力2・0政策」は、そのブレイクスルーを強力にサポートしている。
これらの経緯からも、トランプは共和党の代表者として、なるべくして大統領になったと言えよう。
文/岩永憲治 写真/Shutterstock
トランプ経済 グレート・クラッシュ後の世界
岩永憲治
リーマン・ショックに匹敵する経済のクラッシュは来るのか? 岩永憲治・著『トランプ経済 グレート・クラッシュ後の世界』2025年3月26日 、集英社より 発売。
2023年に多くのエコノミストが不況を予測する中、2024年のバブル相場を言い当てた著者が、2025年から2028年に至る暴落相場を予測する。
◆内容紹介
トランプ大統領の就任以来、関税の大幅な引き上げ をはじめ、アメリカ中心の経済政策に振り回される世界の国々。コロナ禍の期間 に世界にばらまかれたお金は、株式市場に空前のバブルを生み出し、世界中でインフレを高進させた。貧富の差が拡大し、膨らんだAIバブルも崩壊しつつあるが、早めの対策を打てば自分の財産は守れるはず……。そんな著者の思いが込められた本書。
もはや世界経済のグレート・クラッシュ (金融暴落) は避けられないにしても、ITバブル崩壊後にグーグルやアマゾンなどの後の巨大企業が生き残ったように、次世代に生き残る企業の芽はすでに芽吹いている。それは、どんな業種のどんな企業なのか?
トランプ大統領の進める新しいエネルギー政策など、グレート・クラッシュ後の世界経済のトレンドもすでに筆者の頭の中には描かれている。未来の世界経済の変化や自分の投資を考えるヒントにもなる、著者渾身の一冊。