
ナイトワークに従事する女性たちから、駆け込み寺のようなかたちで数多くの相談を受ける税理士がいる。都内・南青山に税理士事務所を構える沖有美子さん。
「私も風俗で働いていたので、気軽に相談できるんだと思います」笑顔を浮かべる沖さんに、その波乱万丈な人生を語ってもらった。
20歳で多額の借金を経験し自己破産…その後ホストにハマる転落人生
「ホストにハマって風俗で働くことになったんですが、その前に自己破産もしているんですよ」(沖有美子さん 以下同)
笑いながら驚きの発言をする沖さんは、鹿児島県出身。医師である父親と医療関係の国家資格を持つ母親の間に産まれ、裕福な家庭で幼少期を送ったという。しかし父親が病気で早世、その後の生活は決して裕福とは言えなかった。
だが都会に住みたいと上京資金を自ら作り上京。
自己破産をしたのは、英語の専門学校へ進学のために18歳で上京した後、ネットワークビジネスにハマってしまったのが原因のひとつだ。
「あと東京の女の子ってキレイな服を着て、キラキラしているじゃないですか。それがうらやましくて、服などを買うのにお金を借りまくっていたんです」
沖さんが学生時代を送った2000年初頭は消費者金融の全盛期。「収入がなくても借りたい人にはいくらでも貸してくれた」時代だった。
「結局20歳そこそこで借金が600万円近くになってしまって。当時勤めていた不動産会社の社長に『もう自己破産したほうがいいよ』と言われて、自己破産したんです」
自己破産が完了すれば、それはまだ「若い頃の苦い思い出」で終わったかもしれない。しかし沖さんは、自己破産の手続きをおこなっている最中にホストにハマってしまう。
「ホストクラブが今みたいに問題になる前の時代ですね。1回店に行ったらその後ホストから営業電話が来て、会いに行ったらホテルで(笑)。枕営業ですね、それで結局貢ぐようになってしまいました」
いわゆる「ガチ恋営業」と呼ばれる手法だ。沖さんもホストから「いつか結婚しよう」「一緒に住もう」などささやかれ、その気になっていたと言う。
ホストに貢ぐために風俗嬢に…さらに闇金からの借金も
ホストに貢ぐ生活を続けていた沖さんは、ある日彼から1枚の紙切れを渡される。
「風俗の店名と電話番号が書いてあって『ここに電話して』って。ホストに貢ぐとなったら、普通のお仕事じゃ全然お金が足りないんですよ。だから私も『じゃあ風俗でいいか』って面接に行って。当日、店長と30分くらい研修したらすぐにお客さんがついて、1万円もらいました」
風俗で働けば、一般の仕事よりも短時間で大金が稼げる。それを実際に経験した沖さんは、それ以降は風俗1本で働くようになった。
「簡単に稼げるんだよって体験させて、次の日からも来るようにってお店の策略ですよね、見事に染まってしまいました(笑)」
いくら好きなホストからのお願いだとは言え、風俗で働くことに抵抗感はなかったのだろうか。
「それまで男性経験も少なく風俗の仕事に詳しくもなかったので『ちょっとやってみようか』と、好奇心でしたね。それで実際にやってみたら『普通に働くより楽だな』と思っちゃったんです」
風俗で働き始めた沖さんは、連日のようにホストクラブに通い、担当ホストに貢ぐ生活を送るようになる。
「闇金で200万円借りました。自己破産中だったので闇金でしか借りられなかったんですよね」
闇金での、しかも200万円という高額な借金。2000年台初頭にまかり通っていた違法な金利で返済するとなると、一般的な職業の給料ではまず返済ができず、風俗の世界で働き続けるしかなくなっていた可能性が高い。
漫画『闇金ウシジマくん』で描かれる典型的な転落生活のような人生。だがこの借金を沖さんに変わって返済してくれる男性が現れた。
「風俗のお客さんで公認会計士さんでした。そのお客さんが闇金の200万円を返済してくれて、住む場所も用意してくれて。風俗から『水上げ』してもらったんです」
その後、男性の愛人としての生活がスタートする。そしてこの愛人生活が沖さんが税理士となるきっかけとなった。
「その男性から『税理士やってみたら?』と言われて。でも専門学校しか卒業していないので、簿記の資格を取らないと税理士の試験が受けられなかったんです」
7年間の受験生活を乗り越え税理士に合格「夜職の女の子は気軽に来て欲しい」
まずは簿記の勉強から始めたところ、半年で簿記2級、そして1級にも合格した。
簿記資格に合格して自信を深めた沖さんだが、それから税理士の試験を受け始めてから合格するまでに7年かかっている。
「長かったですよ。22歳から29歳までの人生で一番楽しい時期に勉強三昧ですから。今考えてみれば、それで良かったと思えますけど当時は辛かったですね」
7年間の受験生活、挫折しそうにはならなかったのだろうか。
「もちろん挫折しそうになりましたよ。でも、その前の4年間のツケが大きすぎました。自己破産して闇金に借金があった当時の私には、税理士に合格するしか道がなかったですから。でも、ときどき『風俗に戻ったほうが楽なんじゃないかな』とは思っちゃいましたね(笑)。それくらい勉強は辛かった」
沖さんが挫折せずに税理士試験に合格できたのは、沖さんを風俗店から水上げして「税理士になる」という目標を与えてくれた愛人の存在と、当時できた恋人の存在がある。とくに恋人は沖さんと同じく税理士試験の受験生で、挫折しそうになる心を支えてくれた。
「恋人ができた時点で、さすがに申し訳ないので愛人には『もう会えない』と伝えました。ただ、相手が『心の準備ができていない』って、別れるまで1年かかりましたけど(笑)」
大きなトラブルにはならなかったようだが、恩人を差し置いて恋人を作ってしまうあたりも沖さんの人生の波乱万丈さを示すエピソードかもしれない。
沖さんは2007年に税理士試験に合格後、2014年に独立して「沖有美子税理士事務所」を開設。税理士として風俗で働く女の子たちをはじめとする夜職の人間の相談を積極的に受け入れている。
「夜職の子たちは、まだ納税に対する意識が薄いんです。風俗店も今はちゃんと女の子に清算シート(稼いだ額が記載されているもの)を渡すお店は増えてきていますが、その紙をすぐ捨ててしまう子も多くて…。確定申告に必要だから『写真に撮っておくといいよ』みたいなアドバイスはしていますね」
しっかりと確定申告をして税金を払うためにも、働く女性自身が税金に対する意識を高める必要がある。
「確定申告をしないと、罰金も含めた追徴税のリスクもあるしデメリットが大きい。せっかく体を張って稼いだお金が取られてしまう悲しい経験をさせたくないということもありますが、それ以上に確定申告は『私はここにいるよ』という、社会に対する証明だと思っているんです。
自分の居場所があるって大切なんですよ。納税し社会の一員なんだと自覚することで意識が変わっていく夜職の女の子をたくさん見てきました。だから税金が気になるって方は、気軽に相談に来てほしいです。
自身の波瀾万丈な人生経験をふまえ、後輩が損をしないためにと尽くしてきた沖さん。沖さんもまた、たくさんの夜職の女性たちに支えながら税理士として11年目を迎えた。
取材・文/蒼樹リュウスケ